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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
二人の未来

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告白

 ウィン、ベルウェン、ディランソル、そして一〇人の騎兵は東に向かって馬を走らせていた。目的地まで二日ほどの道のりだ。

 そして、目的地に着いた。


 ――スソンリエト城。


 ウィンたちはスソンリエト伯の執務室にあっさりと通された。スソンリエト伯はほほ笑みながら一同を迎えた。


「あなたは確か、監察使のディランソル卿、でしたか?」

「申し訳ありません。私は監察使などではありません。あなたを騙しました」

「なるほど、お互い様ですな。では監察使はセレイス卿(ウィン)だけということだ」


 スソンリエト伯はそう言ってウィンを見た。ウィンはまだ名乗っていなかったのだが。


「セレイス卿がここに居るということは、私は失敗したのかな?」

「その通りです。今頃、スソンリエト伯軍はニレロティス卿が押さえているはずです」

「……」

「伯爵、カーリルン公領への軍事介入をお認めになりますか?」

「認めよう。カーンティーエに向かったのは、メンエロント軍に偽装したスソンリエト伯軍だ」


 断片的に見え隠れしていたスソンリエト伯は、アルリフィーアを何としても引きずり下ろそうとする狂気を感じさせた。だが、実際のスソンリエト伯は理知的で、落ち着いていた。

 これが本来のスソンリエト伯なのか。それとも諦観によって変わったのか。ただの虚勢か。


 ディランソルはスソンリエト伯の左手の親指を凝視していた。今のところ、ぴくりとも動かない。


「私は、アルリフィーア殿に不満があった訳ではない。自分がカーリルン公になれないことに納得できなかったのだ」

「分からねぇな。伯爵様だって十分立派なもんだろう。そんなに公爵になりたかったのかい」


 ベルウェンの素朴な疑問に、スソンリエト伯は苦笑した。


 ――そう、端から見ればくだらないことなのだ。自覚はしていた。それでも納得できなかったのだ。


「そうだな……公爵の地位にも、実は興味がない。馬鹿馬鹿しいと思われるだろうが。ただ、自分の本来の権利が侵害されたと感じた。感じてしまったのだ。その思いを抑えることができなかった」

「本来の権利、とは?」

「私の父、つまり先代のスソンリエト伯ファウロントは、カーリルン公ラエウロント三世の弟ということになっている。だが、本当はラエウロント三世の兄なのだ」

「どういうことでしょう」

「ファウロントは、ラエウロント二世が側女(そばめ)に生ませた子だ。その側女は、側室としても扱われることのない、ただの『お手つき』というやつだ。その後、正室がラエウロント三世を生んだ。庶子のファウロントは弟ということにされ、ラエウロント三世が嫡子として扱われた。『ラエウロント』ではなく『ファウロント』と名付けられたことでも扱いのほどが知れるというものだ」


ラエウロント二世

  ├──(庶子)ファウロント──ブレロント(スソンリエト伯)

  ├──ラエウロント三世──アルリフィーア

  └──サルダヴィア卿ベルロント(宿老)


「庶子がどういう扱いを受けるか、それは理解している。頭では理解しているのだ。だが納得できなかった。父は先に生まれた。正室が子を産まなければカーリルン公を継承することもできたはずだ。であれば次は私がカーリルン公だ。そういう可能性もあったのだ」

「そのお話は理解できます。しかし現カーリルン公に非があるわけではありません」

「セレイス卿の言う通りだ。彼女に非はないし、恨みはない。だが、彼女はラエウロント三世の子として生まれたというだけでカーリルン公になった。しかも、本来なら公位を継げないはずの女であるにもかかわらず、勅許まで得てな。そう思うと、なぜ彼女に無理に継承させるのか、長子である父と私ではなぜ駄目なのか、という思いを捨てられなかった」

「婚姻によって、合法的にカーリルン公家に入り込むことも考えた。まあ結婚しても手に入るのは公位ではなく夫君の地位だが。しかし結婚も拒絶されてしまった。私の奥にある怒りや妬みといった薄汚いものを見透かされたのかもしれぬ」


 アルリフィーアは「いやらしい目」と感じたようだが、実際はそんな単純なものではなかったようだ。聞いてみないと分からないものだ。


「セレイス卿。君なら私の気持ちを理解してくれるのではないか?」

「もちろん、同情できる点は多々あります。しかし……」

「一般論の話ではない。私はな、君に一度だけ会ったことがあるのだ。五年ほど前か。ラエウロント三世の供として皇帝宮殿を訪れたときだった」


 ウィンがラエウロント三世に声をかけられたとき……確か、その後ろに青年貴族が控えていた。


「あの後、君のことをラエウロント三世から聞いた。監察使になったということも知っていた。まさかこのような形で再会するとは思っていなかったがな」

「……それでも、あなたは伯爵の地位で納得すべきだった。納得する以外の道はなかった。私にはそう申し上げることしかできません。今回、あなたの策に振り回されっぱなしでした。これだけの才があるなら、カーリルン公位にこだわらなくても公爵位を手に入れることができたのでは?」

「新たに公爵位を手に入れろと? これはまた気宇壮大だな」


 スソンリエト伯は声を上げて笑った。心の澱を吐き出すかのように、笑った。


「カルロンジ宮内伯との関係は?」

「私が各種文書を帝国に提出していたとき、向こうから接触してきた。宮内伯は私を利用していたつもりのようだったが、私は彼を利用しているつもりだった。まあそんな関係だ」

「まあ想像はつきます」

「セレイス卿が宮内伯を気にするのは、ナルファスト公国の件があるからだろう?」


 ウィンの目つきが一瞬険しくなった。

 ベルウェンは、意外だとでも言うかのように左眉を上げた。それを見たディランソルは、ベルウェンが驚いている、と感じた。


「君には興味があったからな。まあいろいろ調べた。君が最近宮中で嗅ぎ回っていることについてもね」


 スソンリエト伯はフフッと笑った。


「カルロンジ宮内伯はナルファストの一件に絡んでいるよ。自分から自慢げにしゃべっていたからな。だが小物だ。黒幕は他にいる」


 ウィンはスソンリエト伯を睨んだ。

 聞いてもいないことをぺらぺらと垂れ流すのはどういう意図なのか。

 黒幕が本当にいるのか。ならば、カルロンジを追い詰めても意味がない。黒幕はカルロンジを切り捨てて、自分だけ生き残るだろう。だからといってカルロンジへの追及を手控えるのは、カルロンジを助けることになるのではないか。


 スソンリエト伯の真意はどこにあるのか。

 だが、自嘲するような笑みを浮かべるスソンリエト伯を追及してもこれ以上のことはしゃべらないだろう。


「メンエロントは生きているのですか?」

「彼ならこの城に居るよ。事が終わるまで、余計なことをしないようにしてもらっていただけだ」

「あなたの気持ちは分からなくはないが、大勢の人間が死んだ。帝国法にも背いている。その報いは受けてもらわなければならない」

「セレイス卿に従って帝都に行こう。それでよいか?」

「十分です。私にはあなたを処断する権限はありません」


 スソンリエト伯は一切抵抗しなかった。


 スソンリエト伯とメンエロントを拘束した一行は、メンエロント領を通って北上した。ガウェイトスが守っていたベントリアの様子を見ておくべきだと思ったのだ。


 ベントリアは、大きな損害を受けたものの市民生活は再開していた。

 ある程度は片付けたというが、街の内外にはまだ両軍の死体が転がっていた。

 ガウェイトスは、このロクに城壁もない街を四日も守り、スソンリエト伯軍を拘束していたという。

 最終的に、ガウェイトスの首と引き換えに公爵軍兵の安全を保障するという条件で開城したのだと市長は語った。


 ガウェイトスの遺体はベントリア市民によって既に埋葬されていた。


「一五〇〇の兵で四日も我が軍を止めていたのか……」


 スソンリエト伯はそうつぶやくと、姿勢を正してガウェイトスにしばし黙祷を捧げた。

 ベルウェンは何か言いたげな顔をしたが、何も言わなかった。


 そして、ウィン一行はカーンティーエに帰還した。


設定上、知謀に関してはスソンリエト伯はウィンをはるかに上回ります。実際、スソンリエト伯の策は全てウィンの一手二手先を行っており、ウィンだけでは敗北してアルリフィーアは死亡していました。

ウィンだけでは「勝てない」のです。

しかしウィンには、ベルウェン、ムトグラフ、ラゲルスらの独自判断で動く仲間がおり、命と引き換えにスソンリエト伯軍を足止めする将もいた。ウィンの強さは、彼らに支えられていたところにあると言えるでしょう。

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