嫌がらせ その1
監察使がプルヴェントを人質にしてスハロートに出頭を命じているという。監察使にしかできない芸当だ。
レーネットは、何度話し合いを呼びかけても全く返答しないスハロートに怒りを覚えつつある。かといって、レーネットが監察使と同じ手段を取ったら全面的な内戦状態に陥ることは火を見るよりも明らかだ。
だが相手が監察使となると迂闊に手を出せない。監察使軍との戦闘は皇帝軍やグライス軍による討伐に発展する恐れがある。ナルファスト公国が一枚岩のときであれば地の利を生かして討伐軍を苦しめることもできる。故に「公国を討伐する」などとは皇帝も安易に決められない。しかしレーネット派とスハロート派に分裂している状態ならば皇帝軍によって全土を制圧されるだろう。
そこまで考えて、レーネットはさらに恐ろしい筋書きに気付いた。皇帝はそれを狙っているのではないか。監察使を捨て駒にして、監察使が害されたことを大義名分としてナルファスト公国を潰そうとしているのではないか。枢機侯の「三つ目の席」をも手にしようとしているとしたら? こうなると、自分の役割は喜劇そのものだ。監察使を自陣営に引き込むどころか、監察使を守ってやらねばならないではないか。
レーネットは一息つくと、改めて監察使の行動の利点や危険を整理した。手段はいささか強引ではあるが、スハロートを交渉の席に座らせるのには有効だ。スハロートと話をしたいという自分の目的にも合致している。自分も話し合いに同席できるのであれば悪い展開ではない。
レーネットは集めた兵をデルドリオンまで進めて、その先は1000の兵のみを連れてプルヴェント近郊に向かうことを麾下の全軍に通達した。
不思議なのは、プルヴェントにスハロートがいなかったことである。兵もほとんど配置しておらず、皇帝が背後に控えているとはいえ、わずか3000の兵に屈して無血開城したという。スハロートもデズロントも今どこにいるのか。自領を捨ててまでして立てこもるべき地があるとは思えないのだが。
プルヴェントに近づくと、数人の幕僚らしき供を連れた監察使が城門の前で待っていた。
「ロンセーク伯、お久しぶりです」とウィンは悪びれる様子もなく間の抜けた挨拶をした。
「セレイス卿、プルヴェントを占領したというのは一体……」
「何、デルドリオンと同様、プルヴェントに場所を移して駐留しただけのこと。やっていることに変わりはありません。『占領したぞ』というのは嫌がらせです」
嫌がらせなのか。




