リッテンホム城攻略 その一
デズロントの領地は、ナルファスト公国南部の山岳地帯の中にある渓谷を中心に広がっている。渓谷といっても、人間が出現する以前に氷河で削られたために谷底は平坦で、氷河が消滅した現在は大河と言うほどではない渓流が流れているのみだ。
領民はその渓流の両岸にできた平地に住み、林業や放牧などを行っている。渓流は万年雪に由来する雪解け水によって年間を通して一定の水量があり、切り出した木材をこの川を利用して下流に輸送している。
この渓谷の出入り口を押さえているのがリッテンホム城だ。デズロントの居城であり、領地の防衛の要であり、通行税を取るための関所でもある。
ウィン、フォロブロン、ベルウェンの三人は、少し離れた場所から城を偵察していた。
「城の背後は断崖絶壁。正面には川が流れていて陣を展開するのは不可能。攻撃できるのは下流側の側面のみ」
「天然の要害だな」
「守備兵は五〇人程度だそうだよ」
「と言ってもな……。一度に投入できる兵力は二、三〇〇人がいいところだ。それなりの損害は覚悟する必要があるな」
フォロブロンとベルウェンは、嫌そうな顔をして城を眺める。
「また皇帝を持ち出して開城させることができればいいけど、問題は拒否された場合だね。専門家としてどうみる? 落とせそうかい」
「落とせと言われりゃ、まあやるがな。時間と損害に目をつぶればできないことはない。だが……」
ベルウェンはフォロブロンを見る。続きは任せると目が言っている。
「攻撃するとなると、監察使として、皇帝陛下の意志として、サインフェック副伯を討伐することになる。そう見なされる。それでもよいのか?」
「責任は私が取るよ。ただ、人的な被害は出したくない。城の一部を破壊しただけなら金銭で片が付く。しかし殺しちゃった者についてはごめんなさいでは済まないからね」
人死を出すなと言われて、フォロブロンとベルウェンは顔を見合わせた。それは難易度が高過ぎる。
「私も二つ策を考えた。聞きたいかい?」
ウィンが得意げな顔で言うのでフォロブロンは少しイラッとした。無視してもよかったが、そうするとウィンが余計にうるさくなるので「聞きたい」と答えた。ここは自分が大人になるしかない。
「守備兵は五〇人程度なんだろ? ならこちらは三〇〇〇を三〇〇の隊に再編して昼夜を問わず交代で攻める。これ、やられたら嫌だと思うんだよね」
「敵を疲弊させることが目的なら、それなりに力攻めする必要がある。両軍とも損害なしというわけにはいかねえぞ」
「となると二つ目の策だね」
ウィンは「ふふん」と言ってから作戦を語り始めた。
「リッテンホム城の一階には水汲み場がある。普通の城なら井戸だが、この城は目の前の清流を引き込んでいる」
「それがどうした?」
「実は、この水汲み場はいざというときの脱出口になっていて、城から川に直接出られる。川を引き込んでいるのだから、特別な仕組みを作る必要もない。川に出られるということは、川から城に入ることも理論上は可能だ」
フォロブロンが顔をしかめた。
「しかし接近できるのは下流側からのみだ。川の流れに逆らって城に入るのは困難というか不可能だ」
「話には続きがあるんだよ」
ウィンは続ける。
季節によって差はあるが、川から城外に出るのは当然危険だ。この脱出口を使うのは緊急事態だから危険がどうのと言っている場合ではないが、生存率を高める工夫はしている。
水汲み場から城外まで、鎖が水面付近に張られているのだ。この鎖を伝って下流に向かうと、岸に安全に上がれるところまで行けるようになっている。鎖が張られているのは水面付近とはいえ流れのある水中なので、ちょっと川をのぞいた程度ではその存在には気付かない。
「という話をデズロント卿の家臣から聞き出した」
ウィンがレーネットに依頼したのは、デズロントが帝都から逐電した際に置き去りにし、成り行き上レーネット配下に組み込まれたデズロントの家臣を借り受けることだった。
彼らはレーネット陣営の混乱ぶりを見ている。ゆえに、レーネットがナルファスト公の殺害犯ではないことを確信しており、あの状況下でデズロントが逐電したことに疑惑を持っている。リッテンホム城の情報も喜んで提供してくれた。
「世の中ってのは結構都合良くできてるもんだね」
ウィンはうそぶいた。
「なるほどな、水面近くだから呼吸もできる。流れに逆らって鎖を伝うのは骨だが、まあ侵入は可能だろう。だがな、雪解け水だから氷みたいなものだ。もたつけば凍死だ。俺はやりたくねえ」
ベルウェンはしみじみと嫌そうな顔をした。
「この鎖を使って城に入った者はいないそうだ。デズロント卿の配下なら城門から入れるんだから、こんな馬鹿げた方法を使うわけないよね」
ウィンはわははと笑った。
フォロブロンは眉をひそめた。
――その馬鹿げたことをやれと言っているのだが。
「城内に侵入してどうする? 寝込みを襲って切り結べば人死が出るぞ」
「水汲み場のすぐ脇が城門というか城門の脇に水汲み場があると言うべきか。とにかく侵入したら簡単に開門できる。城門の内側には不寝番が一人いるらしいから、それはうまく処理してくれ。開門したら、外に伏せておいた兵を一気に踏み込ませる。それで守備兵も戦意をなくすだろう。ついでに、ロンセーク伯から借りてきたデズロント卿の旧臣を人質に見せかけて、『抵抗したらこの人質を皆殺しにする』と脅迫しよう」
卑劣な手段をさらっと言ってのけた。
「それでも抵抗されたら?」
「ここまでしても抵抗するというなら仕方がない。結果の責任は取るから、現場判断であらゆる行為を許可する」
そのとき、ウィンはひどく悲しそうな顔をした。
奇襲は八月二四日の深夜に決行することになった。
川からリッテンホム城に侵入するのは、デズロントの旧臣一人と傭兵と士爵五人ずつと決まった。当初、「貴族様に寒中水泳はさせられねぇ」と言って、傭兵十人を出すとベルウェンは主張した。だが、フォロブロンが「傭兵だけに押し付けるわけにはいかない」と言って半分を士爵にすることになった。しかも、フォロブロンが指揮するという。
「何も副伯が行かなくてもいいんじゃないですかい」
ベルウェンは止めたが、余計な犠牲を出さないためにも指揮官が必要だと言って押し切った。ベルウェンは開門を見計らって城内に突入する二〇〇人の兵を指揮することになった。
ウィンは「じゃ後はよろしく」と言って、手を振りながら後ろに下がった。「冷たい川には絶対に入らないぞ」という固い決意がにじみ出ている。
付いてくると言われても足手まといなので、フォロブロンはむしろ安心した。足を滑らせて下流に流されでもしたら面倒だ。
作戦決行は、奇襲の定石通り夜半と決まった。
渓谷の闇は深く、ほとんど何も見えない。城のかがり火によって、目的地だけは辛うじて分かる。水音で、川の位置も大体分かる。ただし一歩一歩確かめながら動かないと川に落ちる恐れがある。それくらい、足元も見えない。
デズロントの旧臣が案内役として先頭を進む。鎖が設置されている地点の川岸には、目印としてこぶし大の石を三つ、日中に並べておいた。これを手探りで見つけ、川に入る地点に到達したことを確認した。
ゆっくりと川に入る。雪解け水が刺すように冷たい。手探りで鎖をつかみ、ゆっくりと川上に進んだ。足が川底に着くところはいいが、足が届かないところは泳ぐしかない。
流れに逆らうのは困難だったが、鎖があるので何とかなった。
半分ほど進んだ辺りで、上流から流れてきた木の枝が先頭の案内役に激突した。
その衝撃で案内役の手が鎖から離れて流され、二番手にいたフォロブロンに衝突した。




