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魔物合成で世界に抗う反逆譚~HP10の凡人おじさん、ダンジョンマスターになる~  作者: 藍之介
vs.『ダンジョン討伐軍』編

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第44話 深海の塔 -第2層- ⑤

 だが、クラーケンはかろうじて生きているようだった。

 奴は近接戦闘での圧倒的な実力差を悟ると、即座に生存本能を優先させ、勢いよく口から真っ黒な「墨」を吐き出したのだ。


 ドプゥゥゥッ!!


 血で濁っていた水に、大量の墨が加わり、広間の水中は瞬く間に視界ゼロの暗闇へと変貌した。

 その墨幕の奥で、クラーケンが深い水底の溝へと逃げ込んでいく気配がする。


「チッ、逃げる気か!」


 鬼一が舌打ちし、水中に飛び込もうとするが、視界が奪われた水中での追撃はあまりにも危険だ。


「逃がさないよっ!」


 その声は、上から降ってきた。

 見上げると、レイが墨の及ばない空中で、両手を広げて滞空していた。


「マスター、ちょっと熱いかもだけど我慢してね♪」


 彼女はにやりと笑う。

 ひどく綺麗で、ひどく物騒な笑みだった。


 レイの手のひらに、凄まじい魔力が収束していく。

 被りの魔女(エリシア)の魔石から受け継いだ『炎魔法』。

 ただそれだけじゃない。

 水と火。

 相反する二つの属性が、彼女の周囲でくるくると回り始める。

 セイレーンとしての【水流操作】と、【炎魔法】の融合。


「全部、煮えたぎっちゃえ!!」


 レイは両手を、墨で濁った水面に向けて勢いよく突き出した。

 水流に囲われた炎が、水の中へと“落ちる”。


 普通なら、そこで火が消えるはずだ。

 火は水に負ける。

 それがこの世界でも、たぶん常識だ。


 だがレイの炎は違った。


 水中に落ちた火種は消えていない。

 水中の奥深く、その中で、じわりと光が増していく。


 ボコッ!


 最初は、小さな気泡だった。


 次の瞬間。


 ボゴボゴボゴボゴボゴッッッ!!!


「なっ……!?」


 広間の水温が、一瞬にして急上昇する。

 俺の足元の水すら、お風呂のようなお湯に変わっていくのがわかった。


 しかも、ただの熱湯じゃない。

 局所的に極限まで圧縮された熱が、水中で暴れている。

 気泡は弾丸のような勢いで吹き上がり、広間の中心部から白い蒸気が幾本も噴き出した。


「ギ、ギビェェェェェェェェッ!?」


 悲鳴。

 それは水の底から上がってきた。

 数十秒も経たないうちに、広間の中央から一際大きな水蒸気の柱が吹き上がった。

 視界が真っ白な蒸気に包まれ、サウナのように息苦しい熱気が充満する。


 やがて、蒸気がゆっくりと晴れていくと。


「一丁上がりっ♪」


 水面にふわりと着水したレイの足元には、先ほどまでの墨色をすっかり洗い流され、鮮やかな「真っ赤」に茹で上がったクラーケンの巨体が、ぷかぷかと浮いていた。


「……イカ焼き、どころの話じゃないな」


 俺は引きつった顔で、完全に息絶えたクラーケンの姿を見下ろした。

 水中に逃げ込んだ敵を、水ごと沸騰させて煮殺す。

 あまりにもエグすぎる。


「どうどう? あたしの特製シーフードボイル! マスター、お腹空いてない? 絶対美味しいよっ☆」


 レイは無邪気に笑いながら、茹で上がった触手をつんつんとつついている。

 その姿に、俺は思わず一歩後ずさった。

 鬼一とアビスも、心なしかレイから少し距離を取っているように見えた。


「……お前を敵に回すことだけは、絶対にやめておこう」


「えー? マスターにはこんなことしないよー?」


 バチンッとウインクを飛ばしてくるレイ。

 うん、頼もしいが、やっぱり色んな意味で恐ろしい魔物だ。


-----------------------------------------------------

『階層内の敵を撃破しました』

『DPを獲得:400ポイント(クラーケン)』

-----------------------------------------------------


 端末が振動し、DPが加算される。

 これで所持DPは1,170だ。順調すぎるほどの稼ぎである。


「よし、この調子で最奥まで一気に突き進むぞ!」


 レイが「おーっ!」と手を挙げ、鬼一とアビスが黙々と付き従う。

 俺たちは茹で上がったイカの巨体を越え、さらに迷宮の奥へと足を踏み入れていった。


***


 その後も、レイの索敵とトラップの解除、そして鬼一とアビスの力によって、俺たちは文字通り「無双状態」で第2階層を進んでいく。

 現れる水棲の魔物たちは、ことごとくレイの魔法で抹殺されるか、鬼一の太刀の錆となるか、アビスの槍の餌食となった。

 俺はただ安全な後方から指示を出し、DPを回収するだけだった。


 そして――。

 ダンジョンの探索を開始してから数時間後。

 俺たちは、ついに到達した。


「……ここが、終点か」


 どこまでも続いていた、青白い回廊の最奥。

 そこには、これまでとは明らかに異質な空気を放つ、巨大な『両開きの扉』が鎮座していた。


 高さは10メートル近くあるだろうか。

 材質は黒曜石こくようせきのように黒く光る未知の鉱石でできており、表面には無数のフジツボや、赤や青に発光する珊瑚サンゴがびっしりと寄生している。

 ただ飾られているのではない。

 扉そのものが、長い年月を海の底で過ごしてきたかのように、潮と塩と生き物に侵食されていた。


 そして何より。

 扉の隙間から漏れ出す雰囲気が、明らかに違う。

 息をするだけで肺が重くなるような、圧倒的な重圧を感じる。

 この扉の向こうにいる存在が、これまでの魔物たちとは次元が違う強さを持っていることは、凡人の俺にも痛いほどに理解できた。


「ねぇ、マスター! 扉の奥のやつ、ちょっと骨がありそうじゃん!」


 俺の隣で、レイが楽しげな声を上げた。

 見ると、彼女は扉の奥から漏れる重圧など全く意に介さない様子で、むしろ目を輝かせながら空中をひらひらと舞っている。

 その顔には、これまで通りのお気楽な笑顔が浮かんでいた。


「お前、なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」


「えー? だって、強いヤツのほうが倒しがいがあるじゃん! あたしの力もマスターに見てもらえるしっ☆」


「さいですか……」


 呆れる俺の背後で、鬼一とアビスも決戦の準備をしていた。


「フン……ようやく我が妖刀のさびにする価値のある魔物が現れたようだな。これまでの水遊びは退屈極まりなかった故」


『いかにも……。主よ、これは良い修練になりそうですな。討伐軍レイドを迎え撃つ前の、ちょうど良い肩慣らしといったところでしょう』


 鬼一が凶悪な笑みを浮かべて『喰血くうけつ』を抜き放ち、アビスが長槍を軽く回して水音を立てる。

 俺は思わず、引きつった笑いをこぼした。

 凡人の俺だけがビビっていて、配下の魔物たちはボス部屋を前にしても全く動じていない。

 いや、むしろ「良い獲物」を見つけてウキウキしている始末だ。


「……お前ら、ホントに頼もしいよ」


「でしょでしょー? マスターは後ろでドーンと構えててよね!」


 最初から引き返すという選択肢はない。

 一ヶ月後の討伐軍レイドを迎え撃つための戦力とDPを稼ぐには、ここで立ち止まっている余裕はないのだ。

 そして何より、この頼もしい仲間バケモノたちがついているなら、負ける気など微塵もしなかった。


「よし……開けるぞ!」


 俺の合図と共に、鬼一とアビスが巨大な扉の取っ手に手をかけ、力を込めて押し開く。


 ギギギギギギギギッ……!!


 千年の眠りから覚めるような、重々しい摩擦音が響き渡る。

 ボス部屋への扉が、ゆっくりと開かれていった。


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