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魔物合成で世界に抗う反逆譚~HP10の凡人おじさん、ダンジョンマスターになる~  作者: 藍之介
第四章

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第107話 謎の侵入者

「侵入者だと!?」


 ミロが弾かれたように立ち上がり、ダガーを抜く。

 ガルムも立ち上がり、ネムを背に庇う。


「カーミラ、第一階層の状況は!」


「待っておれ」


 カーミラが目を閉じる。

 第一階層に展開する数百の蟻たち。

 その全ての視界と感覚が、女王である彼女には共有されているはずだ。

 森に張り巡らされた、生きた監視網。

 たとえ気配を消した斥候だろうと、地面を伝う振動と匂いまでは消せないはずだった。


「……おかしいのう」


 カーミラの眉が、ぴくりと寄った。


「どうした?」


「おらぬのじゃ。森にも、洞窟の入り口にも、第二階層の水辺にも。蟻どもの目にも鼻にも、何も引っかかっておらぬ」


「誤報か?」


「いや……それがな、主よ」


 カーミラは目を開け、珍しく困惑の色を浮かべた。


「『おらぬ』のに、『おる』のじゃ。妙な言い方になるがの。森の空気が、ほんのわずかに……誰かが通った後のように揺れておる。じゃが、敵意は感じぬ。殺気も、害意も、何もない。まるで――」


「まるで?」


「散歩でもしておるかのようじゃ」


 散歩。

 討伐軍を返り討ちにしたばかりの、むせ返るほどの血の匂いがするダンジョンを、散歩……。


「……ろくな奴じゃないな、それ」


『主よ』


 アビスの念話が響く。


『敵意がないとはいえ、正体不明の存在をダンジョンコアに近づけるわけには参りませぬ。私と鬼一殿が通路を固めます』


「ああ、頼む」


 鬼一が音もなく妖刀『喰血』の柄に手をかけ、通路の入り口へ向かう。

 アビスが大盾を構えて、その隣に立つ。

 B+ランクの鬼人将軍と、深淵の騎士による鉄壁の布陣。

 生半可な侵入者では太刀打ちできないだろう。


 俺たちは固唾を呑んで、通路の暗がりを見つめた。


 五分過ぎ。

 やがて、十分が経過した。


 何も、来ない。


「……来ない、ね」


 レイが拍子抜けしたように呟いた、その時だった。


「ふわぁぁぁ……これはこれはこれは!」


 声が、した。


 通路からではない。

 俺たちの、真後ろ――ダンジョンコアのすぐ脇からだ。


「なっ……!?」


 全員が、文字通り飛び上がった。

 鬼一が神速で振り返り、アビスが俺の前に滑り込み、レイが翼を広げ、カーミラの周囲に蟻酸ぎさんの霧が立ち込める。

 バフォメットに至っては「ひゃわぁぁっ!?」と悲鳴を上げて、近くの岩陰にヘッドスライディングで飛び込んだ。


 そこに、誰かいた。


 ダンジョンコアの放つ淡い光の中に、一人の女性が立っていた。


 歳は二十代半ばだろうか。

 くすんだ緑色のローブを羽織り、大きな丸眼鏡をかけている。

 背中には、本やら巻物やらが今にも溢れそうな、パンパンに膨らんだ革のリュック。

 長い髪は適当にひとつ結びにされ、ところどころ寝癖のようにはねていた。


 そして彼女は、俺たちの存在など眼中にないかのように、頬を紅潮させてダンジョンコアを見上げている。


「ここが、討伐軍まで撃退したダンジョンなんですねー! なんて素晴らしい! 見てくださいこのコアの輝度! 通常の新興ダンジョンの三倍……いえ五倍はあります! 隔壁の魔力圧もすごい……、外から計測した時は計器の故障かと思いましたよ! ああっ、コアの脈動周期が短いんですねっ! 短いということは構築命令の処理速度が……はわわわ、メモを、メモを取らないと……!」


 女性は鞄から羽根ペンと手帳を引っ張り出し、ものすごい速度で何かを書き殴り始めた。


「…………」


 俺たちは、誰一人として動けなかった。

 敵、なのか?

 いや、それ以前に。


「……どっから入った!?」


 俺の叫びに、女性はようやくこちらを向いた。

 丸眼鏡の奥の瞳が、俺を捉える。

 その瞳が、コアを見ていた時の倍くらいに、カッと見開かれた。


「人間……? ダンジョンの最奥に、魔物に囲まれて立っている、人間……? 魔物たちの陣形は明らかにあなたを守っている……その手に持っている魔導具……ま、ま、ま、まさか」


 女性の手から、羽根ペンがぽとりと落ちた。


「ダンジョンマスター……実在、したんですね……」


 彼女はふらりと一歩、俺に近づいた。

 鬼一が喰血を構え直すが、女性はまるで意に介さない。

 いや、見えてすらいないのかもしれない。

 その瞳には、もう俺しか映っていないようだった。


「本物の……本物のダンジョンマスター様ですか!?」


「へっ!? あー、まぁ、そうですけど……」


「サインください!」


「は?」


「サ・イ・ンです! 是非ここに! あ、インクがなければ血判でもいいですよ! むしろダンジョンマスター様の血液サンプルが採れるなら血判の方が……」


「いやいやいや!」


 ずいっと突き出された手帳を、俺は反射的にのけぞって避けた。

 いったい誰なんだこの人は!?


「ええと……あんた、何者だ?」


 俺がどうにか絞り出した問いに、女性は「はっ」と我に返り、ローブの胸元から銀色のプレートを取り出した。


「大変失礼しました、自己紹介がまだでしたね。わたし、こういう者です」


「ああ、どうも……」


 彼女は、まるで名刺を差し出すかのように、丁寧にそのプレートをこちらに向ける。

 差し出されたプレートには、流麗な文字でこう刻まれていた。


『王都冒険者ギルド本部 迷宮調査室 室長

 リシェル・ノートン』


「ギルド本部の……室長……!?」


 ギルド本部。

 つい数時間前まで、俺たちを殺すために討伐軍を送り込んできた組織の幹部。


 その肩書きの意味が脳に刻み込まれた瞬間、その場の空気が一気に張り詰めた。

 鬼一の闘気が一気に膨れ上がり、カーミラの瞳が剣呑な赤に染まる。


 だが、当の本人は、殺気の濁流の中でニコニコと笑っていた。


「あ、そんなに警戒なさらないでください。今日のわたしは完全にプライベート……ではないですけど、九割プライベートですので! 残りの一割は、れっきとした調査任務ですが、まあそれは置いておくとして!」


「それが一番大事なんじゃ……」


「そんなことより! ダンジョンマスター様!」


 リシェルは俺の突っ込みを華麗にスルーし、眼鏡をくいっと押し上げた。

 レンズの奥の瞳が、爛々と輝いている。


「このダンジョンのこと、たくさん聞かせていただけませんか? 階層構築の理論、魔物の配置の思惑、あの見事な蟻の監視網の運用方法……ああ、知りたいことが多すぎて、頭が爆発しそうです!」


「いや、こっちが聞きたいことだらけだよ!」


 俺は頭を抱えた。


 謎の侵入者は、敵ではなかった。

 だが、味方とも言い難い。

 ただ一つ確かなのは――とんでもなく面倒くさい奴が来た、ということだった。


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