第24話 vs.鋼の薔薇 ④
ユナとの死闘の最中だったはずのアビス・ナイト。
彼が、ユナの猛攻を無理やり振り切り、俺と業火の間に立ちはだかっていたのだ。
『特性【主の守護者】が発動しました』
『アビス・ナイトの全ステータスが一時的に倍増します』
脳内にシステム音が響く。
アビスの全身が、黄金と黒の神々しい光に包まれていた。
エリシアの執念の業火を、彼はその身一つで、一歩も退かずに受け止めている。
だが、代償はあまりにも大きかった。
「よそ見してるんじゃないわよッ!!」
背後から迫る、ユナの絶叫。
アビスが俺を庇うために見せた最大の隙を、天才剣士が見逃すはずがなかった。
ユナの全身全霊を込めた必殺の一撃。
光を纏った剣先が、アビスの脇腹――強固な装甲ごと力任せに貫く。
「ガ、アアアァァッ!!」
アビスが、かつての亡国の騎士が、悲鳴のような咆哮を上げる。
前面からは回避不能の業火。
横からはユナの必殺の刺突。
そのすべてを、俺の盾となるために、その身に受けたのだ。
「や、やめろ……もういい、逃げろアビス!!」
俺の叫びも虚しく、ユナの剣は彼の装甲を完全に破壊していた。
やがて、業火がフッと掻き消える。
エリシアの魔力が尽きたのだ。
辺りに静寂が戻る。
アビスの脇腹を貫いたユナの剣先が、赤く熱を帯びている。
ユナが剣を引き抜くと、アビスの巨体がグラリと揺れた。
彼はゆっくりと、錆びついた機械のように首を回し、背後にいる俺を見た。
兜の奥で明滅していた青い光が、優しく瞬き――そして、ふっと消えた。
ガシャァァンッ!!
アビス・ナイトは、俺の目の前で力なく崩れ落ちた。
「アビ……ス……」
声が出なかった。
俺を守るために、また。
俺の弱さのせいで、仲間が。
「ハァ……ハァ……終わっ、た……」
その姿を見下ろしながら、ユナが肩で息をしながら立ち尽くしている。
彼女もまた、限界であった。
最後の力を必殺の一撃にすべてを込めた。
今は剣を下段にだらりと下げている。
彼女の瞳には、勝利の安堵と、激しい疲労の色が浮かんでいた。
俺と、彼女の目が合う。
俺は丸腰だ。武器もない。
もはや、彼女を止める者は誰もいない。
――そう、誰もいないはずだった。
「……グ、ルォォォォ……ッ」
血の匂いにむせ返る部屋の隅。
ピチャリ、と血溜まりを踏みしめる音が響いた。
ユナが、弾かれたように音のした方向へ首を向ける。
俺も、信じられない思いで目を向けた。
そこには、全身を切り刻まれ、絶命したはずのホブゴブリンが立っていた。
いや、立っていると表現していいのかすらわからない。
両足の筋肉は断裂し、骨だけで身体を支えているような状態だ。
だが、その濁った瞳だけは、爛々と怒りの炎を燃やしていた。
「なっ……嘘でしょ!? 確かに急所を斬ったはず――」
ユナの顔が、今日初めて絶望に歪んだ。
満身創痍。
本来なら即死しているはずのダメージ。
それでも彼を突き動かしているのは、スウが、サンが、ドクが、そしてアビスが繋いだ『命のリレー』を、絶対にここで途絶えさせないという怨念にも似た思いだった。
「GUROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッッッ!!!」
仲間たちの哀しみと、主への忠誠をすべて乗せた、命を燃やす咆哮。
ゴブいちは、折れて半分の長さになった大剣を両手で握りしめ、地面を抉りながらユナへと跳躍した。
「くっ、あぁぁぁッ!!」
ユナが咄嗟に剣を交差させ、防御の姿勢を取る。
だが、アビスを仕留めるために完全に体勢を崩し、疲労の極致にあった彼女に、ホブゴブリンの最後の一撃を受け止める力は残っていなかった。
ドゴォォォォンッ!!!
折れた大剣が、ユナの細い身体を真上から叩き割る。
圧倒的な質量と執念の激突。
ユナの身体が床に叩きつけられ、石畳がクレーターのように陥没した。
「あ……が……」
ユナの口から、微かな声が漏れ、そして彼女の瞳から光が失われた。
王都が誇る天才剣士、Cランクパーティのリーダーの、静かな最期だった。
その瞬間、ゴブいちもまた、すべての糸が切れた操り人形のように、彼女の横へと崩れ落ちた。
静寂。
ただ、コアの放つ淡い光だけが、血の海と化した最奥の部屋を照らしていた。
俺は、崩れ落ちたアビスの残骸の横で、泥のようにへたり込んでいた。
終わったのだ。
俺たちは、『鋼の薔薇』をついに沈黙させたのだった。
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