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魔物合成で世界に抗う反逆譚~HP10の凡人おじさん、ダンジョンマスターになる~  作者: 藍之介
第四章

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第108話 リシェル・ノートン

「で、改めて聞くぞ。あんた、どうやってここまで入った?」


 俺は部屋の隅に転がっていた手頃な岩に腰掛け、リシェルと向き合った。

 周囲には魔物たちが、いつでも攻撃できる距離を保っている。

 ちなみにバフォメットは、いまだに岩陰から角だけ出してガタガタ震えていた。


「企業秘密……と言いたいところですが、まあいいでしょう」


 リシェルはローブの裾をつまんで、くるりと翻した。


「このローブですが、ギルドの宝物庫から持ち出した『無影のローブ』といいます。気配、足音、匂い、魔力反応、体温。生物が発する痕跡のほぼ全てを遮断する古代遺物アーティファクトですねー。あとはダンジョンの構造を読みながら、魔物の巡回の隙間を縫って歩けば、ほら、最深部まで一直線です」


「ほら、じゃないが」


 俺はこめかみを押さえた。

 カーミラが感じ取った「空気の揺れ」の正体はこれか。

 というか。


「今、『持ち出した』って言ってなかったか?」


「言いましたよ。もちろん無許可です!」


「無許可!? 胸張って言うことじゃないだろ!」


「だって申請なんかしたら絶対に許可下りないじゃないですか。『迷宮再構築ダンジョン・シフトを起こした危険なダンジョンに、幹部が単身潜入したい』なんて」


「そりゃそうだろ……」


 リシェルは「なぜでしょうか?」ときょとんと首を傾げている。

 ……ダメだ。

 この人、根本的な何かがズレている。


「クク……面白い人間じゃの」


 カーミラが、口を抑えて笑っている。


「命知らずというより、命の勘定がそもそも頭にないと見える。……わらわは嫌いではないぞ、こういう手合いは」


「あなたは人間と話せる魔物なんですか!? そんな魔物、めったに会えません! うわぁぁ……色々聞かせてもらっていいですか!?」


「む、むぅ? わ、わらわに聞きたいことがあるのか? ふ、ふふん、よかろう、特別に答えてやってもよいぞ」


「ちょろっ!?」


 レイが目を丸くした。

 偉そうにふんぞり返りつつも、カーミラの口元は少し緩んでいる。

 ……うちの女王様、意外に褒められるのに弱いんだよな。


「げふん、げふん。話を戻すぞ」


 俺はわざとらしく咳払いをした。


「あんたの目的はなんだ。一割は調査任務で来たって言ったな。その一割の中身は?」


 リシェルの表情から、すっと熱が引いていくのを感じた。

 初めて見せる、組織人の顔だった。


「……討伐軍レイドが、定時連絡を絶ちましたので」


 静かな声だった。


「Bランクパーティ『銀葉の魔術団(シルバーリーフ)』を中核とする、総勢五十六名の連合部隊……。定時連絡が無くなったことで、本部は全滅の可能性が高いと見ています。わたしの任務は現地調査。このダンジョンの脅威度を再査定し、本部に報告することです」


 場の空気が、再び硬くなる。


「報告したら、どうなる」


 俺は静かに聞いた。


「規定では、このダンジョンはAランクに指定されますね。王国騎士団との合同討伐案件になります」


「……そうか」


 騎士団……。

 ギルドの精鋭の次は、一国家の正規軍か。

 胃のあたりが、ずんと重くなった。


「ただし」


 リシェルは、人差し指をぴんと立てた。


「報告書を書くのは、私ですので」


「……どういう意味だ?」


「迷宮調査室室長の見解として、いかようにも報告することもできる、ということです。――『当該ダンジョンはBランクが妥当。討伐軍の壊滅は、指揮官セラド・ルナ・ファルシオンの独断専行と魔法の暴発による自滅の可能性が高い。継続観察を推奨する』」


 俺は思わず、息を呑んだ。


「実際、嘘ではないんですよ? セラド・ルナ・ファルシオンが問題児だったのは本部でも有名でしたし、精霊女王の召喚なんて規格外の魔力反応は、王都の観測塔でも捉えています。話の組み立て方次第、というやつです」


「……ギルドを、裏切るのか?」


「裏切る……? まさか」


 リシェルは心外そうに眼鏡を押し上げた。


「私はギルドの人間ですよ。ギルドの利益と人類の安全を損なう気はありません。あなたたちが無差別に村や民を襲うなら、私は全力であなたたちを潰す側に回ります。……ですが」


 彼女はぐるりと部屋を見回した。

 その瞳に、再び抑えきれない熱が灯る。


「考えてもみてください! 本物のダンジョンマスターがここにいる! 意思の疎通が可能で、討伐軍を退けるほどのダンジョンを一ヶ月で作り上げた、前例なき研究対象! こんな奇跡のような場所を、騎士団に土足で踏みにじられるなんて、人類の損失です! 断固阻止です!」


「研究対象って言ったよな今」


「それで、取引です、ダンジョンマスター様」


 俺の言葉を無視して、リシェルは、ずいっと顔を寄せてくる。

 眼鏡のレンズ越しに、爛々と輝く瞳が俺を射抜く。


「私は『ちょっぴり』報告書に演出を加えます。その代わりに、あなたは、私にこのダンジョンの観察を許可する。ついでに、私の質問にできる範囲で答える。――どうです? 悪い話ではないと思いますが」


 俺は一度黙った。


 どう見ても怪しい。

 怪しさの塊だ。

 だが、嘘をついている目にも見えない。


 この人の行動原理は、おそらく組織への忠誠でも、俺への善意でもない。

 ただ純粋に「ダンジョンを研究したい」。

 それだけなのだろう。

 そして、そういう一本筋の通った欲望は、下手な善意より信用できる。


 何より――俺には今、喉から手が出るほど欲しいものがある。


「……一つ、条件がある」


「なんでしょう」


「あんたの知ってる『ダンジョンの知識』を、俺に教えてくれ。世界中のダンジョンのこと、全部だ」


 その瞬間、リシェルの顔が、ぱあっと輝いた。

 まるで、誕生日とクリスマスと正月と給料日が同時に来た子供のような顔だった。

 いや、給料日は子供にはないか。


「喜んで!! むしろ何時間でも語らせてください! あ、でも長くなりますよ? わたし、ダンジョンの話を始めると三日三晩止まらなかった前科がありますので!」


「要点だけでいい! 要点だけで!」


 こうして、俺のダンジョンに、敵でも味方でもない、奇妙な監視者が加わった。


『……主よ』


 アビスの念話が、俺にだけ静かに届いた。


『あの人間、佇まいに一切の隙がありませぬ。歩法、重心、魔力の練り。おそらく本気で戦えば、Bランク冒険者以上の実力を持っているでしょう』


「我も同感にございます」


 鬼一も、声を潜めて言った。


「あの人間、我らに囲まれてもなお、呼吸ひとつ乱しておりません。ギルドの幹部とは、伊達ではないようですな」


 ……だろうな。

 討伐軍が全滅したダンジョンに単身潜入して、ニコニコ笑っていられる時点で、まともな強さじゃない。


「ねえねえメガネのお姉さん! あたしの歌も研究する!?」


「う、歌う魔物ですか!? そんな前例聞いたこともありません! 是非聴かせてください!」


 リシェルは、好奇心のままに、あっちへこっちへと忙しなく動いている。


「あ、岩陰のあなた! ちょっと、その角を採取……もとい観察させてください!」


「ひぃぃぃっ! 知らない人に私の角を狙われてますぅぅ! マスター、助けてくださいぃぃ!」


 また変なのに捕まってしまったな。

 俺はため息とともに、頭を掻くのであった。


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