第104話 カウントダウン
その沈黙を最初に破ったのは、鬼一だった。
「御屋形様の御心のままに」
彼は片膝をつき、深く頭を垂れる。
「我が刃は、御屋形様の敵を斬るためにございます。御屋形様が守ると決めた者を斬ることはありませぬ」
『鬼一殿の言う通りですな』
アビスの念話が重なる。
『主の選択こそ、我らが守るべき道。たとえその先が試練であろうと、我らはどこまでも付き従います』
「もぉー、マスターってば、深く考えすぎじゃない?」
レイが、明るい声でケラケラと笑い出す。
「せっかく助けた、ネムちゃんたちを殺すわけないじゃん。それに、マスターは何があっても、私たちが守ってあげるし♪」
レイはそう言って、ウィンクを決める。
「ふん」
カーミラは腕を組み、偉そうに顎を上げた。
「実に愚かな選択じゃな……。戦場で情に流される王など、普通であれば真っ先に死ぬ」
その言いように、俺は「悪かったな」と少し不貞腐れたように呟く。
「……じゃが」
カーミラは、にやりと笑い、その赤い瞳を怪しく輝かせる。
「クク……その選択は嫌いではないぞ。わらわの主が、つまらぬ計算だけで動く男ならば、少々退屈であったからの」
「ひ、ひぃぃぃん! 皆さん、なんでそんなにポジティブなんですかぁ!?」
バフォメットが、大粒の涙を流しながら叫ぶ。
「し、失敗ペナルティって絶対怖いやつですぅ……!」
バフォメットは頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
「きっと、体が爆発して粉々になったり、暗闇に一生閉じ込められたり……。私だけ、マスターに嫌われたりするんですぅぅ……!」
「最後のはないから安心しろ」
「ほ、本当ですかぁ……?」
「ああ」
俺は苦笑して、それから三人へ向き直る。
ガルムは、何かを堪えるように目を伏せていた。
「本当にいいのか?」
ガルムが低い声で言う。
「俺たちを殺せば解決するのだろう?」
「そうだよ!」
ミロが叫ぶように言った。
「ボンド! 俺たちは死ぬ覚悟くらいはできてる。あんたが俺たちを殺したって、恨まねぇよ。だから……」
「黙れ!」
自分でも驚くくらい、強い声が出た。
ミロがびくりと肩を跳ねさせる。
「俺は、お前らを殺してまでクリアしたいとは思わない」
俺は三人を見た。
それから、俺の周りにいる魔物たちを見た。
最初は自分が生き延びるために戦ってきた。
でも、今は違う。
それだけじゃない。
「この選択で何が起きても、俺は後悔しない……。もう、こんな腐ったシステムに従ってたまるかよ!」
それは、誰かに向けた言葉ではなかった。
自分自身に向けた、叱咤激励だ。
端末に表示されたカウントが無情にも進んでいく。
0日0時間03分。
0日0時間02分。
0日0時間01分。
やがて、端末に表示されるカウントダウンが、最期の瞬間を刻み始める。
鬼一は静かに目を閉じ、アビスは槍を地につけた。
レイは俺の横に並び、カーミラはふんと鼻を鳴らす。
【警告:ミッション制限時間残り、10秒】
【9】
【8】
【7】
バフォメットは「こ、怖いですぅ……でも、逃げません……たぶん……」と震えながら、俺の背中に隠れた。
俺は端末を強く握りしめ、前方を睨みつける。
【3】
【2】
【1】
ネムが、消え入りそうな声で言った。
「ボンドさん……ありがとう……ございます……」
【0】
【制限時間終了。クリア条件未達成を確認】
端末からアナウンスが流れ、画面に文字が表示される。
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【ストーリー失敗】
ミッション:ダンジョン討伐軍の全滅
制限時間:0日0時間00分
結果:失敗
ダンジョンマスター『ボンド』にペナルティが課せられます。
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「……来るなら来い」
俺は震える手で端末を握りしめた。
怖くないわけじゃない。
むしろ、怖くてたまらない。
それでも。
俺は、三人を殺さないことを選択した。
この選択だけは、絶対に間違いじゃないと信じている。
端末の画面が一度、完全な黒に沈む。
そして次の瞬間。
新しい文字列が、血のように赤い光で浮かび上がるのだった。
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