第63話 vs.討伐軍 ② -森林の戦い-
特性:【女王の威光】の発動であった。
カーミラの小さな身体を中心に、目には見えない強烈な”何か”が、森林エリア全体へと波紋のように広がっていく。
その波動を触角で感じ取ったミニアントたちの動きが、一斉にピタリと止まった。
「……おい、どうした? 虫どもが止まったぞ」
「よし! 今のうちに押し込め――」
「いや、待て! なんだ……急に空気が重く……っ!?」
言葉が終わる前に。
「ギチギチギチギチッ!!!!」
突然、ミニアントたちの黒い甲殻の隙間から、赤黒い蒸気のような魔力が噴き出す。
一匹一匹の体が膨れ上がる。
カチカチと鳴らす大顎の音が、金属同士をぶつけ合うような鋭い音へと変わっていく。
女王からのバフを受けた蟻たちは、先ほどまでの『単なる虫の群れ』から、『蟻の戦闘集団』へと変貌を遂げたのだ。
「来るぞッ!」
跳躍力すらも劇的に向上したミニアントの一匹が、大盾を構えていた冒険者の顔面めがけて飛びかかった。
「フン、飛んだところで同じだ!」
冒険者が盾で弾き落とそうとする。
だが、ミニアントの大顎は、盾の縁へと食い込み――
ガギィンッ!!
「なっ……!?」
鉄の盾を、いとも容易く噛み砕いた。
「ギチィッ!」
「ぐあああああっ!?」
盾ごと腕を噛み砕かれ、冒険者が悲痛な声を上げる。
それを皮切りに、戦況は再び完全に逆転した。
更に狂暴化した蟻の波が、冒険者たちに襲い掛かる。
「助けっ、誰か! 盾が、盾が紙みたいに嚙み切られた!」
「ぎゃあああっ! 足が、足がぁぁぁ!」
「誰か早く回復魔法を! 落ち着いて、陣形を立て直せ!」
恐怖と混乱が、瞬く間に討伐軍を支配した。
悲鳴と怒号が飛び交う戦場の真っただ中。
そこに、奴隷の首輪をつけたダークエルフの少女、ネムの姿があった。
彼女は両手を掲げ、血まみれになって後退してくる冒険者たちに、必死に治癒魔法をかけ続けていた。
「――大いなる癒やしの光よ、【ヒール】!」
温かな光が、蟻に嚙みつかれて抉られた傷口を塞いでいく。
ネムは泥まみれになりながらも、次々と冒険者に回復魔法をかけていった。
しかし、負傷者の数が多く、とても間に合わない。
ネムが魔力を振り絞っていると、背後の草の中から、ミニアントが一匹、彼女の細い首筋を狙って飛びかかる。
「ネム、危ねぇっ!!」
「きゃっ……!」
噛みつかれる寸前、横から飛び出してきた小柄な影が、ミニ・アントの横腹を強烈な蹴りで吹き飛ばした。
猫獣人の斥候、ミロであった。
彼は両手に持ったダガーで、襲い来るアリを次々と切り裂きながらネムを庇うように立ち塞がる。
「ミロ! ありがとう!」
「ああ……。でも、これじゃキリがねぇ。こいつら……倒しても倒しても、どこからか湧いてきやがる!」
ミロが牙を剥き出しにして悪態をついた、まさにその時。
戦場の後方、魔法使いの部隊が陣取る地点から、魔力の詠唱が完了する声が響く。
「――詠唱完了! 前衛部隊、そこを退け! 虫ケラどもを消し炭にしてやる!!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
巨大な火球が、ミニアントの密集地帯に着弾し、凄まじい爆炎を巻き起こした。
そこには、数多の魔法使いがミニアントたちに狙いを定めていた。
ある者は大地を隆起させて岩の槍を突き出し、ある者は強烈なカマイタチで周囲の草木ごと蟻を切り刻む。
数十匹のミニアントが、一瞬にして燃え上がり、あるいは細切れにされていく。
各々の得意な魔法属性で火力を集中させた、魔法使いたちによる一斉掃射。
広範囲魔法での戦果に、パニックに陥っていた冒険者たちは歓声を上げた。
「やったぜ! 一網打尽だ!」
「よし! 魔法部隊の射線を確保しろ! ここが踏ん張りどころだ!」
崩れかけていた討伐軍の士気が、再び上向いた。
冒険者たちは「このまま押し切れる」と《《錯覚》》し、浮足立って武器を掲げる。
だが、ハラハラと戦況を見ていた俺の耳に、カーミラの冷酷な呟きが届く。
『……ふふっ。まんまと後衛が前に出てきおったわ。……そろそろ頃合いじゃな』
『なんだって?』
俺に返事をする間もなく。
カーミラが玉座の肘掛けをトン、と指先で叩く。
それが合図だった。
魔法部隊が勝利を確信して無防備に前に出た、その後方。
今まで微塵も気配を見せず、じっと息を潜めていた『巨大な影』たちが、草の中から音もなく姿を現した。
「……え?」
一人の魔法使いが、背後に迫る気配を感じ振り返る。
そこにいた巨大な影を見上げて、思わずへたり込んだ。
ミニ・アントの倍以上の巨体を誇る、成虫の『ジャイアント・アント』。
それが十数匹、魔法使い部隊の背後から突如として現れたのだ。
「ギシャァァァァァッ!!」
「ぎゃあああああああっ!?」
ジャイアント・アントの鋼鉄のような大顎が、魔法使いの無防備な胴体に食らいついた。
布のローブなど紙切れ同然。肉がごっそりと食いちぎられ、噴水のように鮮血が噴き出す。
「後衛がやられたぞ! 守れ、守れぇ!」
「ヒィィッ! 来ないで、来ないでくれぇっ!」
魔法使い部隊が蹂躙され、詠唱が停止する。
だが、真の絶望はここからだった。
冒険者の生きた肉を食らい、その新鮮な血を啜ったジャイアント・アントたち。
すると、彼らの漆黒の甲殻が、まるで熱を持った鉄のように、ドクンドクンと脈打ちながら《《赤く》》染まっていったのだ。
黒から、徐々に暗赤色へ。
やがて、全身が禍々しい鮮血の色に変わっていくのであった。




