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魔物合成で世界に抗う反逆譚~HP10の凡人おじさん、ダンジョンマスターになる~  作者: 藍之介
vs.『鋼の薔薇』編

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第20話 -冒険者side- 依頼

 重厚なオーク材の扉を開けると、葉巻の煙と羊皮紙のインクが入り混じった、ギルドマスター室特有の空気が鼻を突く。


「よく来てくれた、『鋼の薔薇』の諸君」


 執務机を挟んだ向かい側。

 腕を組んでいた壮年のギルドマスターが、深く刻まれた眉間の皺を寄せてユナたちを迎え入れた。

 隣には、何枚もの調書を抱え、緊張した面持ちで立つギルド職員の姿がある。


「お呼びとあらば、断る理由はないわ。……それで? 私たちに何か用かしら? もしかして……『赤い閃光』の連中が、嘆きの森で”迷子”になっているって話?」


 ユナが単刀直入に切り出すと、ギルドマスターは重々しく頷いた。


「迷子、という生易しいものではない。初動の調査に向かわせた斥候からの報告によれば、彼らが向かったとされる新興ダンジョンの入り口付近から、戦闘の痕跡が見つかったそうだ。無事にダンジョンを攻略できていれば良いが、現に彼らは帰ってきていない……」


「……全滅、ということですか」


 テオが冷静に、しかし僅かに痛みを帯びた声で確認する。


「十中八九、な。あいつらはDランクに昇級したばかりで少し浮かれていた。だが、前衛の要や後衛の魔法使いなど、将来を有望視されていたパーティであった。それが、発生したばかりのダンジョンで、逃げ帰ることすらできずに全滅した。……これは、明らかな異常事態だ」


 ギルドマスターの言葉に、ガルダが鼻を鳴らす。


「質の悪い凶悪な罠か、それとも規格外の『魔物』が誕生したか、だな。で、俺たちにその化け物の正体を暴いてこいってわけだ」


「その通り。当該ダンジョンは現在、全貌が判明するまで一般冒険者の侵入を禁じる『侵入禁止区域』に指定した。お前たちには、ダンジョン内部の構造調査および脅威度の判定、可能であればダンジョンコアの破壊を依頼したい」


 そこまで言って、ギルドマスターは厳しい表情を崩し、ニヤリと口角を上げた。


「無論、ただの厄介事の押し付けではない。お前たちのこれまでの討伐実績と依頼達成率は、すでにギルドの規定を十分に満たしている。このダンジョンの調査任務を無事に完遂した暁には――お前たち『鋼の薔薇』を、Bランクパーティへと正式に昇格させることを約束しよう」


「Bランク……!」


 リルの耳がピンと立ち、顔がパァッと明るくなった。


「やったぁ! ついにBランクだよユナ! 私たちもトップパーティの一員だね!」


「フッ、ようやく俺たちの実力に見合った評価が下るってわけだ。銀の盾の磨きがいがあるぜ」


 ガルダも嬉しそうに巨体を揺らし、テオは「女神の導きに感謝を」と静かに十字を切った。

 眠そうにしていたエリシアでさえ、「お給料、上がるわね……高い枕買お……」と小さくガッツポーズをしている。

 ユナはそんな仲間たちの頼もしい様子を見て満足げに微笑むと、ギルドマスターに向かって不敵に笑いかけた。


「その依頼引き受けるわ。異常ダンジョンだろうが何だろうが、私たちがサクッと攻略してきてあげる。新しいBランクのライセンスカードを用意して待っていなさい」


 喜びと闘志を隠しきれない様子で、『鋼の薔薇』の面々は意気揚々と執務室を出て行った。

 バタン、と重い扉が閉まり、歓喜の余韻が遠ざかっていくと、部屋には再び重苦しい静寂が戻った。


「マスター……本当に、彼女たちだけでよかったのでしょうか。相手は有望な若手を全滅させた未知のダンジョンです」


 ギルド職員が不安げに尋ねる。


「……『彼女たちだけで』だと? お前はあいつらの実力を侮っているな」


 ギルドマスターは葉巻を咥え、ゆっくりと火をつけた。


「いいか、この世界の冒険者ランクの基準を思い出してみろ。Cランクといえば、一騎当千とまではいかずとも、数々の死線を潜り抜けてきたベテランの冒険者パーティだ。ギルドの実務と治安維持を支える、絶対的な中核といっていい」


「は、はい……」


「そしてBランク。これは一つの都市規模で見ても、数えるほどしか存在しないエリート中のエリートだ。個人の武力、戦術理解度、連携、どれをとっても超一流でなければ到達できない領域。ユナの剣術をはじめ、『鋼の薔薇』の個々の戦闘能力はすでにその域に達している。今回の依頼は、その箔付けにすぎん」


 紫煙をくゆらせながら、ギルドマスターは遠くを見るような目をした。


「その上のAランク以上ともなれば、国境を越えて名前が轟くような冒険者パーティだ。正に、単独で一個大隊に匹敵する戦力を持つと言われている」


「では、さらにその上のSランクというのは……?」


 職員の無邪気な問いに、ギルドマスターは葉巻を持つ手を止め、ふっと自嘲気味に笑った。


「Sランクは……いや、やめておこう。あれはもう『人間』の枠組みで語っていい存在ではない。歩く天災、あるいは人理を超えた化け物だよ」


 ギルドマスターは小さく首を振り、視線を窓の外――嘆きの森がある方角へと向けた。


「とにかく、今のこの街で動かせる最強の手札が『鋼の薔薇』だ。あいつらなら、相手がどんなイレギュラーであろうと、必ず生還して情報を持ち帰ってくれるはずだよ……」


 数日後。

 嘆きの森は、昼間だというのに鬱蒼とした木々に遮られ、薄暗く湿っていた。

 『鋼の薔薇』の5人は、音を立てずに獣道を進み、やがてぽっかりと開いた洞窟――未知のダンジョンの入り口へと到着した。


「……確かに、うっすらと血の匂いがするわね」


 ユナは洞窟の前に立ち、鼻をひくつかせた。

 風に乗って漂ってくるのは、カビと土の匂いに混じった、鉄錆のような不穏な臭気。


「間違いねえな。ここで『赤い閃光』の連中は死んだんだろう」


 ガルダがタワーシールドを地面に下ろし、大剣の柄に手をかける。


「皆、気を引き締めなさい。ギルドの調査によれば、ここは発生からまだ数日しか経っていない。でも、イレギュラーが発生している可能性が高いわ」


 ユナの指示に、メンバーの顔つきが一変した。

 酒場での緩んだ空気はもうない。

 歴戦の冒険者の顔つきに変わる。


「テオ、バフをお願い。リルは先行して索敵。ガルダは私の後ろ、テオとエリシアをカバーして。エリシア、いつでも魔法を撃てるようにマナを練っておいて」

「了解。女神の加護を――《プロテクション》《アジリティ・アップ》」


 テオのかざした手から淡い光が放たれ、メンバー全員の身体を魔法の障壁と身体強化の力が包み込む。

 これが、高ランクパーティの「常識」。

 決して油断せず、未知の領域に踏み入る前には万全の備えをする。


「行くよー。罠の気配はないけど……なんか、奥からいやーな視線を感じるなぁ」


 弓を構えたリルが、ぴんと耳を立てて洞窟の奥を見つめる。


「視線?」

「うん。うまく言えないけど……影に見られているような、そんな感じ」


 ……影?

 ユナの背筋を、冷たいものが這い上がった。

 彼女の天性の直感が、脳内で激しく警鐘を鳴らしていた。

 ここは、ただの生まれたばかりのダンジョンではない。

 この奥に何かがいる。

 明確な『悪意』と『殺意』、そして恐るべき『知性』を持って、自分たちを待ち受けている存在が。


「……陣形を崩さないで。ゆっくり進むわよ」


 ユナが剣を抜いた。

 チャキッ、と澄んだ金属音が響く。

 それを合図に、『鋼の薔薇』は静かに、深淵の口を開けたダンジョンへと足を踏み入れた。


 暗闇が彼らを飲み込む。

 最初の部屋は空っぽだった。

 松明の光が、冷たい岩肌を照らし出す。

 魔物の気配すらない。

 それどころか一切の物音がしない。

 それが逆に、このダンジョンの異様な雰囲気を強調している。


「これは……おかしいですね。下級の魔物一匹すらいない。まるで……」

「まるで、一箇所に戦力を集めて、私達を待ち伏せしているみたいだわ」


 ユナがテオの言葉を継ぐ。

 そして、一行は次の広間へと続く通路の出口に差し掛かった。

 

 その時。


『作戦開始だ!!』


 何処からか、いや、ダンジョンそのものが喋ったかのような、人間の男の叫び声が響き渡った。


「なっ!?」


 ガルダが驚愕の声を上げ、咄嗟にタワーシールドを前に突き出す。


 次の瞬間、暗闇の奥――広間の中央から、圧倒的な質量を持った「何か」が動く音がした。

 ズズンッ、と地面が揺れるほどの衝撃。

 松明の光が届くギリギリの範囲。

 そこに浮かび上がったシルエットを見て、ユナは息を呑んだ。


 二つの、巨大な影。

 一つは、赤銅色の筋肉を誇示し、巨大な蟹の甲羅の盾と大剣で武装した、上位種のゴブリン。

 そしてもう一つは――青黒い装甲に身を包み、兜の奥から青い眼光を放つ、巨大な鉄の騎士。

 その後方からは、ギリリリッ……と、弓の弦を引き絞る嫌な音が聞こえる。


「冗談、でしょ……?」


 Bランクの力を持つと自負していたユナの手が、微かに震えた。

 しかし、瞬時に気持ちを切り替える。

 ダンジョンでは、心が乱されたものから死んでいく。

 今まで、そんな場面は嫌というほど経験してきた。

 冷静に対処すれば、どんな魔物だって負けることはない!


「総員、戦闘態勢!! 相手はCランク以上……いや、それ以上の化物よ!!」


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