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魔物合成で世界に抗う反逆譚~HP10の凡人おじさん、ダンジョンマスターになる~  作者: 藍之介
vs.『ダンジョン討伐軍』編

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第39話 -冒険者side- 救援要請

「なんだと……!? どういうことだ!」


 ドランの怒号に近い問いに、リックは首を何度も激しく横に振った。


「それ、が……。 ダンジョンが……あの洞窟が、生きて……ッ!!」


 リックの口から漏れた狂乱めいた言葉に、ドランと女性職員は顔を見合わせた。

 彼は数時間前、自分が【嘆きの森】のダンジョン入り口で目撃した悪夢のような光景を、途切れ途切れに語り始めた。


「お、俺は……ギルドマスターの言いつけ通り、ダンジョンの入り口を真上から見下ろせる大樹に潜み、ずっと監視を続けていました……。丸二日、鋼の薔薇からの定期連絡はなかった。……ですが、今日の昼下がり……数時間前のことです」


 リックの身体の震えが、さらに激しくなる。

 彼は何か恐ろしいものを振り払うように、両手で自身の頭を抱えた。


「突如……森の奥底から、信じられないほどの地鳴りが響いてきたんです。地揺るぎです。地面がうねり、森中の鳥や獣たちが一斉に悲鳴を上げて逃げ出しました……。そして……俺の目の前で……」


 リックの瞳に、その時の狂気の光景がありありと蘇っているようだった。


「ダンジョンの入口の……ぽっかりと開いていた岩穴が、メキメキと音を立てて崩れ落ちたんです! いや、崩れたんじゃない……岩と岩がまるで巨大なあごのように噛み合って……入り口の空間そのものが、完全に塞がってしまったんです!!」


「ダンジョンの入口が、塞がった……?」


 ドランの顔から、さっと血の気が引いた。

 ダンジョンの入り口が閉鎖される。

 その現象が意味するものを、長くギルドマスターを務めるドランが知らないはずがなかった。


「ま、まさか……迷宮再構築ダンジョン・シフトが起きたと言うのか……!?」


 ドランの呟きに、リックは涙目になりながら首を縦に振った。


「入口の閉鎖は、どれほど続いた」


 ギルドマスターの問いは、異様なまでに静かだった。


「体感では数分……いえ、もっと短かったかもしれません。ですが、その間、岩の向こう側で何かが組み上がるような音が続いていました。樹が軋むような、根が伸びるような……そんな音でした」


「樹だと……?」


「そ、それだけではありません! やがて再び入口が開いたのですが……」


 リックはそこで、ごくりと唾を飲み込んだ。


「開いた直後、内部から風が吹いてきたんです」


「風?」


 リックは、震える唇を噛み締め、絞り出すように言った。


「開いた洞窟の奥から吹き出してきたのは、濃密な、むせ返るような『森の匂い』でした……」


「…………ッ!!」


 ドランは雷に打たれたように硬直した。

 受付嬢は目を見開いたまま、言葉を失っている。


 ダンジョンの中に、森ができた。

 それは、ただの落盤や地形の変化ではない。

 ダンジョンそのものが、内部の空間を拡張し、全く新しい階層と環境フィールドを創造したという絶対的な証明であった。


「……ば、馬鹿な。あり得ない」


 そんなことが、あるはずがない。

 だが、無知な者の妄言として切って捨てるには、目の前の斥候せっこうの狼狽はあまりにも生々しかった。


「ダンジョンコアが階層を増築し、環境フィールドを書き換える……。それが起きるには、通常、発生から数ヶ月、あるいは数年の歳月と……ダンジョン内で死んだ無数の生物から吸収した、莫大な命の魔力が必要なはずだ。それが、発生してまだ十日も経っていない初期ダンジョンで起きただと!?」


 ドランの知識と経験では考えられない現象だった。

 ダンジョンコアは、侵入者である冒険者や獣を殺し、その血と魔力を啜ることで成長すると言われている。

 成長したコアは、より強大な魔物を生み出し、より深く、より広大で複雑な階層を創造する。

 だが、その成長速度には限界がある。

 たった数日、それもDランクパーティが一つ全滅した程度の魔力で、階層を増築し、あまつさえ環境フィールドの創造など、ギルドの歴史上、未だかつて報告されたことのない異常事態であった。


「入口から森の匂いがしたというなら、ただ階層が増えたのではない。第一階層そのものが別種のフィールドへ改変された可能性が高い」


 頭には一つの仮説が浮かぶ。

 信じたくはないが、その仮説でこの現象の説明がつく。


 迷宮再構築ダンジョン・シフトに必要な、莫大な魔力をダンジョンが喰らったという仮説。

 そして、その条件をつい数日前にこの支部が、自ら満たしてしまっている。


 若手Dランクパーティ『赤い閃光』の全滅。

 そして、Cランクトップパーティ『鋼の薔薇』の突入。


 数と質を兼ね備えた冒険者の命。

 もしダンジョンがそれを糧に進化する性質を持つなら。

 いや、持っていたなら。


 仮に戦いに生き残っていたとしても、鋼の薔薇の生存は絶望的であった。

 重たい息を吐き出すように、ドランは呟いた。


「もし、その地揺じゆるぎの瞬間に『鋼の薔薇』が内部で生きていたとしても……ダンジョンの再構築に巻き込まれれば、岩盤に押し潰されるか、あるいは全く未知の深層へと放り出されてしまう……」


 ドランはギリッと唇を噛み切り、血を滲ませた。

 もはや、希望的観測を抱いている場合ではない。


「……マスター。彼らは、鋼の薔薇の皆さんは……」


 女性職員が、涙声で尋ねる。

 その先を、誰も言葉にしたくなかった。

 だが、言わなければならない。

 ドランはゆっくりと目を閉じ、そして、重い鉛を飲み込むような覚悟と共に目を開いた。


「……『鋼の薔薇』は、全滅した。そう判断せざるを得ない」


 執務室に、死のような静寂が落ちた。

 ファイデン支部が誇る最強の剣が、折れた。

 それも、誰一人として帰還することなく、その最期の光景すら知る術もなく、名もなき新興ダンジョンの闇に飲み込まれたのだ。

 あまりの喪失感に、ドランの胸が押し潰されそうになる。

 だが、ギルドマスターである彼には、悲しみに暮れている時間すら残されていなかった。


「……事態は、我々の対処できる範疇を超えている」


 ドランは机の上にあった羊皮紙を払いのけ、白紙の羊皮紙と羽根ペンを引き寄せた。

 その手は、怒りと恐怖で微かに震えていた。


「『鋼の薔薇』を、いとも容易く全滅させ、その魔力を喰らって階層を拡張した異常なダンジョン。……この事実が意味するのは一つだけだ」


 ドランは、部屋にいる二人に向け、重苦しく宣言した。


「あの迷宮の現在の脅威度は、最低でも『Bランク』。いや、この異常な成長速度を考慮すれば、近い将来、確実に『Aランク』以上の……国家規模の厄災級カラミティ・クラスとなる!」


「厄災級……!?」


「そんな……じゃあ、この街はどうなってしまうんですか!?」


 リックと女性職員が、悲鳴のような声を上げる。

 ダンジョンが一定以上の規模に成長し、内部に抱えきれないほどの魔物が生み出された時、何が起きるか。

 それは『魔物氾濫スタンピード』と呼ばれる破滅の現象だ。

 ダンジョンから無数の魔物が津波のように外の世界へと溢れ出し、近隣の町や村、そして生態系そのものを食い尽くす。

 もし、あのダンジョンがこの異常な速度で成長を続ければ、数ヶ月後には、このファイデンの街は魔物の大軍に飲み込まれ、地図上から消滅することになるだろう。


「……もはや、辺境の一支部である我々の手に負える事態ではない。この街の冒険者を何十人送り込んだところで、悪戯にダンジョンコアに魔力という名の餌を与え、成長を促すだけだ」


 ドランは羽根ペンをインク壺に浸し、乱暴な手つきで羊皮紙に文字を走らせ始めた。

 それは、この街のギルドマスターとしての敗北宣言であり、同時に、この街と人々を守るための苦渋の決断であった。


「……王都のギルド大本営へ、緊急の『救援要請』を送る」


 ドランの言葉に、部屋の空気がピンと張り詰めた。


「事の顛末てんまつ、ダンジョンの異常な成長速度、『鋼の薔薇』全滅の事実をすべて記す。王都にいる、Bランク以上のトップパーティを中核とした、大規模な【ダンジョン討伐軍レイド】の結成と派遣を要請する」


 ドランは羊皮紙に手早く署名し、ギルドマスターの印章が刻まれた重い紋章で封蝋ふうろうを施した。

 そして、その親書を女性職員へと差し出す。


「一番足の速い早馬を用意させろ。リックよ、この封書をすぐに王都まで届けるのだ!」


「は、はいっ! 直ちに手配いたします!」


「はっ、承知しました!」


「それから、嘆きの森への立ち入りは当面禁止だ。事情を知らぬ冒険者が面白半分で近づかぬよう、門番と酒場にも通達を回せ」


「わ、わかりました!」


 女性職員とリックは、ほとんど同時に駆け出した。

 廊下の向こうへ、慌ただしく足音が遠ざかっていく。

 ドランは深く息を吐き、執務室の大きな窓へと歩み寄った。

 窓の外には、夕闇に沈みゆくファイデンの街並みと、その向こうに黒々とした不気味な稜線を描く【嘆きの森】が広がっている。


「王都で討伐軍レイドが結成され、この辺境に到着するまでに、どれだけ急いでも約一ヶ月の猶予が必要になる。それまでに魔物氾濫スタンピードが発生しないことを祈るしかない……」


 窓の外では、いつも通りの街の風景が広がっている。

 その平穏が、かえって不気味であった。


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