第103話 反逆
俺たちは、第一階層の森林エリアへと全速力で駆け戻っていく。
息を切らしながら、薄暗い森を抜け、嘆きの森へと繋がるダンジョンの『入口』へと到達する。
外の光が見えた。
薄暗い森の向こうに、夕暮れの空が覗いている。
ここが外界との境界線。
一歩跨げば、外の世界だ。
「行くぞ」
ガルムが先に出た。
続いてミロ。
最後に、ネムが少しふらつきながら外へ足を踏み出す。
三人は確かに、ダンジョンの外へ出た。
俺は、固唾を飲んで端末の画面を見つめる。
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【警告:制限時間残り、17分15秒】
条件未達成:速やかに侵入者を戦闘不能にしてください
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画面の表示は、変わらなかった。
「……嘘だろ」
祈りは通じなかった。
三人は更にダンジョンから距離を取ってみる。
それでも。
画面の表示は一切変わらなかった。
「なんでだよ! 外に出たんだぞ! 『侵入者』じゃ無くなるはずだろ!?」
ミロがダンジョンの入り口に向かって叫ぶ。
しかし、その問いの答えが返ってくることはない。
ネムが心配そうに、こちらを見つめる。
「失敗したら……どうなるんですか?」
俺は答えをためらった。
ミッションに失敗したら、何が起こるのか。
正直わからない。
しかし、考えられる末路はいくつか浮かぶ。
その時、代わりに口をはさんだのは、カーミラであった。
「クク、そうじゃな。ダンジョンマスターの『死』、あるいはこのダンジョンの消滅かもしれんの」
カーミラが唇を歪めて、他人事のように笑う。
「ひぃぃぃっ! 私、ミッションの失敗ペナルティで死んじゃうんですかぁぁ!?」
その横で、バフォメットが情けない声を上げてガタガタと震え出す。
「なに、まだ決まったことじゃないさ」
俺はバフォメットに諭すように言う。
それは、自分に言い聞かせるためでもあった。
「絶対そうですよぉ! それにペナルティで死ぬなんて、絶対にロクな死に方じゃないですぅ! マスター、どうにかしてくださいぃ!」
「はいはい。バーちゃんはこっちで大人しくしてましょうねー」
取り乱すバフォメットを、レイがダンジョンの奥へ連れていく。
少しだけ辺りにに静寂が戻った。
「……はは、なるほどな。そう簡単な話じゃねぇか」
ミロの瞳には、せっかく掴みかけた『自由』への期待と、それを一瞬で奪い去った理不尽への怒りが混ざり合っているようだった。
「……結局、俺たちが死ななきゃ、終わらねぇってことかよ」
拳を握りしめ、爪が肉に食い込んで血が滲んでいる。
「わ、私たちのせいで……せっかく助けてくれた、ボンドさんが……」
ネムが、胸元を握りしめる。
かつて首輪があった場所だ。
もう何もないはずのそこを、彼女は痛みに耐えるように押さえていた。
ネムの紫紺の瞳から、大粒の涙が溢れ出し、腐葉土の地面へと吸い込まれていく。
「私たちを助けたから……こんなことに……」
「違う!」
俺は即答した。
自分でも驚くほど、強い声が出た。
「お前たちを助けるって決めたのは、この俺だ!」
ネムが、驚いたように俺を見る。
「でも……」
「でもじゃない」
「クリア条件がどうとか、そんなことは関係ない。俺が、自分の意志で『お前たちを助ける』と決めたんだ。それを、システムごときに覆されてたまるかよ」
そう言ってから、胸の奥に熱が灯った。
それは怒りだった。
このふざけたシステムへの怒り。
選択を強制し、助けた相手を殺せと平然と命じてくる、どこかの誰かへの怒りだ。
「戻るぞ」
俺は三人に背を向け、ダンジョンに向かって歩き出した。
第三階層まで戻ると、俺は改めて全員の前で話す。
赤銅色の巨躯を持つ鬼一。
青黒い装甲に身を包むアビス。
美しい翼を持つレイ。
カーミラは面白そうに目を細め、バフォメットはいまだにおそるおそる、主の言葉を待っている。
俺は集まった魔物たち、そして呆然と立ち尽くすネムたち三人を真っ直ぐに見据えた。
「状況は説明した通りだ。あと数分で制限時間がゼロになる。そうなれば、何らかのペナルティが発生すると考えられる」
その言葉に、バフォメットが「ひぃッ」と短い悲鳴を漏らすが、他の魔物たちは微動だにしない。
「もしかしたら、俺が死ぬかもしれないし、このダンジョン自体が消滅するかもしれない……」
ネムたちに目をやる。
ネムとミロは不安そうな目をしている。
ガルムは意思を固めたような表情をしていた。
「俺が、ガルム、ミロ、ネムを殺せば、ミッションはクリアとなり、全員が助かるだろう。……だが」
そこで一拍置き、洞窟全体に響き渡る声で、明確に宣言した。
「俺は、こいつらを殺してまでクリアしたいとは思わない」
その言葉は、この不条理なシステムに対する、明確な『反逆』だった。
「この選択で何が起きても、俺は後悔しない。……お前たちには、俺のわがままで、最悪の結末を付き合わせることになるかもしれない。本当に申し訳ない」
話し終えた瞬間、沈黙が落ちた。




