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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
二つの戦線

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ミラロール脱出

「さて、どうやってファッテン伯領に出るか」

「海路は論外だな。船では何往復もする必要がある」


 ウィンに、フォロブロンが答える。


「安全なのは、ミラロールのすぐ南の道ですが」

「狭すぎる」


 オルロンデムの言をアークラスムが却下する。


「となると……」


 レンテレテスが苦りきった顔で続ける。


「残るはトローフェイルの北一キメルから西に延びているサモルフィス街道ですな」

「トローフェイルに近過ぎるとはいえ……」

「軍勢の移動に使える経路はこれしか考えられぬか」

「危険はあるけど、サモルフィス街道を使うしかないね」


 ウィンは頭をかきながらわははと笑った。


「歩兵の行軍を騎兵で援護する、というところか。ヌヴァロークノに騎兵はないから、牽制にはなるだろう」

「ではラデル街道とサモルフィス街道の分岐点に配置しましょう」


 フォロブロンとレンテレテスが最も建設的な意見を出して、方針が固まった。


 二月二一日、夜明け前にミラロールの外に出て、夜明けとともにラデル街道を南下した。

 雲一つない夜間を経て、早朝の空気は刺すように冷え切っている。兵たちは真っ白な息を吐きながら行軍した。


 歩兵の前衛はベルウェンが指揮し、中央部をアークラスム、後衛をポロウェスが担当した。ウィンはアークラスムと共に進み、レンテレテスとフォロブロンが騎兵を率いてトローフェイルの動向を監視している。


「仕掛けてきませんね」


 レンテレテスがフォロブロンに馬を寄せて話しかけた。

 何もないというのも不安をかきたてる。フォロブロンは南の方を眺めながら、目を細めた。


「静か過ぎる……」


 わずか十五キメル北のミラロールには敵軍がいるのだ。斥候くらいは放っていてもおかしくない。だが、トローフェイルから出てくる気配はない。

 ヌヴァロークノ軍の考えが読めない。


 そのとき、大勢の叫び声や金属がぶつかり合う音が聞こえた。


アレス副伯(フォロブロン)!」

「分かっている。音は……西からだ!」



「くそっ、全てお見通しだったってわけか!」


 ベルウェンは舌打ちしつつ、馬上で短槍を振るって敵兵をなぎ払った。寒さでこわばった体が重い。


「横に広がれ! 無理に横陣を作らなくてもいい。包囲されたら終わりだぞ!」


 ベルウェンは正面の敵を抑えながら、周りの百人隊長たちに指示を出した。百人隊長たちはベルウェンの意図をくみ取って、配下の十人隊長たちに「左右に広がれ」と命じる。


 ベルウェン隊がひらけた平原に出たとたん、左右からヌヴァロークノ軍が出現した。彼らは先頭を押さえると、左右から隊列を圧迫し始めた。

 「サモルフィス街道を使ってファッテン伯領に抜ける」という作戦を完全に読まれて、待ち伏せされた。


 ベルウェン隊はヌヴァロークノ軍の圧迫に抗しているが、長くは支え切れない。

 そこに、異変を察知したアークラスム隊が急進してきた。彼らは、ベルウェン隊の右側に強引に割り込んできた。


「攻撃は後でいい! 盾をかざしてとにかく突っこめ!」


 アークラスムの声が聞こえた。強引な用兵だが、これでベルウェン隊は右側面の安全が確保されて楽になった。

 アークラスム隊は、さらに右翼を伸ばして戦列を整えつつある。


「あのガキ、分かってるじゃねえか」


 アークラスムは、乱戦の中で陣形の転換を成功させつつある。

 彼をウィンに推薦したレンテレテスの目は確かだった。


 問題は、ここが隘路から平原への出口であることだ。広く展開できるヌヴァロークノ軍に対して、ベルウェンらの位置はあまりにも不利だ。もっと平原側に押し出して横に展開しなければ、鼻先を包囲された状態を強いられる。

 ベルウェンらが交戦状態に入ったことはポロウェスも察知しているはずだが、ここではポロウェス隊は前に出られない。


 アークラスムがベルウェンを見た。ベルウェンが頷くと、アークラスムも頷いた。


「テメエら、押し出せ!」「全員突撃!」


 ベルウェン隊とアークラスム隊が同時に前進し、ヌヴァロークノ軍を五〇メルほど押し返した。両翼を伸ばそうとしていたヌヴァロークノ軍は、正面からの圧力に対する踏ん張りが利かない。


 ベルウェン隊とアークラスム隊が平原側に突出したことで、ポロウェスが前進する余地が生まれた。ポロウェスはすかさずベルウェン隊の左に部隊をねじ込んできた。

 これで、両軍の兵力差はなくなった。


 ヌヴァロークノ軍は包囲することは諦め、正面の各隊とつばぜり合いを演じつつ徐々に後退した。

 それを敵の戦意低下とみたアークラスムが、ここを潮時と捉えてさらに前進を命じた。

 特に敵の左翼は脆弱に見える。


 突出したアークラスム隊の右から、数十騎の騎兵が現れた。


「騎兵!?」


 ヌヴァロークノ軍が騎兵を運用するのを見るのは初めてだ。

 騎兵の攻撃を側面に受けたアークラスム隊は、損害こそ軽微だったが動揺した。そこを、正面のヌヴァロークノ軍が強襲した。


 アークラスム隊が崩れる。


 ――俺の動揺が兵に伝わってしまった。


「ひるむな! 前を向け!」


 アークラスムは声をからして叫び続けた。後方の兵はまだ士気が高い。だが、先頭の恐慌が伝播するのは時間の問題だ。

 アークラスムは乗馬を強引に前進させて最前線に出た。自ら戦って兵を鼓舞するしかない、と思った。


 この状態は、アークラスム隊にとって危機だったがヌヴァロークノ軍にとっても隙を生む結果になった。アークラスム隊正面だけでなく、ベルウェン隊正面のヌヴァロークノ軍もアークラスム隊の側面を突く態勢になった。


「野郎ども! 正面のマヌケをぶちのめせ!」


 ベルウェン隊がその隙を衝いた。アークラスム隊に気を取られたヌヴァロークノ軍を激しく攻撃して、ヌヴァロークノ軍中央を粉砕した。



ラフェルス伯(ウィン)、そこで何をしている」


 サモルフィス街道を西進していたフォロブロンは、ロレル(ウィンの愛馬)から降りて木陰で木に寄り掛かって座っているウィンを発見した。


「やあ、アレス副伯(フォロブロン)。アークラスムに、『邪魔だからここでおとなしくしてろ』って言われてしまった」

「じゃ、邪魔って……」


 「主君に対してその暴言は」と思ったが……。


「邪魔……かもな」

「邪魔だろうねえ」


 ウィンは、わははと笑った。


「ところでレンテレテス卿は?」

「サモルフィス街道の分岐点でトローフェイルを警戒している」

「なら後ろは安心だね。後はベルウェンたちが敵を押し返してくれるのを待つだけだ」


 両手を頭の後ろで組んで、ウィンは再び木に寄り掛かった。


 フォロブロンは、戦場になっている西の方角を見た。歩兵で塞がっており、騎兵が前に出ることはできない。

 麾下の騎兵たちに待機を命じて、フォロブロンはウィンの隣に座った。

 ウィンは口を尖らせて空を見上げている。


 ヒバリが飛んでいる。


「何か気になることがあるのか?」

「ヌヴァロークノ軍の動きが変わったような気がする。絶妙に先手を取られる感じ。凄く嫌だ」

「方針の転換があったということか」

「というより、作戦立案者が変わったんじゃないかな」


 ウィンは、呆けたように空を見上げている。


「まだ何か気になるのか」

「……いや、考え過ぎかな」


 戦場の方を見ると、各隊が前進していた。


「押してるみたいだね。そろそろ一段落かな」


 ウィンとフォロブロンは騎乗すると、西に向かって歩き始めた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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