第105話 敗北者の選別
血のように赤い文字が、端末の画面いっぱいに広がっていく。
俺は息をするのも忘れて、浮かび上がる文字列を見つめていた。
心臓の音が、自分でもうるさいくらいに高鳴っているのがわかる。
来るなら来い――そう啖呵を切ったのは、ほんの数秒前だ。
だが、いざ「それ」が来るとなると、膝が笑いそうになるのを必死で堪えるしかなかった。
所詮、しがないサラリーマンだった男だ。
啖呵の賞味期限なんて、せいぜい十秒が限界である。
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【ペナルティ:敗北者の選別】
ダンジョン討伐軍の全滅に失敗したダンジョンマスター、ボンド。
君には失望した。
しかし、一度の失敗で見捨てるほど、私は薄情ではない。
君に、次なる試練を与える。
この世界には、君以外にもダンジョンマスターが存在している。
その者たちと、生き残りを賭けて戦ってもらう。
君と同じく、与えられたストーリーを成し遂げられず、失敗したマスターとだ。
勝った方が生き残り、負けた方は死ぬ。
さあ、私に可能性を見せてくれ。
【選択肢】
1.火山迷宮へ挑む
2.風葬谷へ挑む
【ミッションルール】
・挑む側は『侵攻側』、挑まれた側は『防衛側』となる。
・準備期間終了後、両ダンジョンは転移陣により接続される。
・勝利条件:敵ダンジョンコアの破壊、または敵ダンジョンマスターの戦闘不能。
・敗北条件:自軍の全滅、またはダンジョンマスター自身の戦闘不能。
・転送が許可されるのは、ダンジョンマスターと、その配下の魔物のみ。
制限時間:6日23時間59分
※制限時間内に選択が行われない場合、ペナルティミッションは「放棄」と見なされ、ダンジョンマスター『ボンド』は抹消されます
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「…………は?」
間の抜けた声が、静まり返った第三階層に響いた。
俺は画面を、二度、三度と読み返す。
読み返すたびに、書いてある内容の異常さに気づく。
「なんだこれ……? 俺以外にも、ダンジョンマスターがいるだって……?」
乾いた声が漏れた。
考えたことが、なかったわけじゃない。
俺がこんな目に遭っているのだから、世界のどこかに同じような貧乏くじを引いた誰かがいてもおかしくない――そう、頭の片隅で思ったことはある。
だが、それはあくまで想像の話だ。
しかも。
「『勝った方が生き残り、負けた方は死ぬ』……」
画面の文字を、声に出して読み上げる。
自分の声が、他人のもののように遠く聞こえた。
殺し合いだ。
ダンジョンマスター同士での殺し合いをしろと書いてある。
俺は今まで、襲い掛かってきた敵を倒すだけであった。
自分から人間を殺そうとは思っていなかった。
だが、今回は、俺が他のダンジョンマスターを殺しに行かなければならない?
「ふむ……」
俺の手元を覗き込んでいたカーミラが、真紅の瞳を細めた。
「『君には失望した』……『私は薄情ではない』、か。クク、ずいぶんと"《《人間くさい》》"文章を書くシステムじゃの」
「……ああ。同じことを思ってた」
そうなのだ。
今までのストーリー文面にも、妙に芝居がかった言い回しはあった。
だが、今回のこれは一線を越えている。
失望した。
薄情ではない。
可能性を見せてくれ。
まるで画面の向こうに、感情を持った「誰か」がいて、俺の行為に苛立ちながらペンを走らせているような、そんな生々しさが感じられる。
ゾワリ、と首筋の産毛が逆立つ。
このシステムの向こうには、何かがいる。
システムなんて無機質な言葉では片付けられない、何かが。
「御屋形様」
鬼一が静かに片膝をついたまま、口を開いた。
「その文面、我にはひとつ、解せぬことがございます」
「……言ってみてくれ」
「『君と同じく、ストーリーを成し遂げられず、失敗したマスターとだ』――とあります。つまり、この世界のどこかで、我らと同じように何かを選び、何かに失敗した者がいる、ということ」
鬼一は黒い瞳を、すっと細めた。
「その者も、誰かを助けて失敗したのか、それとも……単純に、力及ばず負けたのか。それは分かりませぬ。なれど――」
言葉の端端から、鬼一の静かな怒りが感じられる。
「『失敗した者同士を殺し合わせ、選別する』。この仕組みを作った者は、命を駒としか見ておりますまい」
駒、か。
その言葉が、やけに耳に残った。
「ひ、ひぃぃ……マスターぁ……」
俺の背中の陰から、バフォメットがおずおずと顔を半分だけ出す。
「これ……断ったら、どうなるんですかぁ……? 『どっちも選びません』って言ったら、優しいシステムさんが『じゃあ仕方ないですね』って許してくれたり……」
「するわけないじゃん」
レイが即答した。
「ひぎぃっ! ですよねぇぇ……!」
「マスター、選択肢の下、見て」
レイが俺の手元を指差す。
彼女の言う通り、選択肢の下には小さな注意書きがあった。
『※制限時間内に選択が行われない場合、ペナルティミッションは「放棄」と見なされ、ダンジョンマスター『ボンド』は抹消されます』
「抹消……」
抹消が何を意味するのか、ご丁寧な説明はどこにもない。
ないが、まあ、ろくなことでないのは確かだろう。
俺という存在ごと消されるのか、ダンジョンが崩壊するのか。
どちらにせよ、「選ばない」という選択肢は最初から潰されている。
「……はは。本当に、容赦がねぇな」
俺は乾いた笑いをこぼして、天井を仰いだ。
ついさっき、俺はこのシステムに反逆した。
ネムたちを殺せという命令を、真っ向から蹴飛ばした。
その代償がこれだ。
次は俺と同じ境遇の、顔も知らない誰かと殺し合え、と来た。
ふざけるな、と叫びたい。
だが、叫んだところで画面の文字は消えない。
それは、この一ヶ月で嫌というほど学ばされたことだった。
「ボンドさん……」
ネムが、不安そうにこちらを見上げている。
その隣でミロが、ガルムが、息を呑んで俺の言葉を待っていた。
助けたばかりの三人に、こんな顔をさせるために反逆したわけじゃない。
俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「……よし。状況を整理するぞ」
俺は端末を握り直し、皆を見回した。
「負けたら死ぬっていうなら、勝てばいい。そのために、まずは情報だ」
俺の声に、仲間たちが頷く。
制限時間は、約一週間。
敗北者の選別とやらが始まるまでの、それが俺たちに残された全てだった。
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