第106話 情報整理
第三階層の最奥、ダンジョンコアのある部屋。
淡い光を放つコアを囲むように、俺たちは円形に座っていた。
鬼人将軍、鬼一。
深淵の騎士、アビス。
蒼い髪の歌姫、レイ。
真紅の女王蟻、カーミラ。
白黒の羊魔、バフォメット。
そして、虎獣人のガルム、狼獣人のミロ、ダークエルフのネム。
ついさっきまで「侵入者」として殺すよう命じられていた三人も、当然のように輪の中にいる。
「まず、確認したいことがある」
俺は魔物たちを見回した。
「お前たちの中で、『他のダンジョンマスター』について何か知ってる奴はいるか? 召喚される前の記憶でも、噂レベルでもいい」
魔物たちは、互いに顔を見合わせた。
最初に答えたのは、アビスだった。
『申し訳ありません、主よ。前にも申しましたが、我らは召喚された存在。この世界に呼ばれた瞬間から記憶が始まっております。外の世界の事情はおろか、他のダンジョンの存在も、知り得ませぬ』
「我も同じくにございます」
鬼一が低く言い、レイとバフォメットも揃って首を横に振る。
「あたしも知らなーい。生まれた時からマスターとの記憶しかないし」
「わ、私に聞かれても困りますぅ……。生まれて、ちょっとしか経ってないですし……」
そうか、バフォメットはまだ生後数日なのか。
あの、精霊女王を片手でひねった魔物が生後数日……。
改めて考えると、とんでもない話である。
「カーミラはどうだ?」
「わらわもダンジョン生まれのダンジョン育ちじゃ。……じゃが」
カーミラは細い指を顎に添え、何かを思い出すように目を細めた。
「女王蟻の本能、とでも言うのかの。時折、感じるのじゃ。この大地の下を、何か巨大な『流れ』が走っておることをな。蟻は大地の声に敏い。……このダンジョン以外にも、地脈には『同じ匂いのする澱み』が、点々と存在している気がするのじゃ」
「同じ匂いの、澱み……」
「それがダンジョン、というやつかもしれぬの。確証はないがな」
大地の下に点在する、ダンジョンらしき澱み。
つまり、この世界には俺の知らないダンジョンが、かなりの数あるということだ。
「なら次だ。――ガルム、ミロ、ネム」
俺は三人に向き直った。
「お前たちは外の世界で生きてきた。『ダンジョン』について、世間で知られてることを教えてほしい。どんな些細なことでもいい」
「ああ、そうだな」
ガルムが太い腕を組み、記憶を辿るように目を閉じた。
「俺たちが知るダンジョンとは、『魔物の湧く穴』だ。放っておけば魔物が溢れ、周辺の村や街道を襲う。だから冒険者ギルドが討伐依頼を出し、冒険者が潰す。……それが世の常識だな」
「ダンジョンマスター、なんて存在は俺も初耳だったぜ」
ミロが尻尾を揺らしながら続ける。
「ダンジョンってのは『自然に湧くモン』だと思ってた。誰かが管理してるなんて、おとぎ話にもなかったはずだぜ」
「ふむ……そういえば」
不意に、ガルムが目を開けた。
「確か……セラドが言っていた。最近、新しいダンジョンの発見報告が多い、と」
「新しいダンジョン?」
「ああ。あの男は王都の社交界にも顔が利いた。ギルド本部の人間と酒を飲みながら話しているのを、給仕をさせられていた俺は何度か聞いている。『ここ一、二年で、各地の支部から新しいダンジョンの報告が急増している。妙な話だ』とな」
ここ一、二年。
俺がこの世界に来たのは一ヶ月ほど前だが……他のマスターたちは、もっと前から「始まって」いたのかもしれない。
「けどよ、兄貴」
ミロが眉を寄せた。
「新しいダンジョンなんて、普通は冒険者がさっさと潰してるはずだぜ? 生まれたてのダンジョンに湧くのは、スライムとかゴブリンとか、Eランクの雑魚ばっかだ。駆け出しの小遣い稼ぎにちょうどいいって、依頼の取り合いになるくらいなんだから」
……ちょっと待て。
俺のダンジョンも一ヶ月前まで、その「駆け出しの小遣い稼ぎ」だったのか。
実際、最初に攻めてきたのはEランクの三人組だった。
あの時のことを思い出すと、今でも胃がキリキリする。
「ミロの言う通りです……」
ネムが、遠慮がちに口を開いた。
「新しいダンジョンは、生まれてすぐに潰されます……。でも、このダンジョンのように、迷宮再構築が起きているなら……もっと大きな噂になっているはずです……」
「迷宮再構築?」
聞き慣れない言葉に、俺は聞き返した。
「……はい。ダンジョンが、短期間で急激に階層や魔物を増やす現象のことです。通常のダンジョンであれば、何十年かに一度、観測されることがあります。このダンジョンも、たった一ヶ月で三階層、しかも強力な魔物ばかりになりました。外から見れば、典型的なダンジョン・シフトです。それも、新しいダンジョンで起こるのは異常事態。だから、討伐軍まで組まれたんだと思います……」
なるほど。
俺が端末でポチポチやってる増築作業も、外から見れば「謎の自然現象」扱いというわけだ。
「整理するぞ」
俺は転がっていた小石を拾い、地面に簡単な”まとめ”を書き始めた。
会議には板書。
社会人の名残である。
「一つ。世間的に、ダンジョンマスターの存在は知られていない。
二つ。ここ一、二年で新規ダンジョンの報告が急増している。
三つ。その大半は、生まれてすぐ冒険者に潰されている。
四つ。急成長するダンジョンもあるが、その兆候があれば冒険者に目を付けられる」
書きながら、嫌な想像が頭をもたげてくる。
「……つまり、だ。『潰された新規ダンジョン』の中には、俺と同じようなマスターがいたのかもしれない。最初の魔物すら満足に召喚できないまま、駆け出し冒険者に踏み潰された奴らが」
俺だって紙一重だった。
最初に襲撃してきた三人組に勝てたのは、スウとゴブリンたちの命を賭けた働きと、ほとんど運のおかげだ。
「そして今回の相手は、その淘汰を生き延びた奴だ。火山迷宮も、風葬谷も、少なくとも俺と同じだけの修羅場をくぐってきてる」
「……ボンド殿」
ガルムが、低い声で言った。
「すまない。俺たちが知っているのは、所詮この程度だ。風葬谷という名は聞いたことがある気がするが、東の大陸の話で、詳しくは分からん」
「いや、十分助かった。問題は……」
俺は岩肌の図を見つめ、唸った。
「俺には、この世界の情報が圧倒的に足りないってことだ。敵の情報がどころか、地理も、ダンジョンについても、冒険者ギルドの動きも。何もわからない状態だ」
今はただ情報が欲しい。
どうにかして、情報を手に入れる術はないか。
そう思っていた、その矢先。
ピィィィィン! ピィィィィン!
端末が、けたたましい警告音を上げる。
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【警告】
ダンジョンに侵入者を確認しました。
侵入者:1名
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「……は?」
俺は画面を二度見した。
侵入者だって!?




