第28話 二次合成
端末を叩くように押し込んだ次の瞬間。
最奥の部屋の一角に、濁った緑色の召喚陣が広がった。
重い地鳴り。
ぬらりとした生臭い風。
生臭い、獣のような強烈な体臭が周囲に立ち込めた。
光が晴れると、そこには身長3メートルにも迫ろうかという、肉だるまのような巨人が立っていた。
緑褐色の分厚い皮膚。
樽のように膨れ上がった腹。
手には棍棒の代わりに、引っこ抜いた大木のようなものを握っている。
説明文の通り、お世辞にも美しいとは言えない、醜悪で鈍重そうな魔物だった。
だが、その皮膚の下で蠢く筋肉と、無尽蔵に湧き出ているような生命力のオーラは本物だ。
「グォォ……?」
トロールが低く唸る。
その声だけで空気が震えた。
普通なら腰を抜かしてもおかしくない。
だが、今の俺に怯えている余裕はなかった。
召喚されたばかりのトロールは、状況が理解できていないのか、濁った黄色い目でキョロキョロと周囲を見回している。
俺は、血塗れの姿のまま、その巨大な魔物の前へと歩み寄った。
そして、深く、深く頭を下げた。
「呼び出したばかりで、本当にすまない。だが……どうか、お前のその強い命を、あいつを救うために使わせてくれ!」
俺の悲痛な叫びに、トロールは首を傾げた。
知能が低いとされる魔物だ。俺の言葉の真意がどこまで伝わっているかはわからない。
ただ、小さな目がじっと俺を見下ろし、それから足元のゴブいちを見た。
すると、トロールはゆっくりと手にした大木を放り捨て、ドスンと重い音を立ててその場に座り込んだ。
そして、無抵抗を示すように、だらりと両腕を下ろしたのだ。
まるで、「好きにしろ」と言ってくれているように見えた。
「……ありがとう。お前の命、絶対に無駄にはしない」
俺は端末のトップ画面に戻り、いよいよ進化した【魔物合成】のアイコンを起動した。
画面が切り替わり、合成のベースとなる魔物と、素材となる魔物を選択するウィンドウが表示される。
『魔物合成』
選択:ゴブいち/トロール
俺が二体を選択し終えると、システムが新たなポップアップを表示した。
『【触媒】を追加することで、合成結果に強力な変異やボーナスが付与されます。触媒を追加しますか?』
「触媒……アイテムを追加できるのか?」
俺はハッとして、足元に散らばる冒険者たちの遺品を見渡した。
武器や防具。
これらを混ぜ合わせることで、魔物に新たな特性を引き継がせることができるのだろう。
ゴブいちに足りなかったもの。圧倒的な力と耐久力を手に入れた彼に、さらに何を持たせれば最強になれる?
俺の視線が、血だまりの中に落ちている一本の剣に吸い寄せられた。
それは、ゴブいちの強靭な肉体を易々と切り刻んだ、あの天才剣士ユナの装備品。
途中から真っ二つに折れてしまっているが、未だに鈍い輝きを放つ剣。
あの天才剣士の、技の象徴。
そして、ゴブいちの身体を寸断し、そして最後にはゴブいちに打ち砕かれた、因縁の刃。
もし、あの圧倒的な『剣の才』を、ゴブいちの暴力的な肉体と融合させることができたら?
ただの力任せの魔物ではなく、技と力を兼ね備えた、真の『武人』になれるのではないか。
「ゴブいち……お前は、あいつを超えたんだよな」
ユナの剣は確かに恐ろしかった。
だが最後に勝ったのは、仲間の想いを背負ったゴブいちだ。
なら、仇の技も力も、全部喰って前に進めばいい。
「これも、使う」
端末へ触媒として登録する。
ピロロンッ、と確認音が鳴り、最終的な消費DPが画面に表示される。
-----------------------------------------------------
【二次合成コスト確認】
・二次合成:300 DP
・触媒追加:100 DP
・素材ランク【D+】:100 DP
合計消費DP:500 DP
『素材が選択されました。二次合成を実行しますか?』
※実行しますか? YES/NO
-----------------------------------------------------
「500DP……!」
想像以上の高コストに、俺は息を呑んだ。
召喚したトロールの170DPと合わせれば、トータルで670DPもの大出費だ。先ほど手に入れた2,500DPの4分の一以上が一瞬で吹き飛ぶ計算になる。
だが、DPで仲間の命が買えるなら、いくらだって払ってやる。
「頼む……成功してくれッ!!」
俺は祈りを込めて、力強く【YES】のボタンを押し込んだ。
その瞬間。
洞窟内の空気が、ビリビリと震え上がった。
これまでの合成とは、まるで規模が違う。
ダンジョンコアが強烈な赤黒い光を放ち、脈動を始める。
地面を流れていた血が、まるで見えない力に引かれるように宙へ浮かび上がった。
やがて、大きな光の渦が形成される。
その中心にいるのは、ゴブいちだ。
赤黒い奔流が彼の身体を包む。
そして、トロールの巨体が苦しげに唸り、肉と骨を軋ませながらその渦に呑まれていく。
折れた長剣はきいん、と澄んだ金属音を鳴らし、自ら砕けて無数の銀片となって混ざった。
赤黒い血の色と、眩い黄金の光、そして鈍い鋼の色が複雑に絡み合い、巨大な光の渦を形成する。
ズォォォォォォンッ!!
空間そのものが軋むような轟音。
光の渦は周囲の血だまりを巻き上げ、やがて巨大な赤黒い『繭』へと姿を変えた。
繭はまるで巨大な心臓のように、ドクン、ドクンと不気味な脈動を打っている。
その鼓動に合わせて、ダンジョンそのものが震えているようだ。
壁の小石がぱらぱらと落ち、空気が重く揺らぐ。
繭の表面には、時折ぶくりと膨らみが走る。
内側から何かが蠢いているのだ。
太い腕の輪郭。
角のような突起。
刃を思わせる細長い影。
そのたびに、俺の喉がひりついた。
「ゴブ、いち……」
隣でアビスもまた、微動だにせずその繭を見つめていた。
壊れかけた騎士が、ただ静かに立ち尽くしている。
だが、その青い灯火は決して逸れない。
まるで戦友の帰還を待つように。
時間の感覚が曖昧になる。
一分か、十分か。
一体、繭の中で、どのような進化が起きているのか。
やがて。
ドクンッ!!
一際大きな脈動が響いた直後、繭の表面に、一本の亀裂が走る。
蜘蛛の巣のように広がる亀裂。
次の瞬間。
バゴォォォォンッ!!
繭が内側から弾け飛んだ。
血と蒸気と赤黒い膜片が、爆風のように周囲へ散る。
そして。
そこには、ひとつの影が立っていた。
面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークと評価をお願いします!




