レーネット出陣
「セレイス卿からの使い?」
その報がもたらされたのは、レーネットが出陣の準備をしているときだった。デルドリオンの周囲は、近隣領主の兵で満ちている。アルテヴァーク国境付近の領主たちには待機を命じているためナルファスト全軍とはいかないが、騎兵と歩兵合わせて約一万の兵が集結していた。
ウィンが派遣した使者は、ポルテンの森を単騎で突き抜けてきた。深い森とはいっても小道はある。大軍の行軍は無理でも少数なら通り抜けることは可能だ。森の外周の街道の、さらに外側から回り込もうとしているアルテヴァーク軍よりもはるかに早くデルドリオンに到達していた。
「アルテヴァーク軍は監察使軍が森の外側を通ってデルドリオンに向かうと予想し、その途中で攻撃する可能性大。ロンセーク伯は全力をもってアルテヴァーク軍を攻撃されたし。以上です」
ウィンの伝令の口上は簡潔明瞭だった。
「セレイス卿はいつ来るのか」
「セレイス卿は寄り道してから向かうので、『後はよろしく』と」
「なっ……!」
周囲の幕僚たちが一斉に色を失った。
「一万を超える大軍を前に『寄り道』だと? 挙げ句の果てに我々に丸投げとは、あの監察使は正気か!」
いきり立つ家臣たちをよそに、レーネットは「相変わらず遠慮のない男だ」と苦笑した。
スルデワヌトと会ったことはないが、隣国だけに噂だけはいろいろと入ってくる。非情な男だということだが、能力について悪い話は全く聞かない。無能の正反対であると考えた方がいいだろう。とすると戦力の逐次投入などしない。下手をすると全軍で向かってきている可能性がある。
レーネットは頭の中で地図と各陣営の配置を思い描いた。歩兵主体の監察使軍は恐らく最短経路でデルドリオンに向かう。騎兵のみのアルテヴァーク軍は、監察使軍がデルドリオンに到着する前に各個撃破することを狙うだろう。
レーネットは、監察使軍とアルテヴァーク軍の遭遇地点をデルドリオン南東一五~二〇キメル付近と予測した。だが、監察使軍はどこかで寄り道をするから「その地点にはいない」のだ。アルテヴァーク軍が、無駄のない、最適な作戦を採ると、あの監察使の戦理に合わない寄り道によって足をすくわれる。そして、デルドリオンにいるレーネットはアルテヴァーク軍よりも早くデルドリオン南東二〇キメル付近に到達できる。
戦機はそこにある。
レーネットは全軍に出陣を命じた。デルドリオン南東二〇キメルを先に取ったものが勝つだろう。




