第27話 一筋の光
『ここです。あなたの、目の前に』
声が再び脳内に反響する。
恐る恐る目の前を見上げると、アビスの兜の奥にある青い眼光が、声のリズムに合わせて優しく明滅していた。
「お前……アビス、なのか? 喋れるのか!?」
俺が驚愕の声を上げると、アビスはゆっくりと、重厚な金属音を鳴らしながら深く頷いた。
『自己修復の発動により、最低限の機能を回復しました。ご心配をおかけしました、主よ』
また、頭の中に声が響いた。
同時に、俺の端末が短く振動し、画面の隅に小さなシステムメッセージがポップアップした。
【一定以上の知能・ランクを持つ配下魔物との『念話』が解放されました】
念話……だって!?
レベルアップの恩恵だろうか。
深淵の騎士は、もともとBランクという高位の存在だ。
言葉を持たない下級の魔物とは違い、明確な自我と高い知能を有しているのだろう。
俺のダンジョンマスターとしてのレベルが上がったことで、ようやく彼らの『声』を受信できるようになったのだ。
『左様でございます。あなたの悲痛な叫び、しかとこの魂に届いておりました。あなたをお守りできたこと、騎士としてこれ以上の誉れはありません』
アビスの声は、どこまでも穏やかで、忠義に満ちていた。
ただの魔物なんかじゃない。
彼らには心がある。
俺を主と慕い、自らの意志で命を懸けてくれていたのだ。
その事実が、たまらなく嬉しくて、同時にたまらなく申し訳なかった。
「ありがとう、アビス……お前が庇ってくれなかったら、俺は確実に死んでた。でも、俺のせいで……」
俺が再び自責の念に駆られそうになった時、アビスはスッと立ち上がり、俺から離れた。
そして、重い足取りで部屋の隅へと向かって歩き出した。
『主よ。喜びを分かち合いたいのは山々ですが、今は一刻を争います』
アビスが歩み寄った先。
そこには、ユナの細い身体を叩き割った折れた大剣を握りしめたまま、血の海に沈んでいるホブゴブリン――ゴブいちの巨体があった。
「ゴブいち……ッ!」
俺はハッとして、アビスを追うように血だまりの中へ駆け寄った。
近くで見れば見るほど、その惨状は目を覆いたくなるものであった。
ユナの放った神速の剣撃は、ゴブいちの生命力を根こそぎ奪い去っている。
アビスはゴブいちの傍らに静かに跪き、そっと彼の胸元に手をかざした。
『彼の命の灯火が、今にも消えかけています。私には【自己修復】の能力がありますが、彼は違います。通常のポーションや回復魔法では、この断裂した肉体を繋ぎ止めることはもはや不可能でしょう』
アビスの悲痛な念話が脳裏に響く。
ゴブいちの呼吸は極端に浅く、時折、口から血の泡を吹いている。
完全に死の淵に立たされていた。
「そんな……嫌だ、絶対に嫌だ! 頼む、死なないでくれゴブいち! 俺にはまだ、お前が必要なんだ!」
俺はゴブいちの冷たくなりかけた太い腕を両手で握りしめ、必死に呼びかけた。
スウも、サンも、ドクも失った。
これ以上、俺の仲間を奪わないでくれ。
『……主よ。彼を救う道が、一つだけあります』
アビスが、静かに、だが力強く告げた。
『あなたが先ほどの戦いで得た、新たなる力。【魔物合成 LV2】によって解放された『二次合成』です。致命傷を負ったこの肉体をベースに、強靭な生命力を持つ新たな魔物を掛け合わせ、彼を”新たな器”として生まれ変わらせるのです』
「二次合成……!」
俺は弾かれたように顔を上げた。
そうだ。
レベル6に上がった時の通知の中に、『合成済み魔物の「二次合成」が解放されました』というメッセージがあったはず。
『ただし、一度合成された強靭な魂を再構築するには、強力な”素材”と、膨大な魔力《DP》が必要です。失敗は許されません。主よ、彼を救うために……』
「わかった……! 待ってろゴブいち、すぐに楽にしてやるからな!」
俺は震える手で、内ポケットから端末を取り出した。
画面は俺の血と泥でひどく汚れていたが、構わず指で拭い、【魔物召喚】のアイコンをタップする。
レベルが6に上がったことで、召喚リストは新たに『D+ランク』まで解放されているはずだ。
画面が遷移し、新しく召喚可能となった魔物が目に飛び込んでくる。
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・スライム:E(5 DP)
・ゴブリン:E(10 DP)
・コボルト:E(15 DP)
・ジャイアントバット:E(20 DP)
・スケルトン:E(30DP)
・ポイズンモス:E(30 DP)
・リビングアーマー:E+(40 DP)
・アシッド・スライム:E+(40 DP)
・ミミック:E+(45 DP)
・サハギン:E+(40 DP)
・アイアン・クラブ:D(60 DP)
【NEW(LV4開放)】
・オーク:D(100DP)
・ビッグボア:D(100DP)
・ジャイアント・アント:D(110DP)
【NEW(LV5開放)】
・ハーピー:D(120DP)
・グール:D(130DP)
・ヘルハウンド:D+(140DP)
【NEW(LV6開放)】
・リザードマン:D+(160DP)
・トロール:D+(170DP)
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俺は血眼になってリストを確認する。
必要なのは、ゴブいちの致命傷を上書きし、破壊された肉体を再構築できるほどの『圧倒的な生命力』や『再生力』を持つ魔物。
そして、二度とユナのような剣士に易々と斬り伏せられない『強靭な肉体』を持つ存在だ。
「ダメだ、オークじゃ耐久力が足りない……リザードマンも鱗が硬いだけで再生力はない……もっと、もっとタフな奴はいないのか……!」
焦りで呼吸が浅くなる。ゴブいちの命のカウントダウンが、背後でカチカチと鳴っているような錯覚に陥る。
そして――俺の指が、ある一体の魔物の名前の上でピタリと止まった。
・トロール:D+(170DP)
底なしの食欲と、異常な生命力を誇る醜悪な巨人。
知能は極めて低く動きも鈍重だが、特筆すべきはその肉体にある。
刃物で肉を裂かれようと、骨を砕かれようと、瞬時に細胞を結合させる【再生】のスキルを持つ。
完全に息の根を止めるには、炎で焼き尽くすか、強力な酸で溶かすしかない。
「これだ……!」
俺は思わず叫んだ。
【再生】能力。
これなら、断裂したゴブいちの筋肉も、致命傷となった内臓の傷も、全てを上書きして修復できるかもしれない!
俺は迷わず選択した。
『トロールを召喚しますか?』
『必要DP:170』
「召喚!」
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