第60話 -冒険者side- 精霊使い
「……ふざけるなよ、長耳野郎」
群衆をかき分け、一人の筋骨隆々の男が前に進み出る。
背中に巨大な剣を背負った、ベテランのCランクパーティ『赤銅の牙』のリーダー、バレスだった。
彼は数々の死線を潜り抜けてきた猛者であり、冒険者としての強い自負を持つ男だ。
「俺たちは、ギルドの要請で集まった対等な討伐軍のはずだ! てめぇらの駒でもなけりゃ、奴隷でもねぇ! Bランクパーティだからって調子に乗るなよ、エルフ風情が!!」
バレスの怒声が広場に響く。
それは、虐げられた冒険者たちの怒りを代弁する叫びであった。
バレスは血走った目でセラドを睨みつけ、背中の大剣に手をかける。
「謝りやがれ! 俺たち人間に、そして今から共に命を懸ける仲間に対して、その腐った口を……」
「……不愉快だ。誰が発言していいと言った」
バレスが言葉を言い切るより早く。
セラドが、羽虫の羽音を鬱陶しがるような、本当に心底つまらなそうな顔で呟いた。
それを聞いたバレスは、怒りに任せて大剣を引き抜く。
「うおおおおおっ!!」
「下等生物の分際で、私に反抗し、あろうことか刃を向けるだと?」
バレスが地を蹴る。
セラドとの間合いを一気に詰める。
その瞬間だった。
セラドは、《《指一本》》すらも動かさなかった。
――シュパッ。
周囲の空間が、極めて不自然に”ズレた”。
バレスの動きが止まる。
何が起きたか理解できないまま、大剣を振り下ろそうとした姿勢のまま固まっている。
「……え?」
そして。
ボトッ、と。
石畳の上に、赤いものが落ちる。
それは、大剣を握りしめたままの、バレスの右腕だった。
肩の関節から、まるで熱したナイフでバターを切ったかのように、一切の抵抗なく、スッパリと切断されていたのだ。
「あれ……? お、おれ、の……うで……?」
一拍遅れて。
バレスの肩口から、噴水のように真っ赤な血がドバァッと噴き出した。
「ぎああああああああああああああっ!!?」
凄絶な悲鳴が広場を切り裂く。
痛覚が遅れて脳に到達し、バレスは目を剥いて絶叫を上げ、血だまりの石畳の上をのたうち回り始める。
セラドは、ただそこに立っているだけだった。
これこそが彼の能力。
セラドの周囲には、常に不可視の精霊たちが侍っている。
近づく敵意へ反応し、自動で迎撃する絶対の守護壁。
セラド自身が動く必要など、どこにもなかったのだ。
「バレスォォッ!?」
「てめぇ、よくもリーダーを!」
「殺してやるっ!」
バレスのパーティメンバーである三人の冒険者たちが激昂し、一斉に武器を抜いてセラドとリュネに飛びかかろうとした。
しかし、今度はリュネが動く。
いや。
動いたというより、指を一度、パチンと鳴らしただけであった。
「野犬の躾は、わたくしの役目ですわね」
飛びかかろうとした三人の足元が、突如として底なし沼のような泥へと変貌した。
ズブッ! と膝まで泥に飲み込まれ、完全に足の自由を奪われる。
「なっ!? 動けねぇ!」
「くそっ、なんだこれ!」
続けざまに、リュネが指を鳴らす。
「これで、少し頭を冷やしなさいな。【水葬球】」
もがく彼らの頭部に、今度は空中に発生した大きな『水の球』が覆い被さった。
鼻と口、完全に呼吸器官を水で塞がれた状態である。
「ごぼっ、がっ!?」
「んんっ……! ぐ、ぶ……!」
「がぼ、ぼぼっ……!」
三人の冒険者は、足元を泥で固定されたまま、陸上で「溺死」の恐怖を味わうこととなった。
泥に足を取られたまま、三人は喉を掻きむしり、首を振り、目を剥いて暴れる。
必死に呼吸しようとするたび、水が鼻と口から肺へ入り込んでいく。
その光景を、リュネは扇で口元を隠しながら、恍惚とした表情で見下ろしていた。
「ふふっ、見苦しいこと……。あなたたち人間にお似合いの姿ですわ。さぁ、早く脱出しないと死にますわよ?」
数十秒後。
三人は完全に意識を失う。
ぐったりとした身体から、リュネは水球を解除した。
ドサッ、と泥の上に崩れ落ちる冒険者たち。
死んではいないようだが、廃人一歩手前になるほどの、恐怖を植え付けられていた。
右腕を失い気絶したバレスと、泥と水の責苦に沈んだその仲間。
『赤銅の牙』が戦闘不能になるまで、ほんの数分の出来事だった。
他の五十六名の冒険者たちは、誰一人として動くことができなかった。
反抗して武器を抜くどころか、震えを止めることすらできないでいる。
これがBランク冒険者パーティ、『銀葉の魔術団』。
自分たちなど、彼らにとっては本当に虫けらでしかないのだと、誰もが理解してしまった。
「……理解したか、劣等種ども」
セラドが、静まり返った広場に向けて冷たく言い放つ。
「私に逆らう者はこうなる。貴様らに意志など不要だ。ただ黙って、私の盾として死ね」
そして、ほんの少しだけ口元を吊り上げる。
「……逃げ出そうと思うなよ、その時はダンジョンの魔物より先に、貴様らの首を刎ね飛ばしてやる」
ここに、いびつな討伐軍が結成された。
仲間同士の絆などない。
名誉や義務のためでもない。
ただ、『逆らえば殺される』という絶対的な恐怖によってのみ支配された、死の軍隊の行軍が始まったのである。
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