第31話 ストーリー6
……ブブブブブッ!!
「っ!?」
俺のスーツの内ポケットで、端末が、が嫌な振動を始めた。
さっきまでのレベルアップ通知の軽薄な鳴き方とはどこか違う。
嫌な予感しかしない。
こういう時のシステム通知が、良い内容だったためしがない。
もっと重く、もっと不吉で、胃の底を直接かき回してくるような振動だった。
俺は慌ててポケットから端末を引きずり出した。
『ストーリー』の項目に、赤黒い警告マークが点滅している。
俺は生唾を飲み込み、震える指でそのウィンドウをタップした。
画面が切り替わり、そこに表示された文字列を読んだ瞬間。
俺の全身から、スッと血の気が引いた。
鬼一の復活に沸いていた高揚感など、一瞬で凍りつくほどの絶望がそこには書かれていた。
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【ストーリー6:討伐軍の胎動】
『鋼の薔薇』全滅。
Cランクのトップパーティであり、いずれBランクへの昇格が約束されていたエリートたちの死は、冒険者ギルドに計り知れない衝撃を与えた。
あのダンジョンには、異常な魔物が存在している。
そんな噂がギルドや町中を駆け巡っていた。
最早、【嘆きの森】を管轄している冒険者ギルド支部だけでは、対処が不可能と判断された。
冒険者ギルドは、ダンジョンの推奨ランクを更に引き上げることを決定。
また、冒険者ギルド支部は王都のギルド本部に正式な救援を要請。
かくして、本格的な【ダンジョン討伐軍】が結成されることとなった。
中核となるのは、王都にその名を轟かせるBランクパーティ『銀葉の魔術団』。
さらには、討伐軍としてC・Dランクパーティが数組、大規模な連合部隊として編成されることとなった。
総勢数十名に及ぶ、冒険者パーティたち。
彼らが準備を整え、嘆きの森へ到達するまで、残された時間はあと1ヶ月である。
ボンドよ、死の足音は確実に近づいている。
この1ヶ月の間に、戦力とダンジョンを構成し、防衛準備を整えなければならない。
なお、戦力増強のために、いつでも『深海の塔』へアクセス可能となった。
闘争の中で、己の牙を研ぎ澄ませ。
ミッション:ダンジョン討伐軍の全滅
制限時間:29日23時間58分
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「……は、はは……嘘だろ」
端末を持つ手が、カタカタと震える。
画面から目を離すことができない。
書かれている内容が、あまりにも想定外であったので、脳の処理が追いつかない。
「討伐軍だって……? Bランクパーティ? それに、CランクとDランクが複数組……!?」
声が掠れた。
つい先ほど、俺たちはCランクパーティの『鋼の薔薇』たった5人を相手に、パーティを半壊させられ、死の淵を歩いたのだ。
あの女剣士の剣閃一つで、俺の魔物たちは次々と肉塊に変えられたんだぞ。
ドクとサンを失い、アビスは一度機能停止し、ゴブいちは死の淵まで追い込まれた。
あれ以上の絶望的な強さを持つ連中……。
それに加えて、他の冒険者が束になって何十人も押し寄せてくるだって?
「無理だろ……そんなの……」
思わず口から漏れた。
そんなの、ただの『虐殺』じゃないか。
「ふざけるな……! こんなの、どうやって勝てって言うんだよ!!」
Bランクパーティがどれほど強いか、俺はまだ正確には知らない。
だが知らなくてもわかる。
少なくとも、今の戦力で挑める相手ではない。
理不尽すぎる。
やっと生き延びたと思ったのに。やっと頼もしい仲間ができたと思ったのに!
神様だかシステムだか知らないが、俺を嬲り殺しにしたいとしか思えない悪意の塊だ。
Cランク5人で死にかけた俺たちに、Bランクを含む数十人の討伐軍。
絶望という言葉すら生ぬるい。
俺は壁に向かって、端末を叩きつけようと腕を振り上げた。
だが、俺の振り上げた腕は、太く温かい手によってピタリと止められた。
「御屋形様。御心をお鎮めくだされ」
鬼一だった。
彼は俺の腕を静かに下ろさせると、ゆっくりと語りかける。
俺の取り乱した様子から、事の重大さは察しているようだった。
「どうやら、強大な敵が、群れを成してやってくるのですね」
「ああ……。軍隊だ。この洞窟を埋め尽くすくらいの、プロの殺し屋どもがやってくる」
俺が吐き捨てるように言うと、鬼一はフッと、獰猛な笑みを浮かべて言った。
「上等ではありませぬか」
「……え?」
「敵が多ければ多いほど、この『喰血』に吸わせる血には困らないというもの。それとも……御屋形様は、我らを信じてくださらないのですか?」
鬼一の言葉に、俺はハッとした。
彼の目には、微塵の恐怖もない。
それどころか、強者との戦いを渇望するような、ギラギラとした武人の闘気がみなぎっているようだった。
『鬼一の言う通りです、我が主』
アビスの念話が重なる。
彼は手に持つ長槍を、ドンと床に突き立てた。
『厳しい状況であることは否定できませんが、1ヶ月の猶予があるのでしょう?』
「確かに……そうだけど」
『ならば、絶望するには早すぎます。我らには、あなた様が下さったこの命と力がある。そして、あなた様のその知恵がある。それだけあれば、この狭い洞窟を、敵の血を啜る難攻不落の「死地」へと作り変えることもできるはずです』
「……簡単に言うよなぁ」
だが、その言葉に完全に反論できない自分もいた。
実際、俺はここ数日で急激に変わったと言える。
スライム一匹召喚するのにびびっていた俺が、今ではB+ランクの魔物を従えるまでに成長した。
二人の言葉が、俺の冷え切った心に熱い火を灯していく。
そうだ。
俺はまた、最初と同じミスを犯すところだった。
敵の強さや数だけを見て、勝手に絶望して、諦めようとしていた。
俺は一人じゃない。
俺を信じてくれている仲間がいる。
まだ何かあるはずだ。
1ヶ月で戦力を底上げする方法が……。
そう思って、もう一度画面を睨んだ時だった。
ストーリー画面の下部に、ある記載があることに気づく。
そこには【戦力増強のために、いつでも『深海の塔』へアクセス可能となった。】と書かれていた。
「……上等だよ」
俺は両頬を、パンッ!と両手で強く張った。
痛みが脳を覚醒させる。
卑屈な凡人モードはここまでだ。
「Bランクパーティだろうが関係ない! 1ヶ月でこのダンジョンを最悪の地獄に改装してやる。……一歩でも足を踏み入れたら、二度と生きて帰れない『要塞』にな!」
鬼一が静かに笑う。
アビスの青い灯も、かすかに強くなった気がした。
どんな理不尽だろうが、絶対に抗ってやる。
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