第47話 -冒険者side- 円卓の間
王都――大陸の中央に位置し、およそ百万の民を抱える、この大陸有数の都市。
王城を中心に幾重にも区画が広がり、貴族街、商業区、職人街、そして冒険者たちの巣窟である歓楽街が、まるで巨大な生き物の臓腑のように複雑に絡み合っている。
その王都の中心部に、王城にも引けを取らない威容を誇る巨大な石造りの建造物がある。
それが、冒険者ギルドの大本営である「王都ギルド本部」であった。
何十本もの円柱が支える巨大な正面玄関。
正面広場には、剣と杖と盾を交差させた冒険者ギルドの紋章旗が掲げられている。
この壮大な建物は、この本部がこの大陸全土のギルド支部を統括し、数万の冒険者たちの頂点に立つ証左でもあった
そして、この本部の最上階には、選ばれた幹部のみが立ち入りを許される『円卓の間』が存在する。
その日、円卓の間は異様なほどの熱気と、張り詰めた緊張感に包まれていた。
重厚なマホガニーの円卓を囲むのは、かつての冒険者であり、歴戦の猛者からギルドの運営へと転身した八名の最高幹部たち。
そして上座には、かつて勇者として名を馳せ、現在は全ギルドの頂点に君臨するギルド総帥、ゼルカインが腕を組んで目を閉じていた。
「――以上が、ファイデン支部のギルドマスター、ドランより早馬で送られてきた緊急の封書の内容です」
白髪の老幹部が、羊皮紙を下ろす。
乾いた沈黙が落ちた。
「……あり得んな」
最初に口を開いたのは、顔の左半分に古傷を持つ壮年の幹部だった。
「できたばかりのダンジョンが、数日で迷宮再構築を起こしただと? 子供の冗談の方が数段マシだな」
「ですが、地方の支部長が自らの面子を潰してまで、虚偽の報告を上げる理由はないでしょう」
冷ややかな声で返したのは、銀縁の眼鏡をかけた女性幹部だった。
「むしろ問題は、これが事実だとした場合の方ですね。迷宮再構築がこの速度で起きているなら、通常のダンジョンの成長曲線から完全に逸脱しています。……ふふっ、少しばかり背筋が凍りますわね」
彼女は、そう言いながらもどこか余裕のある微笑みを浮かべていた。
「これはファイデン支部の失態だろう! 目測を誤って、ダンジョンに良い餌を与えただけじゃないか!」
そう癇高い声で喚いたのは、嫌味な顔つきをした貴族風の男。
「ダンジョン一つでこの失態とは、これだから平民上がりの田舎者は困るのだ! 我が名門クラン『黄金の羽』のメンバーであれば、片田舎のダンジョンなぞ一瞬で制圧していたものを! 全く、我々の手を煩わせおって!」
彼がつらつらと文句を垂れ流す中、一人だけ、全く別のベクトルの熱量を放っている幹部もいた。
(……素晴らしいわ!)
両手を頬に当て、恍惚とした表情を浮かべている女性。
彼女は、生粋のダンジョン研究家であり、幹部きっての変わり者である。
(ダンジョン発生から数日で、迷宮再構築ですって!? ありえない……、過去のどの文献にも存在しない事例だわ! どんなコアなの? どんな構造かしら!? あぁ、今すぐ荷物をまとめて、直接調べに行きたい!)
迷宮再構築。
それは、ダンジョンが自らの意思で構造を拡張し、環境を書き換える現象のことだ。
通常であれば、何年、何十年という歳月と、無数の冒険者の命を養分にしてようやく起こり得る進化の証だ。
それが、発生して幾何も経たない新興ダンジョンで起きた。
この事実が意味することを、ここにいる全員が理解していた。
「おいおい……、口からよだれが出てるぜ、ダンジョン狂いさんよ」
興奮して身を乗り出す彼女を鼻で笑ったのは、この円卓の中で最も若く、精悍な顔つきの幹部だった。
若くして幹部の座に上り詰めた彼は、現役のAランクパーティ『蒼天の空』のリーダーでもある。
「ふふ……ドランの奴、よほど切羽詰まっていたと見える。あの頑固者が、なりふり構わずギルド本部に救援を乞うてくるとはな。まぁ、王都でも名が売れ始めていた『鋼の薔薇』が全滅したってなら、無理もねぇか」
若き幹部の軽口に、厳格な顔つきをした男が怒鳴り声を上げる。
「笑い事ではないぞ! この異常な成長速度……。もしこのまま放置して、ダンジョン内部の魔物が飽和状態となれば、遠からず『魔物氾濫』が起こる。その時はファイデンの街はおろか、王都にまで被害が及ぶかもしれんのだぞ!」
もう一人の幹部も、青ざめた顔で同調する。
「全くだ。一刻も早く、討伐軍を編成すべきでしょう」
喧々諤々の議論が交わされる中、ずっと目を閉じていたギルド総帥ゼルカインが、静かに目を開いた。
その瞬間、円卓の間の空気が一変し、全ての声が鳴りを潜める。
「……事態は明白だ」
ゼルカインは低く、地を這うような声で告げた。
「当該ダンジョンの危険度を、直ちに『Bランク』へと引き上げる」
誰も異議を唱えない。
ゼルカインの言葉はそれで終わらなかった。
「そして、当該ダンジョンをこのまま放置すれば、厄災級に至る危険が高いと判断する」
円卓の何人かが、わずかに息を呑んだ。
「ギルドの威信に懸けて、これ以上ダンジョンの暴走は許さん!」
そして、ゼルカインは円卓を見回し、力強く宣言した。
「これより、ギルド本部主導による【ダンジョン討伐軍】を結成する! 中核となるのはBランクパーティ。さらに戦力として、王都に滞在している優秀なCランク、Dランクパーティを召集し、大規模な連合部隊を編成せよ。……金に糸目はつけん。必ずダンジョン・コアを破壊せよ!」
「はっ!!」
幹部たちが一斉に立ち上がり、最敬礼を取る。
かくして、一人の凡人サラリーマンが管理する辺境のダンジョンが、正式に人類の敵となった瞬間であった――。
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