スハロート-スルデワヌト同盟
ウィンもレーネットもウリセファも、重要なことを見落としていた。
ナルファスト公国は、なぜ存在するのか。なぜ帝国の南東部にこの公国が設置されたのか。
そのことに思い至ったときには、既に手遅れだった。
八月二九日、ナルファスト公国南東部と国境を接する騎馬民族国家アルテヴァーク王国の大軍が、国境を侵してナルファストに侵攻した。
これまでにも、数十人程度のアルテヴァーク人が国境地帯に侵入して略奪を働くことはあった。だが、一万を超える騎兵がナルファストに深く侵攻してくることは近年なかった。
ナルファスト公国に侵入したアルテヴァーク軍は、騎兵のみという圧倒的な機動力で村々を蹂躙し、略奪をほしいままにした。個々の領主が持つ兵力などたかが知れている。抵抗を試みた者は一瞬で粉砕された。
燃え上がる村々の黒煙を背景に、アルテヴァーク王のみが掲げることを許される国王旗が不吉にはためく。
騎兵団の先頭で悠然と手綱を握るのは、数年前に王位を継いだ二六歳の若き国王、スルデワヌト。短く刈り込んだ漆黒の髪と騎馬民族らしい日焼けした浅黒い肌を持ち、若さの割に威風堂々とした風格を醸し出している。
アルテヴァーク侵入の報は瞬く間に公国全土に広がった。リッテンホム城にいたウィンの下にも知らせが届いた。
「よりによってこんなときに? 困るなあ」
ウィンはとても迷惑そうに顔をしかめた。
「こんなときだからこそ攻めてきたんでしょう。実に合理的です」
アデンが冷めた声で答える。
「それはそうと、今までは大軍が攻めてくることはなかったんだろう? 何か理由があるのかな」
「ダウファディア要塞を突破する方法を見つけたのかもしれません」
「ダウ……要塞?」
ムトグラフが、ガサゴソと地図を広げる。
「ナルファスト公国の東部には、このようにモルステット山脈があります。南部には、このアプローエ山脈。この山脈がアルテヴァーク王国との国境を成しています」
「ここ通れるじゃないか」
両山脈はつながっていない。山脈と山脈の間に平地がある。
「ナルファストとアルテヴァークは、常にこの付近で衝突を繰り返してきました。そこで、先々代のナルファスト公グラファジリスが、ここにダウファディア要塞を築いたんです」
「要塞って……。山脈の間は結構広いじゃないか」
「単一の要塞ではなく、長城を組み合わせたものだそうです」
フォロブロンが、それを聞いて顎をさすった。
「長城がどんなものかは分からんが、騎兵では突破できない造りなのだろうな」
「そのようですね。要塞構築後は、モルステット山脈を越えて来たりしていたそうです」
「それで、そのダウ何とか要塞を突破したってことか」
「迎撃に向かいますか?」
フォロブロンはウィンに確認した。ベルウェンやムトグラフもウィンに注目した。
「いや、我々が行っても一撃で粉砕されるよ」
「しかし放っておくわけにもいかないでしょう」
ムトグラフが懸念を示す。
「ほっとけよ。アルテヴァークから帝国を防衛するのはナルファストの役目だろう」
ベルウェンの反論に、ムトグラフは「むう」と唸って黙った。
「アルテヴァークの目的は何でしょうか。領土の獲得なのか、どさくさに紛れた略奪なのか」
――そう、問題はそこだ。
アデンの疑問に、フォロブロンが虚を突かれたような顔をした。
「ふむ……」
少し考え込んだ後、ウィンは方針を決定した。
「副伯、何人か連れて偵察してきてくれ。連中の陣容を探ってほしい」
アルテヴァークの目的については程なく判明した。
アルテヴァーク軍は略奪を繰り返しながらナルファスト公国を駆け抜け、スハロート派貴族ルティアセスが所有するアトルモウ城に入城した。そして、「ナルファスト公スハロート」とアルテヴァーク王スルデワヌトによる同盟の締結を宣言し、ロンセーク伯に対して宣戦布告したのである。
九月一日、ナルファスト情勢は全く予想だにしない方向へ急展開した。
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