第42話 深海の塔 -第2層- ③
「よーし、この調子でガンガン進んじゃおー! あたしが先行してあげるから、マスターたちは後ろからゆっくりついてきてねっ☆」
レイはそう言うと、再び水面に飛び込み、人魚のように美しい軌跡を描きながら遺跡の奥へと先行していった。
「……はぁ。頼もしいのは間違いないんだが、なんか精神的に疲れるな……」
「ふむ……遺憾ながら、実力は認めざるを得ません」
『主よ、お疲れなら私の背中に乗りますか?』
「いや、いい……自分で歩くよ……」
俺は濡れた革靴を引きずりながら(濡れるのは諦めた)、頼もしくも個性が強すぎる魔物たちを率い、深海の塔のさらなる奥へと足を踏み出していった。
【深海の塔】の第2階層は、ダンジョンという言葉にふさわしい構造をしていた。
どこまでも続く、青白い燐光に照らされた回廊。
壁面には、名状しがたい深海の怪物たちや、幾何学的な古代文字のレリーフがびっしりと彫り込まれている。
そして何よりも俺の体力を奪うのは、床を覆い尽くす「水」の存在だった。
相変わらず足首から脛の辺りまで水に浸かっている。
歩くだけで体力を奪われるし、石床の継ぎ目は苔でぬめる。気を抜けばそれだけで転びそうな最悪の足場だ。
「くそっ、マップもないし、どこまで歩けばいいんだ……」
俺は愚痴をこぼしながら、端末の画面を確認するが、表示されているのは『階層の最奥に潜む守護者を撃破せよ』というミッション内容だけ。
親切なマッピング機能も、ナビゲーション機能も存在しない。
右も左もわからない古代遺跡を、自らの足で手探りで進むしかなかった。
「遅い遅ーい! 皆もっとチャキチャキ歩かないと日が暮れちゃうよ?」
俺の疲労などどこ吹く風で、前方からレイの明るい声が響いてくる。
彼女は水面を滑るように泳ぎ、あるいは背中の美しい翼を羽ばたかせて空中を舞い、このダンジョンを自分の庭かの様に進んでいく。
頼もしいのは間違いない。
間違いないのだが……。
「お前は飛べるからいいだろうが! こっちはただの人間なんだよ! 少しは休ませろ!」
「えー? マスター体力なさすぎー! しょうがないなぁ、じゃあ……あたしが手、引いてあげよっか?」
「結構だ! それより、警戒を怠るなよ。いつ次の魔物が飛び出してくるか……」
俺が注意しようとした、その時。
「あ、ストーップ! マスター、そこで止まって!」
空中でくるりと旋回し、こちらへ戻ってくるレイ。
突然真剣な声を出し、俺の行く手を遮るように手のひらを突き出した。
俺はビクッとして足を止める。
後ろを歩いていた鬼一とアビスも、即座に戦闘態勢に入った。
「ど、どうしたんだ? 急に……」
「……ほら、あそこを見て」
レイは空を飛びながら、俺の足元から数メートル先の水面を指差した。
俺は目を凝らして水底を見つめるが、他の場所と同じく透き通った水と石床が見えるだけで、特に異常は感じられない。
「何も見えないぞ?」
「もー、マスターの目は節穴だなぁ。よーく見ててね?」
レイは指先でこぶし大の水の塊を作り、指で弾き飛ばす。
水の塊は、形を保ったまま放物線を描き、俺の数メートル先――水中に沈んでいる一枚のタイルの上に落ちた。
ぼちゃん、と大きな波紋が広がった瞬間。
――ガコンッ!!
「うおっ!?」
凄まじい作動音と共に、水底の石畳が弾け飛び、錆びついた無数の槍の刃が下から上方へと突き出してきたのだ。
刃の長さは、ざっと1メートル以上。
もしあそこを歩いていたら、串刺しになって即死していただろう。
「罠……!?」
「正解っ! 水底に感圧式の罠が仕掛けられてたの。水が澄んでるから逆に分かりにくいけど、タイルの隙間から、微かな魔力の反応があるからバレバレね」
レイは得意げにウインクをした。
一方、俺は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
そうだった、ここはマップもない未知のダンジョンなのだ。
水のせいで、ただでさえ歩きにくいのに、足元には罠。
もし俺一人、あるいは鬼一やアビスといった重量級の前衛だけで進んでいたら、確実に罠の餌食になっていただろう。
「水の中のことなら、あたしに分からないことはないよっ♪ 水の流れ、温度、魔力の淀み……全部肌で感じ取れるもんねー!」
その言葉に、俺は感心する。
レイはただ、水の中を泳ぐだけじゃない。
水の中で、地形と魔力の乱れを拾いながら進んでいる。
更に、空中から俯瞰することも可能だ。
空中と水の中、その両方の情報から、危険箇所だけを炙り出すことができる。
スカウト、シーフ、メイジ。
そのへんを一人で兼任しているみたいな性能。
「レイ……お前、マジで優秀なんだな」
俺が素直に感謝の言葉を口にすると、レイは一瞬きょとんとした後、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「えへへっ! マスターの褒め言葉ゲットーっ☆ もっともっと褒めていいんだよ? あたし、褒められて伸びるタイプだから!」
「ああ、これからも頼りにしてるぞ!」
「任せなさーいっ! さあ野郎ども、あたしについてきなさい!」
レイは嬉しそうに翼を羽ばたかせ、再び先行して飛び立った。
その後も、彼女の索敵能力は遺憾なく発揮された。
水中に張られた透明なワイヤートラップ、魔法で隠された深い落とし穴、壁のレリーフに仕込まれた毒矢の発射装置。
次々と現れる狡猾なトラップを、レイは鼻歌を歌うような気軽さで次々と発見し、水流をぶつけて安全に解除していく。
「左側は歩いちゃだめー。そこ落とし穴だよ」
「危なっ!」
「その壁、触らないでね。毒針がびっしりだから」
「ひえっ」
俺は彼女の指示通りに慎重に歩を進める。
その後ろを歩く鬼一とアビスも、最初はレイの態度を快く思っていなかったようだが、彼女の的確なサポートを目の当たりにして、少しずつ見る目を変えているようだった。
「……ふむ。最初はただの軽薄な羽虫かと思ったが、どうやら、その眼と技量は確かなようだな」
鬼一が、喰血の柄に手を当てながら低く唸る。
「我らのような武辺者ばかりでは、あの罠の数々に幾度足を止めていたか分からぬ」
『いかにも。彼女が感じ取る水中の魔力は非常に微細なもの。水という媒体を通じているとはいえ、あれほどの精度で罠を察知できることには感嘆いたします』
アビスもまた、静かに念話で同意を示す。
『このダンジョンにおいて、彼女の存在は正に光でしょう。……改めて、主の選択は正しかったと言えますな』
「俺も正直、ここまでとは思ってなかったよ」
苦笑いしながら答えると、前方からレイが不満そうに振り返った。
「ちょっとー! 後ろで何コソコソ喋ってるの! あたしを仲間外れにするなら、次から罠の場所教えないよー!?」
「悪口じゃなくて、褒めてるんだよ」
「そうなの? もっと褒めていいんだよっ?」
「調子に乗りそうだからやめておく」
「えーっ!」
陽気で有能なセイレーン。
頼れる仲間が増え、俺たちは意気揚々とダンジョンを進んでいく。
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