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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
帝国監察使

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リッテンホム城攻略 その二

 川の流れに加えて一人分の体重を受け止める形になり、フォロブロンも鎖を放しかけた。体を流されながら鎖を辛うじて握り直し、案内役と水の抵抗を必死で受け止める。


 均衡を失って体が沈み、水を大量に飲んだ。

 視界が水泡で埋め尽くされた。何も見えない。


 ――水面はどっちだ?


 氷のように冷たい雪解け水が体温を奪い、肺が酸素を求めて悲鳴を上げる。


「この手を放せば助かる」


 凍える脳裡に、甘美な声が響いた。


 ――ふざけるな!


 フォロブロンは心の中で吠えた。

 ここで手を放せば、案内役を見殺しにするだけでなく後続の者たちまで危険に晒すことになる。

 だが、意識は暗転しつつあった。


 そのとき、三番手にいた傭兵が溺れかけたフォロブロンを背後から支えた。

 案内役も鎖を再び握ることに成功した。

 負担が大幅に減り、フォロブロンも体勢を戻すことができた。


 肺に空気が一気に流れ込む。


「なるほど、空気とはうまいのだな」


 と実感した。


 水温は低い。

 長く漬かっていると体が麻痺して意識が遠のく。急がないと城にたどり着けない。


 際どい場面はあったが、十二人は水汲み場から城内に上がることに成功した。人の気配はするが、深夜なので水汲み場には誰もいない。


 疲労をここで少し回復させてから、城門を窺う。城門の左右に一人ずつ、計二人の不寝番が立っている。


「一人のはずじゃないのか」


 という言葉を飲み込む。言っても仕方がない。

 この二人をどうするか。十二人で飛び掛かれば殺さずに制圧することは恐らく可能だが、声を出されたら他の城兵に気付かれる。

 念のため弓矢は持ってきたが、射殺してしまったら「人死を出さないように」というウィンの指示に背くことになる。


 そうこうしていると、不寝番の一人が水汲み場に近づいてきた。

「近づいてくるぞ」

「気付かれたか」

「どうする。殺るか?」

「まて、慌てるな」


 とフォロブロンは制止したが、代案があるわけではない。

 そうしている間にも不寝番が近づいてくる。



「遅えな」


 ベルウェンは舌打ちした。川の中で凍死したのでなければ、城内で面倒事が起こったのだ。

 ベルウェンはデズロントの旧臣を呼んだ。


「門番の気を引くようなことを叫んでくれ。『サインフェック副伯(スハロート)が急病』とか『デズロント卿の急使だ』とかさ」



 「やるしかないか」とフォロブロンが短剣を抜きかけたとき、城門の外から声が聞こえた。その声に二人の不寝番の注意が向いた。話の内容までは聞こえないが、不寝番が声に釣られて一カ所に集まる。


「今だ!」


 この隙を突いてフォロブロンらは二人の不寝番を取り押さえ、城門を開いた。

 城門がきしみを上げたため、それに気付いた不寝番たちが城門に集まってきた。だが、そのときにはベルウェンに指揮された二〇〇人が城内に侵入していた。


 不寝番は、城門を守っていた二人と合わせて十五人。二〇〇人の敵兵に戦意を喪失した彼らは、抵抗することなく降伏した。残る三五人も制圧に成功した。抵抗した数人にけがを負わせたものの、死者を出さずにリッテンホム城は陥落した。


 リッテンホム城に入城したウィンは、「やぁご苦労様」などと功労者たちを労いながらデズロントの居室に向かった。


「デズロント卿が鍵を握っているとお考えなのですね」


 アデンがウィンに問い掛けた。


「デズロント卿の旧臣と話して、ロンセーク伯(レーネット)は父殺しに関与していないと確信した。彼は生じた事態に明らかに振り回されている。となるとやはり彼の下から出奔したデズロント卿の動きがおかしい」

「デズロント卿が殺したとお考えなのですか」

「それは分からない。だがレーネット派のデズロント卿がサインフェック副伯(スハロート)の下に逃げ込むというのは不自然だ。スハロート派に寝返る理由が何かあったはずだ」

「その証拠がこの城にあると? だからこの城を落としたのですか」

「それも分からないよ」


 アデンと話しているうちに、デズロントの居室に着いた。しばらく誰も入れないようにと周囲の兵に伝えて入室した。


 ろうそくの灯りを頼りに、室内を軽く見回す。大したものはない。窓の前に執務机がある。机の引き出しは、鍵がかかっていて開かない。ウィンは短剣を取り出すと、引き出しの隙間に突き刺して、梃子の要領でこじ開け始めた。


「短剣の使い方が間違っていますよ」

「いいんだよ。人間が相手じゃどうせ当たらない」

「机は避けませんからねぇ」


 領主の調度品だけに作りは頑丈だが、ウィンが強引にこじると鍵と引き出しが同時に壊れた。


「ほら、開いた」


 ついでに短剣も刃こぼれしたが、使う機会はないから構わない。ウィンは満足げに引き出しを引き抜いた。


 空が白み始め、室内に薄明かりが差し込んできた。

 引き出しから、大量の書状が出てきた。


「大体は調略の返答ですね。一応証拠として押さえておいた方がいいでしょう」

「うん……ん? こりゃ宮廷で使われてる紙だね。多分だけど」

「分かるのですか?」

「手触りがね、宮廷の紙は上質なので滑らかなんだ」

「ということは宮廷の発給文書ですか」

「公式なものじゃないね。印も押されていない。私的なものだ。私信に公用紙を使うなよ」

「誰からのものでしょうか」

「差出人は……変な記号しか書かれてないね」

「何です、これは」

「こういう記号なら誰から、と事前に取り決めていたんだろう。これだけじゃ差出人は分からないな。周到なことだ」

「ウィン様、これ。スハロート派に寝返って指示に従えば士爵にしてやると書かれてますよ」

「帝国爵位をエサに調略されていたのか。なるほど」

「こんなことを提示できるのは宮内伯くらいですね」

「そうだね。差出人が分かればなぁ……。とにかく、これでデズロントの動きはおおよそ説明がついた」

「ただし、レーネット派からスハロート派に寝返っただけでは罪とは言えません。サインフェック副伯(スハロート)の動きとも直接関係ないようですし」


 さらに室内を物色したが、めぼしいものは見つからなかった。サインフェック副伯(スハロート)の居場所については依然として手掛かりがない。


 ウィンは手掛かり探しを諦めると、城の広間に戻った。城の接収はほぼ完了していた。

 暖炉で体を温めていたフォロブロンが、ウィンを見付けて声をかける。


「で、この城をどうするんだ?」

「そうだね、デズロントの旧臣たちにでも任せるとしよう」

「いいのか?」

「だって、要らないじゃない。こんな城」

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