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魔物合成で世界に抗う反逆譚~HP10の凡人おじさん、ダンジョンマスターになる~  作者: 藍之介
vs.『ダンジョン討伐軍』編

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第38話 -冒険者side- 急報

 王都から馬車で数日の辺境に位置する、城塞都市ファイデン。

 【嘆きの森】と呼ばれる広大な樹海に隣接するこの街は、木材や薬草、そして森に生息する魔物の素材を求めて集まる冒険者たちによって成り立っている、活気あふれる街であった。

 街の中央に鎮座する冒険者ギルド「ファイデン支部」もまた、朝から晩まで荒くれ者たちの喧騒と笑い声、そしてジョッキを打ち合わせる音に満ちているのが常だ。


 だが、ギルドの二階――防音の魔術が施された分厚いオーク材の扉の奥にあるギルドマスターの執務室だけは、この数日、まるで墓所のような重苦しい沈黙と冷え切った空気に支配されていた。

 窓の外では、街の喧騒がかすかに聞こえている。

 武具屋の呼び声。

 荷車の軋み。

 酒場に向かう冒険者たちの笑い声。

 普段であれば、街が無事に回っている証として心を落ち着かせる音だった。


 しかし、この部屋では壁掛け時計の秒針が刻む、カチ、カチという無機質な音だけが空しく響く。

 ギルドの受付主任を務める女性職員が、気遣うような声で沈黙を破った。


「……マスター。冷めてしまいましたので、紅茶を淹れ直してまいります」


 執務机の奥。

 山のように積まれた書類の束の向こう側で、ファイデン支部のギルドマスターである初老の男――ドランは、両腕を組んだまま俯き、身動き一つしていなかった。

 彼の目の前には、手つかずのまま完全に冷めきった紅茶のカップと、一枚の羊皮紙が置かれている。

 羊皮紙に記されているのは、先日発行されたばかりの『特別指名依頼』の控え表だ。


「……いや、いい。気遣い感謝するよ」


 ドランは顔を上げ、深く、重い溜息を吐き出した。

 かつては自身も高名な戦士として名を馳せたドランだが、ここ数日でその顔には急激に疲労の色が濃くなり、刻まれた皺は一層深くなっているように見えた。


「マスター……。やはり、まだ連絡は来ませんか」


 冷えた紅茶を下げながら、女性職員が痛ましそうな視線を羊皮紙へと落とす。


「ああ。依頼を行ってから丸二日……。いまだに何の音沙汰もない」


 ドランはギリッと奥歯を噛み締めた。

 依頼を受けたのは、このファイデン支部が誇る最高戦力にして、いずれは王都にその名を轟かせるであろうと確視されていたCランクのトップパーティ、『鋼の薔薇』の五人である。

 天才剣士のユナを筆頭に、重戦士のガルダ、修道士ヒーラーのテオ、斥候シーフのリル、そして灰被りの魔女(エリシア)

 個々の戦闘力、連携、危機察知能力、どれをとっても一流であり、ドラン自身も彼らの実力には絶対の信頼を置いていた。


 彼らに課した任務は、『嘆きの森』の奥に突如として発生した”未知のダンジョン”の内部構造調査および脅威度の判定。

 可能であれば、ダンジョンコアの破壊であった。

 有望な若手であったDランクパーティ『赤い閃光』を全滅させたダンジョンとはいえ、発生から間もない初期段階の迷宮であれば、たとえどのようなイレギュラーな罠や魔物が潜んでいようと、『鋼の薔薇』の敵ではないと誰もが疑わなかった。


 だが、ドランは彼らを送り出す際、万が一の事態に備えて厳格な「報告義務」を課していた。


「いいかユナ。発生直後にして有望なDランクパーティを全滅させた異常なダンジョンだ。何が起きるか予測できない。ゆえに、内部の調査を進める際は、必ず一日ごとに一旦入り口まで戻り、外で待機させている斥候せっこうへ内部の状況と魔物の情報を定期報告しろ。連絡が途絶えた時点で、ギルドは最悪の事態を想定して動くからな」


 そう念を押したドランに対し、ユナは余裕な笑みを浮かべて「心配性ね、ギルドマスター(ドランさん)。一日どころか、半日もあればコアを叩き割って帰ってきてあげるわよ」と豪語し、意気揚々と出立していったのだ。

 その出立から、もうすぐ三日が経過しようとしている。

 一日ごとの定期報告は、ただの一度も行われていない。


「……彼女らは決して、己の力を過信してルールを破るような愚か者ではない。例えどんなに攻略が順調であろうと、私との約束である定期報告をすっぽかすような真似はしないはずだ。それが二日も途絶えているということは……」


ドランの声が、微かに震える。


「……罠に囚われ、身動きが取れなくなっている。あるいは、入り口に戻ることすら叶わないほどの『強大な何か』に足止めされているか……」


 最悪の可能性である『全滅』という言葉だけは、ドランの口からはどうしても紡ぐことができなかった。


「マスター……」


 女性職員が、おそるおそる口を開く。


「まだ、可能性がないわけではありません。構造が複雑で、入口まで戻る余裕が無かったのかもしれませんし……その、下層へ降りる通路を先に見つけて、そちらの調査を優先している、とか……」


 女性職員が自らに言い聞かせるように言うと、ドランは無言で頷いた。

 さらに続ける。


「彼らなら、必ず自力で突破して戻ってきます。……ギルドの専属の斥候せっこうであるリックも、入り口で待機してくれていますし」


「そうだな……。私も、そうであってくれと願っているよ」


 ギルド専属の斥候せっこうであるリックは、戦闘能力こそ高くないが、気配遮断と状況判断力、そして生存能力にかけては一流の冒険者だ。

 彼には「絶対にダンジョン内部には入らず、入り口付近から監視と伝令のみを行え」と厳命してある。

 内部で何が起きていようと、リックが外から状況を監視している限り、情報は必ずギルドにもたらされるはずだった。


 ――その時である。


 廊下の向こうで、ばたばたと荒い足音が響いた。


 ただ走っているだけではない。

 転びそうなほど慌てている、切羽詰まった足音だ。

 受付嬢が顔を上げるのと、執務室の扉が乱暴に開けられるのは、ほぼ同時だった。


「な、なんだ!?」


 ドランが弾かれたように立ち上がる。

 女性職員が驚いて身をすくませる中、部屋に転がり込んできたのは、泥と落ち葉にまみれ、息も絶え絶えになっている一人の男だった。


「はぁっ……はぁっ……っ、ギ、ギルドマスター!!」


「リックか!?」


 ドランは机を迂回し、部屋に転がり込んできた男――リックの元へ駆け寄った。

 リックの姿は凄惨だった。

 革鎧は泥にまみれ、髪は汗で額に貼りつき、顔面は死人みたいに蒼白だ

 肩で息をし、今にもその場に倒れ込みそうになりながら、それでも彼は姿勢だけは崩さず、必死に報告の形を保とうとしていた。


「リック! しっかりしろ! 何があった! 『鋼の薔薇』はどうした!?」


 ドランがリックの肩を掴んで揺さぶると、リックはビクッと体を跳ねさせ、ドランの腕にすがりつくようにして叫んだ。


「報告します! 『鋼の薔薇』は……ユナさんたちは、もう戻りません!!」


「なんだと……!? どういうことだ!」


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