第43話 深海の塔 -第2層- ④
深海の塔の探索が進み、数時間が経った頃。
俺たちは、一際巨大な空間へと足を踏み入れた。
「ここは……」
通路を抜けた先には、ドーム状の天井を持つ大広間が広がっていた。
これまでの通路とは違い、水深は俺の腰のあたりまで深くなっている。
青白い燐光が水面を照らしているが、水深が深いためか、水底の様子は全く見えない。
広間の中央には、太い石柱が何本も立ち並んでいる。
まるで水没した神殿のようだ。
「マスター、気をつけて。水の流れが、少し変だよ」
先行して空中を飛んでいたレイが、ピタリと動きを止め、険しい声で言った。
彼女の視線は、広間の中央――暗く沈んだ水底に向けられている。
その中心部だけは、もっと水深が深いように見える。
「敵か?」
「うん。……大きくて、冷たい魔力の塊。水底にじっと張り付いてる」
レイの警告と同時だった。
静かだった水面が、突如として不自然に隆起した。
ボコッ……! ボコボコボコッ!!
広間の中心部から、巨大な影が一つ浮上してくる。
水を割って現れたのは、巨大な烏賊だった。
頭部は鐘のように大きく、五メートルはあろうかという大きさ。
触手は太いもので人の胴ほどもあり、吸盤の縁には鋭い歯のような棘がびっしりと並んでいた。
『主! あれは、【クラーケン】というCランク相当魔物です!』
アビスからの念話が響く。
その巨大な怪物が、巨大な広間の水中で、俺たちを完全にロックオンしていた。
「ギョォォォォォォッ!!」
クラーケンが、耳障りな咆哮を上げる。
それを合図に、水中に潜んでいた複数の触手が、水面から一斉に襲い掛かってきた。
「なっ!?」
大蛇のような触手が、こちらへ殺到する。
俺は水に足を取られ、回避すらできない。
『主には手を出させぬ!』
主人の危機に、一瞬早く動いたのはアビスだった。
アビスは、自身の巨体が沈み込むのも構わず、水しぶきを上げて俺の盾となるように立ち塞がる。
巨大な触手が、アビスの青黒い装甲に激突。
大きな衝撃音とともに、吸盤の牙が装甲を削り取ろうとギリギリと嫌な音を立てる。
だが。
『……浅はかな。この程度の攻撃で、この装甲を貫けるとでも思っているのか』
アビスは、その場から一歩も退かなかった。
その背中に守られながら、俺は安堵の息を吐く。
敵の先制攻撃に、 鬼の将軍も黙ってはいなかった。
「ふむ……水のせいで多少動きにくいが、問題では無いな」
鬼一の低い声が、大広間の湿った空気を震わせる。
「斬れぬ理由には、ならぬ」
次の瞬間、鬼一の身体が消えたように見えた。
「――断て」
喰血が抜かれる。
ヒュン、と。
空気より先に、水が裂けた。
目にも留まらぬ初太刀が、一本の触手を断つ。
返す刃で二本目も両断する。
そのまま、三本、四本と、流れる用に斬っていく鬼一。
腰まで水に浸かっているというのに、それを感じさせない速さ。
切断面から、黒ずんだ血が噴く。
クラーケンが悲鳴を上げる。
「ギャギィィィィッ!!」
鬼一はクラーケンへ正面から飛び込んだ。
膨れ上がった脚力が水流を踏み潰し、石床を砕く。
通常、水中での戦闘は圧倒的に不利だ。
水の抵抗で、陸上の動物の動きは半減する。
しかし、B+ランクの魔物である彼にとって、そんな物理法則は些末な障害に過ぎなかった。
「水の抵抗如き、我が刃の枷にはなり得ぬ」
鬼一が腰を深く落とし、『喰血』を構える。
一瞬の静寂。
そして。
「――瞬斬」
短い呼気と共に放たれたのは、目にも留まらぬ神速の一閃。
鬼一の莫大な膂力と、天才剣士から受け継いだ剣技が融合した斬撃。
刃が水を切り裂く速度が、水が元に戻る速度を完全に上回った。
瞬間、鬼一の太刀筋に沿って、水中が真空状態となり、パカッと空間が割れたように水底の石床が露出した。
ズッシャァァァァァァッ!!
空気を裂くような鋭い音の直後、クラーケンの無数の触手が、まるで細い糸のようにプツン、プツンとすべて切断された。
一拍遅れて、切断面からドバァッと赤黒い血が噴き出し、広間の透明な水があっという間に濁っていく。
「ギョベェェェェェェッ!?」
自慢の触手を一瞬で細切れにされたクラーケンが、苦悶の叫びを上げてのたうち回る。
「フン……手応えのない」
鬼一は血に濡れた妖刀を静かに振り払う。
その圧倒的な剣技に、俺は鳥肌が立っていた。
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