第21話 vs.鋼の薔薇 ①
「総員、戦闘態勢!! 相手はCランク以上……いや、それ以上の化物よ!!」
女剣士――ユナの鋭い絶叫が、ダンジョンの冷たい空気を切り裂いた。
俺は最奥のコアの前に立ち、暗闇の向こうで揺れる松明の光を睨みつけていた。
プロの冒険者たち。
彼らの動きに、一切の油断はなかった。
遭遇の瞬間に俺たちの異様さを察知し、即座に陣形を固めるその判断力。
俺たちを格下相手と侮っていたDランクパーティとは、明らかに纏っている空気が違う。
だが、俺たちにも退路はない。
殺さなければ、殺される。
「サン、撃てぇッ!!」
精一杯の俺の号令が、開戦の号砲となる。
カチカチッと骨の擦れる音が、暗闇の中で不気味に響く。
後方に待機していた異形の骸骨――アシッド・アーチャーの『サン』が、自身の肋骨でできた弓を引き絞った。
つがえられているのは、自らの体内で精製された濃緑色の酸の矢。
狙うは、敵の後衛で無防備に杖を抱えている魔法使いの女、エリシアだ。
ヒュンッ!
空気を溶かすような不快な音を立てて、溶解液を纏った矢が放たれた。
完全にやつらの死角から、しかも暗闇に紛れた一撃。
決まった、と俺が確信した直後。
「甘えんだよッ!!」
その見た目とは裏腹に、信じられないスピードで、巨大な銀色の壁が魔法使いの前に立ち塞がる。
重戦士のガルダだった。
あの2メートル近い巨体で、先ほどまで背負っていたはずの巨大なタワーシールドを、彼は瞬きする間に前面へと展開したのだ。
溶解の矢が、銀の盾の表面に激突し、弾ける。
直後、ジュウウウゥッという肉を焼くような凄まじい音と共に、白煙が立ち上った。
「なっ……なんだこの矢は!? 俺のミスリルコーティングの盾が溶けてやがる!?」
「ただの下級魔物じゃないわ! 全員、絶対に攻撃をまともに受けないで!」
ガルダの驚愕の声と、ユナの警告はほぼ同時だった。
鉄すら一瞬で腐食させる酸の威力に、Cランクパーティに明確な戦慄と警戒が走った。
サンは顎の骨を鳴らし、次々と溶解の矢を番えては放つ。
緑色の閃光が、雨のように冒険者たちへ降り注ぐ。
しかし……。
「女神よ、迷える子羊たちに加護を――《フィジカル・ウォール》!」
後衛にいた修道士の男、テオが素早い動きで印を結ぶ。
冒険者たちの前方に、淡く光る半透明の物理障壁が展開される。
サンの放った溶解の矢は、その障壁に着弾してはジュウジュウと音を立てて蒸発していく。
魔力で作られた壁には、物理的な酸の腐食は通じない。
「チッ……防がれたか! だが、あいつらの足止めには――」
「見ぃーっけた!!」
不意に、軽快な、しかし背筋が凍るような少女の声が響いた。
獣人の斥候、リル。
彼女は頭の獣耳をピクピクと動かし、サンの放つ矢の軌道と、わずかな骨の擦れる音から、完全な暗闇の中にいるサンの位置を特定していたのだ。
リルは身を低く沈め、自身の身の丈ほどもある長弓を構える。
その瞳は、暗闇を見通す捕食者のそれだった。
「そこっ!」
放たれた矢は、まさに神業。
空気を裂く音すら置き去りにするような一閃。
それは、寸分の狂いもなく暗闇を貫き――サンの核である、肋骨の奥で脈動する『酸の塊』に突き刺さった。
「ガ、チ……ッ!?」
サンは何が起こったかもわからず、自身の胸を見下ろした。
それと同時。
ピキッ、と酸の塊に亀裂が走った。
「危ない! みんな伏せろッ!」
俺は叫びながら、床に身を投げ出した。
直後、サンの胸のコアが限界を迎え、爆発した。
ドバァァァッ!!
けたたましい破裂音と共に、大量の酸が周囲に撒き散らされる。
床の石畳が溶け、白煙が洞窟内に充満する。
白煙が晴れた後、そこには数本の溶けかけた骨が転がっているだけだった。
貴重な遠距離火力であるサンが、開戦からわずか数分で、あっけなく消滅した。
「……嘘、だろ」
俺の口から、絶望の混じった声が漏れる。
俺の生み出した魔物が、また目の前で殺された。
恐怖で足が震える。
冒険者の圧倒的な技術の前に、俺の浅知恵など一瞬で粉砕されてしまった。
怖い。
死にたくない。
だが、それ以上に――熱く、どす黒い怒りが腹の底から湧き上がってきた。
これ以上、俺の仲間の命を奪われてたまるか。
理不尽に命を刈り取るこいつらを、絶対に許さない!
『スキル【鼓舞】が発動しました』
『配下の魔物の全ステータスが一時的に上昇します』
俺の強い感情に呼応するように、脳内にシステムのアナウンスが響く。
同時に、最前線に立っていた二体の巨獣の身体から、赤いオーラのようなものが立ち上った。
「グオオオオオオオッ!!」
「ォォォォォォォォォッ!!」
ゴブいちとアビスが、床が割れるほどの踏み込みで前線へと突撃する。
【鼓舞】によって能力上昇した、圧倒的な暴力の進軍。
「ちぃっ! 来るわよ! ガルダ、右の方のデカブツをお願い!」
「おうよ! へへ……俺の盾はそう簡単には抜けねえぞ!」
迎え撃つのは、ユナとガルダ。
ゴブいちの丸太のような腕から放たれる大剣を、ガルダがタワーシールドを斜めに構えて受け流す。
爆発かのような衝撃音が響き、ガルダの足元の石畳が粉々に砕け散った。
だが、ガルダは一歩も退かない。
銀の城塞の名は伊達ではなかった。
一方、アビスの相手は天才剣士ユナだ。
アビスの放つ、珊瑚と鉄の入り混じった長槍の刺突。
それは深海の海流のように重く、そして速い。
並の剣士なら一撃で串刺しになる凶悪な連撃。
だが、ユナの動きは常軌を逸していた。
「シッ!」
鋭い呼気と共に、ユナの長剣が閃く。
彼女はアビスの長槍を正面から受けず、槍の側面に剣を滑らせ、受け流し、いなし、時には自ら踏み込んでアビスの装甲の関節を狙う。
剛のアビスと、柔のユナ。
「テオ! 補助を!」
「《ストレングス》《ストーン・スキン》!」
修道士テオから放たれた緑色の光が、ユナとガルダを包み込む。
筋力と耐久力を底上げするバフ魔法。
これにより、力で勝るゴブいちとアビスに対し、人間側が互角の戦いに持ち込んでいた。
「あたしの矢も食らいなっ!」
後方からリルの援護射撃が飛ぶ。
だが、アビスを狙った矢は甲高い音を立てて弾き返された。
アイアン・クラブから引き継いだ圧倒的な装甲厚。
物理の飛び道具如きでは、傷一つつけられない。
前線は完全に膠着状態に陥っていた。
俺たちの手数は足りない。
だけど、相手も決定打に欠けている。
……いや、違う。
俺の背筋に、冷たい汗が伝った。
敵の後衛――灰被りの魔女。
彼女は戦闘開始の直後から、一歩も動かずに、杖を胸に抱いたままブツブツと呪文の詠唱を続けている。
周囲の空気が、異常な熱を帯び始めていた。
前の戦いで見た、《フレイム・バースト》など比ではない、もっと巨大な魔力の気配。
まずい……あの魔法が完成したら、前衛ごと俺たちを焼き尽くす気だ!
膠着しているこの状況を、なんとか打破しなければ。
しかし、ユナとガルダの壁は厚い。
どうすればいい……!?
そんな時、1匹の魔物が闇から戦場を窺う。
ユナたちの後方――テオの背後の暗闇から、紫色の影が音もなく滲み出る。
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