第33話 防衛戦略
「御屋形様、それは一体……」
キョトンとする鬼一をよそに、俺は興奮を抑えきれずに歩きながら考えを巡らせる。
この戦いで、一番恐ろしいのはなんだ?
Bランク冒険者の圧倒的な個の力もそうだが、それ以上に絶望的なのは「数の暴力」で押し潰されることだ。
どんなに鬼一やアビスが強くても、数十人の冒険者に囲まれ、四方八方から魔法や矢を撃ち込まれ、回復役による支援を受けた波状攻撃を受け続ければ、かなり厄介だ。
今から魔物をチマチマと召喚しても、数の差を埋めることは到底不可能だと思っていた。
だが、もしこちらにも『無尽蔵に湧き出る戦力』があれば?
DPを一切消費することなく、敵の体力と魔力を削り、足止めし、陣形を崩す防衛網を自動で構築できるとしたら!
「魔力だまりを作ればいいんだ。このダンジョン内で魔法を使ったり、お前たちのように強力な魔力が漏れ出す魔物を配置したりして、意図的に魔力の濃度を上げる。そして……自然発生の条件である『環境』を俺がデザインしてやれば、そこに最適な防衛部隊が勝手に湧き続ける!」
しかも、俺たちには30日という『時間』がある。
その間、魔力を溜め込み、魔物を湧かせ続ければ、1ヶ月後にはこのダンジョンは魔物で埋め尽くされた真の魔境と化すはずだ。
「よし、光明が見えたぞ」
頭が冴え渡ってくる。
俺は端末を起動し、メニューを一つずつ開き始めた。
まず、現在のDPを確認する。
画面右上に表示された数字は――
『所持DP:1,830』
「1,830DPか……」
『鋼の薔薇』を殲滅した直後、俺の所持DPは2500DPにまで跳ね上がった。
そこから、瀕死のゴブいちを救うために670DPを使った。
それを差し引いても、数十DPでやりくりしていた数日前から比べれば、夢のような数値だ。
だが、相手は数十人の連合部隊。
このポイントを無駄遣いすれば、30日後には俺の命はない。
俺は次に、レベルが6に上がったことで拡張された『ダンジョン構築』のメニューを開いた。
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【ダンジョン構築機能】
・部屋を増やす(小):250 DP
・通路を作成(10m):50 DP
・罠(落とし穴):200 DP
【NEW】
・階層の追加:400 DP
・フィールド改装(森林・湖):300 DP
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「階層の追加に400DP……フィールドの改装に300DPか。やっぱりインフラ整備ってのは、どの世界でも金がかかるもんだな」
俺は苦笑いを浮かべた。
ただの岩の洞窟で、数十人の軍隊を迎え撃つのは自殺行為だ。
防衛の基本は、敵の侵攻ルートを長くして、疲弊させること。
階層を追加し、フィールドを改装して環境を激変させれば、敵の索敵を阻害し、行軍速度を大幅に遅らせることができる。
それに、先ほどの「自然発生」の条件を満たすためにも、岩肌以外の明確な属性を持ったフィールドが必要不可欠だ。
700DPの出費は痛いが、これは絶対に削れない初期投資だろう。
「やることが急に、経営シミュレーションゲームっぽくなってきたな……」
そして、新しく追加された『倉庫機能』を確認する。
「ダンジョンコアに触れることで、無機物を収納・取り出しが可能になる……これだ!」
俺は、すぐさまダンジョンコアの前に歩み寄った。
足元には、冒険者たちが残していった装備品や、報酬で得た食料などが散乱している。
俺がそれらを拾い上げ、コアの赤と青の光に近づけると、まるで水面に沈むように、音もなくコアの光の中へと吸い込まれて消えた。
端末の『インベントリ』という新項目を開くと、確かに【銀のタワーシールド(破損)】や【缶詰】などがリスト化されて記載されている。
「すごいな……これなら、戦利品を安全に保管できるし、いつでも魔物合成の触媒として引き出せる」
足の踏み場もなかった部屋も片付いて一石二鳥だ。
そして、最も重要なのは『戦力』の選定だ。
俺は【魔物召喚】のリストを開き、新しく追加されたDランクからD+ランクの魔物たちに目を通した。
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【召喚可能リスト(一部抜粋)】
・オーク:D(100 DP)
・ビッグボア:D(100 DP)
・ジャイアント・アント:D(110 DP)
・ハーピー:D(120 DP)
・グール:D(130 DP)
・ヘルハウンド:D+(140 DP)
・リザードマン:D+(160 DP)
・トロール:D+(170 DP)
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俺は指先で画面をなぞりながら、ぶつぶつと独り言をこぼし始めた。
「オークは近接歩兵、リザードマンは水辺適性がありそう。ハーピーは偵察と上空からの撹乱。ヘルハウンドは追撃と奇襲……トロールは単純に前線の壁」
例えば、オークやリザードマンを数体並べれば、ちょっとした小隊にはなるだろう。
だが、それだけで1,830DPを使い切ってしまえば、いざという時の強力な魔物合成ができなくなる。
あくまで、DPを消費して召喚する魔物は少数精鋭に絞り、兵数は『魔力だまりによる自然発生』に任せるのがベストだろうな……。
俺の頭の中で、1ヶ月後の壮大な防衛線の見取り図が組み上がっていく。
ただの岩穴だったこの初期ダンジョンを、王都の精鋭たちを飲み込む地獄の迷宮へと作り変えるロードマップだ。
「聞いてくれ、アビス、鬼一。俺の計画を話す」
俺は、考えている戦略を話し始める。
彼らも、真剣な眼差しで聴いてくれる。
「まずは、このダンジョンに【階層の追加】を行う。そして、その階層のフィールドをただの洞窟から【森林】へと改装する。視界を遮る下草、方向感覚を狂わせる鬱蒼とした樹冠、歩けば泥濘に足を取られる……薄暗く、見通しの悪い森だ。冒険者どもに、ピクニック気分で歩ける道は一歩も用意しない」
鬼一がニヤリと笑い、アビスが興味深そうに青い眼光を瞬かせる。
「そこに、魔力を意図的に撒き散らして『魔力だまり』を作る。これはお前たちの力を借りることになる。それに新しい仲間も必要だろう」
鬼一やアビスは魔法を使うタイプの魔物ではない。
魔力の残滓を貯めるには、新しい魔物が必要だと考えていた。
「そうすれば、ダンジョンには濃密な魔力が蓄積していくはずだ。環境に依存した虫の魔物や凶暴な獣の魔物が、勝手に湧き続けるようになる」
いくらBランクやCランクの冒険者でも、次から次へ湧き出る魔物を相手にすれば、必ず体力と魔力を消耗する。
足止めには十分だ。
『見事な策です。物量で敵の連携を分断し、戦力を削ぐ……』
「それに、御屋形様には“召喚”と“合成”がございます。我らの他にも強力な魔物を召喚し、疲弊した人間たちを刈り取るわけですな」
「その通りだ、アビス、鬼一」
俺は血で汚れたスーツの襟を正し、二人に力強く告げた。
「その時こそ、我が妖刀『喰血』が敵の血を啜り尽くします!」
『時間と資源を正しく配分できれば、勝機は生まれましょう』
鬼一が吠え、アビスが長槍を床に打ち鳴らして賛意を示す。
配分、か……。
その単語が妙に刺さった。
そうだ。
結局、俺の武器はそこなのだ。
剣の腕でも、魔法の才能でもない。
限られた資源を、どこに振るか。
何を削って、どこに注力するか。
地味で、泥臭いが、会社員時代に嫌というほどやってきたことだ。
「この計画を完遂するためには、自然発生だけじゃなく、絶対に俺たち自身の戦力を強化するためのDPがもっと必要になる」
危険は承知だが、これは避けては通れない道。
「……だから、【深海の塔】に潜る予定だ」
アビスの青い眼光が静かに燃える。
鬼一は胸に拳を当てて、深々と一礼した。
死と血の匂いがまだ色濃く残るその場所で。
俺たちの次の戦いは、もう始まっていた。
絶望している暇はない。
今日から30日間、時間は無駄にできない。
だが、俺の心は不思議なほどに昂っていた。
逃げ道はない。
なら、腹を括るだけだ。
するとその時、ダンジョンコアが、ぼう、と強く脈打った。
偶然かもしれない。
でも、今は肯定された気がした。
「よし! まずはダンジョンの大改装から始めるぞ。王都の連中に、俺たちのダンジョンの恐ろしさを骨の髄まで叩き込んでやる!」
俺は端末の画面を強くタップし、打倒討伐軍への第一歩を踏み出した。
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