第62話 vs.討伐軍 ① -森林の戦い-
【お知らせ】
演出上の都合により、討伐軍の数を36名→56名に変更しております。
想定よりも戦いの規模が大きくなってしまいました…。
「……来たな」
ダンジョンコアの前に立ち、俺は暗い通路の先を睨みつけた。
いよいよ、56名の討伐軍との戦いが始まる。
喉の奥がひりつく。
手のひらがじっとりと汗ばむ。
俺の脳内には、ダンジョン内の映像が流れ込んできている。
これは、俺自身の目で見ている景色ではない。
まるで、無数の監視カメラの映像が、脳内に直接マルチウィンドウで展開されたような感覚。
低く、地面を這うような視点。
鬱蒼と生い茂る巨大なシダ植物。
立ち込める乳白色の濃霧。
そして、ズブズブと嫌な音を立てて泥濘に足を取られながら進んでくる、重武装した人間たちの姿。
「マスター、どうしたの?」
「いや……ミニアントたちの視界が、俺の脳内に共有されているようなんだが、数が多くてな」
俺の言葉に、アビスが静かに言った。
『カーミラ殿の配下との魔力的な繋がりで視界が共有されているようですな。意識を集中させれば、視界の数を絞り込めるのでは?』
「やってみる……」
俺は目を閉じ、脳内に流れ込んでくる無数の視界に意識を集中させる。
すると、監視カメラの様に、一つずつの視点にフォーカスできるようだった。
無数にあったウィンドウのような画面が、一つに集約されていく。
***
1階層、森林エリア。
そこへ足を踏み入れた数十人の冒険者たちは、苛立ちと不安を隠せない様子で歩みを進めていた。
「クソッ、なんだこの霧は! 全然、先が見えねぇぞ!」
「陣形が崩れてるぞ! 後衛はもっと前衛に近づけ! はぐれたら終わりだぞ!」
「おい、そこ! 勝手に前へ出るな! 隊列を崩すな!」
冒険者たちの怒号が飛び交う。
森林全体を覆う濃霧。
敵地で『周囲が見えない』いう恐怖は、かなり精神を摩耗する。
どこから魔物が現れてもおかしくはないのだ。
加えてじめじめとした不快な泥濘が、彼らのブーツを纏わりつき余計に体力を削る。
少しでも気を抜けば、底なし沼の様に足を取られ、仲間に置いていかれそうになる環境。
冒険者たちの士気は、徐々に落ち始めていった。
「よし。いいぞ」
こちらの作戦通りに進んでおり、思わず口元が緩んでしまう。
俺は、念話を使ってカーミラへと話しかけた。
『……カーミラ、聞こえるか。討伐軍がそっちに向かっているぞ』
すぐさま、鈴を転がすような、傲慢な少女の声が脳内に響き返ってくる。
『ふん……案ずるでない、わらわにも全て見えておるわ』
蟻たちの本拠地は、巨大な古木の根元に掘られている。
その巣穴の奥に、木々を削って編まれた玉座が据え付けられている。
そこに深く腰掛けた『真紅の女王蟻』のカーミラは、片頬杖をつきながら、余裕綽々といった態度で戦況を見ていた。
見た目こそ幼い少女。
だが、その真紅の瞳に宿るのは、獲物を狩る捕食者の愉悦だった。
「無作法に我が領地へ踏み入る愚民どもめ。まずは小手調べといくかの。そら……わらわの可愛き子供たちよ。狩りの時間じゃ」
カーミラが、白く細い指先を軽く振るう。
その瞬間。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ!!!!
森全体に、無数の硬質な何かが擦れ合う、鳥肌の立つような不気味な音が響き渡った。
それは、草むらの奥から、樹冠の上から、そして腐葉土の下まで……。
黒光りする無数のミニアントたちが、まるで真っ黒な津波のように湧き出したのだ。
その数、総勢100匹以上である。
それが、文字通り“黒い津波”となって、討伐軍へ襲いかかった。
「ひぃぃっ!? な、なんだこいつらは!!」
「あ、蟻だ! 全方位からとんでもない数の蟻の群れが来るぞ! 円陣を組め! 盾を構えろ!」
濃霧を切り裂いて全方位から殺到する黒い波に、討伐軍の隊列は一瞬にしてパニックに陥った。
ミニアントたちは鋭い大顎をカチカチと鳴らし、冒険者たちの体に容赦なく群がっていく。
重装歩兵が構えた大盾に、文字通り『波』のように衝突する。
「ギャアアアッ! 足を噛まれた!」
あちこちで、冒険者たちの悲鳴が上がった。
ミニアントたちは、鎧の継ぎ目の装甲が薄い部分を狙って噛みつく。
あるものは、盾の縁をよじ登り、頭部を狙う。
「うわあああ! 痛ってぇぇ!」
「怯むな! たかが虫ケラだ、叩き潰せ!」
混乱の極みと化した戦場の最前線で、一際巨大な咆哮が上がった。
身長2メートルを超える虎獣人の大男――ガルムであった。
「オォォォォォッ!!」
ガルムは身の丈ほどもある巨大な盾を構え、群がってくるミニアントに立ち向かう。
数匹が、その盾にまとめてぶつかった。
だが、彼はびくともしない。
次の瞬間、その剛腕が唸り、盾ごと横薙ぎに振るわれた。
ミニアントの黒い甲殻がひしゃげ、緑色の体液を撒き散らして吹き飛ばされていく。
Eランク相当であるミニアントは、いくら数が多くとも、ある程度の力を持つ冒険者たちからすれば雑魚に過ぎないのだ。
「おおっ! いけるぞ! ただ数が多いだけだ!」
「たかが、Eランクの虫だ、一匹ずつ確実に潰していけ!」
他の前衛も続く。
剣が走り、槍が貫き、斧が殻を割る。
討伐軍は被害は出しつつも、少しずつ体勢を立て直し始めていた。
その様子を見て、俺はわずかに焦りを感じる。
しかし、カーミラは、慌てるどころか面白そうにくつくつと笑った。
『ほう、威勢のいい奴もおるのう』
カーミラは玉座からゆっくりと立ち上がり、ふわりと宙に浮遊した。
彼女の背中にある妖精の羽が、七色に輝き始める。
『じゃが――戦いはこれからじゃ』
彼女の赤い瞳が怪しく光った瞬間。
森林エリアの空気が変わる。
特性:【女王の威光】の発動であった。
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