第23話 vs.鋼の薔薇 ③
前衛の要である重戦士の死。
これで戦況は完全に逆転した、そう確信した。
その時。
「――よくも。よくも、みんなをッ!!」
鼓膜を劈くような、悲痛と怒りに満ちたユナの絶叫。
その眼は、血走り、鬼神のような殺気を放っていた。
その怒りの矛先は、無防備に突進を終えた直後のゴブいちへと向けられた。
「死ねェッ!!」
閃刃。
神速という言葉すら生ぬるい、一切の予備動作を排した抜刀術のような一撃。
ゴブいちが咄嗟に甲羅盾を引き戻そうとするが、間に合わない。
ユナの長剣が、ゴブいちの厚い胸板を斜めに深く、残酷なまでに切り裂いた。
「ガ、アアアァァッ!?」
鮮血が、滝のように噴き出す。
鋼鉄並みの強度を誇るホブゴブリンの筋肉を、易々と断ち切るほどの剣閃。
ゴブいちはよろめき、手にした大剣を取り落とした。
そして、大量の血を吐き出しながら、ドスンと膝をつく。
その後もユナは容赦なく、ゴブいちの体を切り刻む。
やがて、幾度となく俺を庇い、限界を超えて戦い続けた俺の相棒は、血だまりの中に突っ伏して動かなくなった。
「ゴブいちッ!!」
俺の喉から、悲鳴が漏れる。
だが、絶望に浸る暇はない。
前衛で唯一残ったアビスが、倒れたゴブいちを庇うようにユナの前へと進み出た。
「化け物め……お前で最後よ。私が……全部、全部刻んで殺してやる!!」
ユナの全身から、青白い闘気が立ち上っているように見えた。
彼女は、先ほどアビスがエリシアの業火を無傷で耐え抜いたのを見ていた。
だからこそ、一切の魔法の類や搦め手を捨てる。
己の持つ『純粋な剣技』ただ一つで、この深淵の騎士を解体すると決めたのだ。
「シィッ!」
短い呼気と共に、ユナが消えた。
いや、俺の動体視力ではそう錯覚するほどのスピードだった。
アビスが、身の丈を超える珊瑚の長槍を薙ぎ払う。
だが、その重い一撃の軌道を、ユナは紙一重で潜り抜けていた。
キンッ! キィンッ!
火花が散る。
ユナの剣は、アビスの分厚い装甲の「面」を狙わない。
首の付け根、脇の下、膝の裏、装甲と装甲が重なり合うわずかな”隙間”。
そこだけを、針の穴を通すような精密さで的確に斬っている。
「ギ、オォォ……」
アビスが低く唸る。
長槍による刺突、盾による殴打。
そのすべてが、ユナの流麗なステップの前に空を切る。
アビスの剛の攻撃を、ユナが柔と速でいなし、その体を切り刻む。
装甲の隙間から、アビスの体液が少しずつ滲み出し始めていた。
俺はコアの前で、寒気を感じていた。
これが、人間の力なのか。
ステータスやランクといった枠組みを超越した、修練と才能の結晶。
アビスの巨体が、たった一人のちっぽけな人間の女によって、確実に追い詰められている。
彼女の底知れぬ強さに、俺の足が震えた。
このままじゃ、アビスが倒される。
何か、俺にできる援護は――。
焦燥に駆られ、視線を巡らせた瞬間。
俺は見てしまった。
部屋の隅。
アビスの槍に貫かれ、絶命したはずの魔法使い、エリシアの死体がある場所。
彼女が最期に吐き出した大量の血が、石畳の溝に沿って、不気味な幾何学模様――魔方陣を形成していたのだ。
『……あ、なたたち、は……絶対に、私たちが……倒す……っ』
彼女のいまわの際の言葉が、脳裏に蘇る。
あれは負け惜しみなんかじゃなかった。
自らの死すらも触媒とする、執念の魔法。
「なっ……!?」
魔方陣から、目を開けていられないほどの眩い赤光が立ち上った。
その光の矛先は、ユナと戦っているアビスではない。
部屋の最奥で無防備に立ち尽くす、HP20の脆弱なダンジョンマスターである俺と。
その後ろに浮かぶダンジョンコア、その一直線上に向けられていた。
「嘘だろ……標的は、俺か!?」
回避不能。
発動までのタイムラグは数秒。
逃げる場所もない。
圧倒的な死の熱波が、業火の柱となって俺とコアに向かって解き放たれた。
「アァァァァァァッ!!」
死を悟った。
俺は咄嗟に目を閉じ、腕で顔を覆った。
しかし、いつまで経っても、俺の身体を焼き尽くすはずの熱は届かなかった。
代わりに聞こえてきたのは、ジュウウウゥッという嫌な音と、凄まじい鉄の軋み。
恐る恐る目を開けた俺の視界を塞いでいたのは、巨大な青黒い背中だった。
「アビス……!?」
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