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魔物合成で世界に抗う反逆譚~HP10の凡人おじさん、ダンジョンマスターになる~  作者: 藍之介
第四章

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第109話 ダンジョン学講座

「では、始めましょうか。リシェル・ノートンの迷宮ダンジョン学講座、開講です!」


 ダンジョンの壁に、リシェルが持参していた白いチョークで板書していくようだ。

 どこから突っ込めばいいのか分からないが、とりあえず聞く態勢に入る。

 ネムたち三人と魔物たちも、なんとなく列になって座った。

 急造の青空教室……いや、洞窟教室である。


「最初に言っておきますが、私はダンジョン以外のことには興味がありません。王国の政治とか、貴族の派閥とか、流行りの服とか、聞かれても困ります。なんなら、自分の誕生日も覚えていません」


「じ、自分の誕生日……?」


「ですが、ダンジョンのことなら……」


 リシェルは眼鏡をくいっと押し上げ、にやりと笑った。


「この大陸中の記録文書、ざっと千年分ですが。全て! この頭の中に入っています」


 千年分……だって?

 だが、この人の様子を見ていると、冗談に聞こえないのが恐ろしい。


「それでは、まず基本から。現在、大陸内で活動が確認されているダンジョンは大小合わせて百十七。このうち約八割は『枯れた』ダンジョン――原因は不明ですが、コアの活動が弱まった影響で、湧く魔物も比較的弱く、実質的に低級冒険者の稼ぎ場と化したものです」


 チョークが走り、壁に簡単な大陸図が描かれていく。


「残りの二割が『生きた』ダンジョン。ダンジョンコアの討伐が必要な、現役の脅威です。そして、ここからが本題ですが――」


 リシェルは大陸図のあちこちに、バツ印を打ち始めた。


「ここ一、二年で、新興ダンジョンの発見報告が急増しています。わたしが集計した限り、確認されただけで三十九件。過去百年の平均は年に二、三件ですから、明らかな異常値です」


「三十九……!」


 ガルムから聞いた話は本当だったようだ。

 しかも、《《確認された》》だけで、その数か。


「そのほとんどは、発見から数週間以内に冒険者によって踏破・破壊されています。コアを砕けばダンジョンは死にますから。……ですが、三十九件のうち三件だけは、明らかに他のダンジョンと違いました」


 リシェルは、三つのバツ印を丸で囲った。


「新興ダンジョンであるはずなのに、階層が深く、出現する魔物も強力であったと報告されています……。つまり、迷宮再構築ダンジョン・シフトが起こった確率が高いと考えられます。一つは三ヶ月前、辺境の鉱山で。一つは二ヶ月前、南の湿地で。どちらも、ギルドから高ランクパーティが派遣され、ダンジョンコアが破壊されました」


 心臓が、嫌な音を立てた。

 破壊された。

 つまり、その向こうにいたかもしれない「誰か」も……。


「そして最後のダンジョンですが。……ここ。【嘆きの森】のダンジョン。つまり、あなたのダンジョンです」


 リシェルの指が、最後の丸を指した。


「リシェルさん。ちなみに、『風葬谷シルフィード・ヴェイル』ってダンジョンを知ってるか」


風葬谷シルフィード・ヴェイルですか!」


 リシェルの声が、一段高くなった。


「知ってるも何も、東の大陸の超有名ダンジョンですよ! わたしの推し迷宮ランキング第七位です!」


「推し迷宮ランキング……?」


「東の大陸の霊峰の谷間に口を開けた、古参中の古参のダンジョンですよ! 最古の記録は四百年前に遡ります。風の魔物の巣窟で、谷全体に常に暴風が吹き荒れているため、『風に葬られる谷』――風葬谷と呼ばれています。攻略隊は数えきれないほど挑みましたが、いまだ最深部に到達した者はいません」


 俺のダンジョンの、百倍以上の歴史があるのか。


「最近の動きで言うと……ああ、そうそう。半年ほど前、Aランクパーティ『星屑の煌き(ステラ・レーヴェ)』が大規模攻略を仕掛けて、十六階層まで到達したそうです。過去最深記録ですね。ですが、そこで『谷が哭いた』と」


「谷が哭いた?」


「はい。生還者の証言です。十六階層に踏み込んだ瞬間、谷全体の風が一斉に牙を剥いた、と報告しています。三十人の精鋭のうち、生きて帰ったのは六人。Aランク冒険者が、です」


 ごくり、と誰かが唾を呑む音がした。

 多分、岩陰のバフォメットだ。


「古いダンジョンほど階層が多く、魔物は強い。これはダンジョンの大原則です。四百年生きたダンジョンというのは、もはや一個の生態系であり、要塞であり――」


 リシェルはそこで言葉を切り、ふと真顔になって俺を見た。


「……そういえば、一つ、聞いてもいいですか? なぜ、風葬谷の名前を知っているのでしょう? あそこは東の大陸です。この国からは、船旅でもたっぷり三ヶ月はかかりますよ」


 俺は、少し迷った。

 だが、隠したところで仕方がない。

 俺は端末の画面を、リシェルに見えるように差し出した。


「……これが、理由だ」


 リシェルは画面を覗き込んだ。

 文字を追う彼女の目が、みるみる見開かれていく。


「他のダンジョンマスターとの……生存を賭けた、戦い……?」


 彼女の手から、チョークがぽとりと落ちる。


「な、な、なんですかこの、迷宮学の常識を破壊する情報の塊は……! この文面から察するに、ダンジョンの背後には管理者が存在する? それに、マスター同士を戦わせる? ……ということは、近年の新興ダンジョン急増も意図的で……はわ、はわわわわ」


「お、おい、大丈夫か」


「だ、大丈夫じゃないです、興奮しすぎて鼻血が出そうです……! ですが、それより!」


 リシェルはガッと俺の肩を掴んだ。

 眼鏡の奥の目が、限界まで見開かれている。


火山迷宮イグニス・クレイドル! このダンジョンは、私も知りません! 完全な未知! 未発見! 処女迷宮! わたしの知らない火山ダンジョン……? ものすごく見たいです!!」


「遊びに行くんじゃないんですけど!?」


 とはいえ。

 リシェルのこの反応こそが、何よりの情報だった。

 火山迷宮イグニス・クレイドルは、まだ発見されていないダンジョンだということ。


 俺はどちらを選ぶべきか、ようやく見え始めていた。


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