第58話 戦いの準備 ③
「ゴブリンだって?」
ゴブリンはEランクの魔物。
安上がりなので、お財布事情としては助かるが……。
「いいのか? 討伐軍は最低でもDランク以上の冒険者が襲ってくる。いくら鍛えても、Eランクのゴブリンじゃ心許ないんじゃないのか?」
俺が言うと、鬼一はふっと笑った。
「問題ございません。必ずや御屋形様のご期待に応えて見せます」
「……わかった」
鬼一がそこまで言うなら、任せてみよう。
俺は召喚リストの『最下層』を開く。
初期から存在する、Eランクの最弱魔物たち。
・ゴブリン:E(10 DP)
「ゴブリン……1匹10DPか」
俺は端末に数値を入力し、決定ボタンを押す。
「【ゴブリン】を10体召喚!」
すると端末から光の渦が広がり、10体の小鬼たちが姿を現した。
ボロボロの腰巻きだけを身につけ、錆びたナイフや棍棒を握りしめ、「ギャウ!」「ギィィ!」と落ち着きなくキョロキョロしている緑色の魔物たち。
かつてのゴブいちと同じ、最弱の魔物。
「整列」
鬼一が、静かに、空気を震わせるような重低音で言い放つ。
ゴブリンたちは、己より圧倒的な上位者の覇気に当てられ、ビクッと身体を強張らせた。
慌てて横一列に並び、ガクガクと震えながら、鬼一を見上げる。
「ふむ……貧弱な肉体。知性の欠片もない虚ろな瞳……。よいか、同胞どもよ」
鬼一は巨体を屈め、怯えるゴブリンたちの顔を一人一人覗き込む。
ゴブリンたちの喉がごくりと鳴る。
「お前たちはただのゴブリンではない! この私の直属部隊、いわば選ばれた精鋭の戦士である。……これより始まる地獄の訓練で、お前たちの貧弱な魂を、鉄の如く鍛え直してやる」
鬼一は、にやりと笑った。
「逃げることは許さぬ。怯えることも許さぬ。者ども! 死ぬ気でついてこい!!」
「ギ、ギャアァァァァァッ!?」
鬼一の号令に、ゴブリンたちが悲鳴のような返事を上げる。
その瞬間、鬼一の身体から溢れ出した赤銅色の闘気が、10体のゴブリンたちを包み込んだ。
【統率者】の発動――。
ゴブリンたちの貧相な筋肉がわずかに膨張し、その瞳に「恐怖」を上回る「戦意」が宿る。
ここに、鬼一直属の精鋭部隊が結成されたのだ。
「……なるほど」
『これが、鬼一殿の【特性】ですか。正に、”勇将の下に弱卒なし”ですな』
「……アビス、難しい言葉知ってるな」
『主よ……。恐れながら、もう少し勉学に励まれてはいかがか』
「うるさいぞ」
ともあれ、【統率者】は確かに効果がありそうだ。
討伐軍の到着まで、まだ日数はある。
鬼一の部隊の成長も期待できるな……。
「よし!」
俺は、端末の画面をパチンと閉じた。
残るDPは600。
これは、不測の事態の時のためにとっておこう。
第一階層は、カーミラ率いる蟻の軍団がはびこる森林。
第二階層は、クラーケンとポイズン・トードが潜む巨大な湖と、水・空で舞うレイの舞台。
第三階層は、俺とアビス、そして鬼一に鍛え抜かれたゴブリン部隊。
凡人のサラリーマンが、知恵とDPを振り絞って構築した要塞。
あとは、時が来るまでやれることをするだけだ!
俺はみんなに聞こえるように言った。
「各自、持ち場について徹底的に牙を研げ! 討伐軍のやつらに、このダンジョンに喧嘩を売ったこと、骨の髄まで後悔させてやろう!」
『「「「応ッ!!!!」」」』
俺の号令に、魔物たちの雄叫びがダンジョン内に幾重にも反響した。
***
――そして、猶予の時間はあっという間に過ぎ去った。
その間、俺たちのダンジョンは、かなりの速度で成長を続けた。
第一階層の森は、増殖したジャイアント・アントとミニアントたちの縄張りと化していた。
カーミラは、以前より豪華になった巣穴の奥で、いつも玉座に座ってふんぞり返っている。
第二階層の湖では、いつも、レイのきれいな歌声が響いていた。
湖ではクラーケンが水底に身を潜めており、いつも間にか増殖したポイズン・トードたちが、レイの歌声に合わせて、鳴き声を上げている。
まるで、ライブステージのようであった。
そして、第三階層では、鬼一の苛烈極まるシゴキに耐え抜いた10匹のゴブリンたちが、槍をふるっている。
召喚した時とは見違えるような筋肉の鎧を纏い、一糸乱れぬ槍衾を展開する精鋭部隊へと変貌を遂げていた。
俺自身も、ダンジョン内で素振りをしたり、アビスに体捌きの基礎を教わったりしながら、レベル8になった肉体を、少しでも使いこなせるよう汗を流し続けた。
地獄のような修練の日々。
しかし、死への恐怖は、とうの昔に消え失せている。
今は、自分たちが築き上げたこの要塞が、どこまで敵に通じるのかという、ある種の「ワクワク感」にも似た高揚を覚えていた。
そして。
運命の時は、唐突に訪れる。
ズゴォォォォォォォォンッ!!!!!
ダンジョンの最奥にまで響き渡る、凄まじい爆発音。
ダンジョン全体が悲鳴を上げるように激しく震動し、天井からパラパラと土埃が落ちる。
その音は、ダンジョンの入り口である強固な岩の扉が、文字通り「木っ端微塵に吹き飛ばされた」音であった。
「……来たな」
俺は、ダンジョンコアの前に立ち、暗い通路の先を睨みつけた。
端末の画面が、血のように真っ赤に点滅し、警告を告げる。
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【警報】
『ダンジョン討伐軍』が侵入しました。
また、Bランク冒険者パーティ『銀葉の魔術団』が侵入しました。
構成員:56名
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「56人か……」
俺は、口元に不敵な笑みを浮かべ、傍らに立つ魔物たちへと言い放った。
「さあ、仕事の時間だ。……王都の冒険者様たちを、極上の絶望で、もてなしてやれ!」
「御意」
『承知しました』
「まっかせなさーいっ!」
「愚民どもに、わらわの恐ろしさを教えてやるのじゃ!」
人間側とダンジョン側。
互いの命を懸けた防衛戦の火蓋が、今、切って落とされた。
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