第49話 -冒険者side- ネム
彼が去った後、セラドはリュネを伴い、豪邸の地下にある訓練場へと向かう。
訓練場に入ると、魔力を散らすための封呪石が壁へ埋め込まれ、人形の標的が並んでいる場所に、『銀葉の魔術団』を構成する、三名のメンバーが待機していた。
だが、その三名の扱いは、とても同じパーティメンバーとは思えないほど、凄惨なものであった。
「おい、奴隷ども。次の仕事が決まったぞ」
セラドが冷酷な声を投げかける。
訓練場の床に跪いていたのは、首に禍々しい呪文が刻まれた『奴隷の首輪』を嵌められた三人の姿だった。
一人は、身長二メートルを超える筋骨隆々の虎の獣人、ガルム。
パーティにおける盾役であり、その強靭な肉体で敵の攻撃を受け止める役割を担っている。
しかし、彼の身体には、戦闘とは別の理由で無数の傷跡が刻まれていた。
もう一人は、猫の耳と尻尾を持つ小柄な獣人、ミロであった。
斥候として罠の解除や索敵を担当する彼もまた、ボロボロの服を纏い、怯えたように肩を震わせている。
そして最後の一人――。
漆黒の肌に、流れるような銀糸の髪。
痩せた肩を布で包み、紫紺の瞳を伏せた少女、その名はネム。
彼女は、エルフたちから最も忌み嫌われる存在、所謂『ダークエルフ』であった。
「おい! ちゃんと聞いているのか!」
セラドは突然怒りだすと、手に持っていた鞭でミロの背中を強く打った。
「うっ……」
ミロはくぐもった声を出しながらも、跪いている姿勢をなんとか保っている。
背中の皮膚は鞭によって剥がれ、赤い血が滲んでいる。
「……ミロ、大丈夫ですか? 私が治癒の魔法を……」
ネムは小さく囁き、指先に淡い紫の光を灯す。
治癒の魔法だ。
ダークエルフでありながら、彼女の心は誰よりも優しく、その瞳は澄んだアメジストのように美しい。
彼女は、闇魔法と回復魔法を高次元で使いこなす魔術師であった。
その能力があるからこそ、セラドは嫌悪感を押し殺してまでも、彼女を奴隷としてパーティに置いている。
だが、その優しさは、傲慢なエルフの癇に障ってしまう。
「誰が治癒魔法を許可した、汚らわしい泥エルフが!」
「あっ……!」
セラドの指先から放たれた不可視の風の刃が、ネムの頬を鋭く切り裂いた。
ネムは短く悲鳴を上げて床に倒れ込む。
「ネ、ネム!」
「や、やめてくださいご主人様! 俺が悪いんです、ネムは悪くねぇ!」
その理不尽な暴力に、ガルムとミロが咄嗟に庇おうとする。
しかし、リュネが冷たく指を鳴らすと、三人の首輪が赤く発光し、激しい電撃が彼らの身体を襲った。
「ぎゃあああっ!」
「ぐ、がぁぁぁっ……!」
床を転げ回り、苦悶の声を上げる二人。
それを見下ろしながら、セラドは虫けらを見るような目を向けた。
「勘違いするなよ、家畜ども。貴様らは、ダンジョンを攻略するための『道具』にすぎん。特に貴様だ、ネム」
セラドは、倒れているネムを指さして続ける。
「エルフの恥晒しめ、お前は黙って我らのために魔法を使っていればいいのだ」
「……っ、も、申し訳、ありません……セラド様……」
ネムは床に額をこすりつけながら、震える声で謝罪した。
それを見たリュネが、楽しそうに続ける。
「あなたはその価値を誤解しないことね。ダークエルフなんて、本来なら見つけた時点で焼き払われてもおかしくない存在なのよ? セラド様が慈悲で生かしてくださっているだけ」
ネムはダークエルフというだけで、エルフの国を追放され、人身売買の闇市で売られていたところをセラドに買われた。
奴隷の首輪をつけており、反抗すれば呪いで殺される。
彼らに一切の自由はない。
「フン。一ヶ月後、辺境の田舎にあるダンジョンを壊しに行く。貴様らは今回も、我らの前に立って肉壁の役割を果たせ。せいぜい私の魔法の邪魔にならないようにな」
「……は、はい。承知いたしました……」
セラドとリュネは、それ以上何も言わず踵を返した。
二人が去る足音が遠ざかっていく。
やがて扉が閉まり、地下訓練場に沈黙が落ちた。
後に残されたのは、満身創痍の奴隷三人だった。
「くそっ……」
ガルムが、拳を握り低く唸る。
その太い指が、怒りでぎり、と鳴った。
首輪さえなければと、何度願ったことか。
「……ネム、手を出すなと言っただろう」
ガルムはその怒りをなんとか押し殺し、諭すようにネムに言った。
「ごめんなさい……」
ネムは、頬の傷から滲む血を気にも留めず、ミロの背中へそっと手をかざす。
淡い紫の光が傷口を包み、裂けた皮膚が何事もなかったように閉じていく。
「なんで、お前は毎回そうなんだよ……自分だって傷つけられてるのに」
ミロが目を伏せながら呟く。
「……大丈夫。これくらい、慣れてるから」
ネムは治癒魔法の光を収めると、訓練場の高い位置にある小さな格子窓を見上げた。
そこから見えるのは、細く切り取られた王都の青空。
自由は遠い。
あまりにも遠い。
けれど、彼女の胸の奥には、消えないものがまだ残っていた。
いつか本当に、自分を“道具”ではなく、一人の仲間として見てくれる場所があるのではないかという、馬鹿げた願い。
そんなもの、叶うはずがない。
そう、何度も自分に言い聞かせているのであった。
地上では、ギルド本部が討伐軍を整えつつある。
――討伐軍の進発まで、残り30日。
人間側とダンジョン側の、生存をかけた戦いへのカウントダウンは、一刻一刻と近づいていくのであった。
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