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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
二つの戦線

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セルケー平原の対陣

 ベルウェン隊に痛撃を受けたヌヴァロークノ軍は、もう一度押し戻す構えを見せると同時に後退した。ポロウェスが「敵ながらあっぱれ」とつぶやいたほどの絶妙な間であった。

 追うべきか否か。

 一瞬の迷いで完全に出遅れた。


 ヌヴァロークノ軍はそのまま走った。その先には、野戦陣地が構築されていた。


「くそ、やられたな」と、ベルウェンは顔をしかめた。


 ファッテン伯領に抜けるためには、この陣地を突破するしかない。野戦よりもさらに厄介な事態になってしまった。


「やや、こいつは弱ったな」


 ウィンはやる気が感じられない目でヌヴァロークノ軍の野戦陣地を見渡して、わははと笑った。


「少ない兵力を巧妙に使ってやがる」


 ベルウェンが左眉をちょいと上げて、毒づいた。ポロウェスがそれに頷く。


「平原への出口で待ち構えて鼻先を押さえる。短時間なら少ない兵力でも互角にやれる。さらに、陣地に立てこもって持久戦に持ち込む、か」


 フォロブロンは、釈然としないという顔で敵陣地を眺めた。


「どうもすっきりしないな」

「何がだい?」

「敵の待ち伏せは見事だった。野戦陣地まで作られてファッテン伯領への道も閉ざされた。我々としては非常に困った状態だ。だが、手詰まりというほどではない」

「そうだな。あの陣地も、損害は出るが突破は可能だ」


 ベルウェンが面白くなさそうに同意して、「まあ面倒だがな」と続ける。

 フォロブロンはますます不機嫌そうな顔になった。


「分からんのは、敵の目的だ。待ち伏せ部隊はトローフェイルに戻ることができず、敵中に孤立していると言える。いわば捨て駒だ。戦略的には意味がない」

「ベルウェンたちの話を聞いた限りでは、待ち伏せ部隊は練度が高い精鋭みたいだね。そんな兵を使って、クーデル王は何を得ようとしてるんだろう」


 ウィンは首をかしげたが、視界が斜めになっただけだった。


 麾下の隊への指示を終えたアークラスムが戻ってきた。


「トローフェイルに残ってる兵で挟撃するつもりだったのでは? 待ち伏せ部隊は三〇〇〇もいない、って感じでしょう。トローフェイルには五〇〇〇くらいは残ってるはずです」

「レンテレテス卿の騎兵が邪魔で動けなかったのかもしれん」

「レンテレテス卿が指揮してたのは八〇〇騎程度でしょう。挟撃するつもりなら無理をしてでも突破するんじゃないですかね。そうしなければ待ち伏せ部隊を見殺しにすることになる」


 アークラスムの言には説得力がある。

 挟撃は、ウィンたちが最も困る事態だ。トローフェイルの五〇〇〇の兵が無理やりサモルフィス街道に侵攻してきたら、ウィンたちはこの狭い街道に押し込められてしまう。


「トローフェイルから出てこなかったということは、挟撃を狙っていたわけではなかったということだね」


 ウィンは改めて考え込んだ。

 おかしい。齟齬がある。

 敵の待ち伏せによってウィンたちの行動は大きく制約されたが、最も効果的な方法をなぜ取らなかったのか。それどころか長期的には不利益しかない作戦ではないか。


伯爵(ウィン)にも分からないことがありますか」


 ポロウェスの発言に、フォロブロンが眉をひそめた。薄々感じていたが、彼の口調にはやや毒が含まれている。ただし、ラフェルス伯とカーリルン公の家臣の問題に口を挟む権限はない。


 発言が途切れた。


「奇妙と言えば奇妙ですが、敵にも思い通りにいかぬこともありましょう。トローフェイルの兵が出てこないと決まったわけでもなし。明日にでもやって来る可能性もあります。理屈に合わぬと言って考え込んでも仕方がありますまい」

「ザルヴァーエル卿の言う通りだな。今できることは夜襲に備えながら英気を養うことくらいだ。考えても仕方がない」


 フォロブロンはそう言うと軽く笑って、ウィンの肩をポンとたたいて話を切り上げた。



 だが、ウィンらは想定外の事態に直面してセルケー平原で足止めを強いられた。

 対陣二日目に突如として両陣営を襲った吹雪である。降雪量は大して多くないが、強風が吹き荒れて視界が白くかすむ。両軍ともに雪と風から身を守らねばならず、戦闘どころではなくなっていた。


「さささささむむむむいいいいいい」


 アルリフィーアが持たせてくれた毛皮の外套に身を包んで、ウィンはブルブルと震えている。


「ガタガタうるせぇな。ほら、もっと火の近くに居ろって」


 ベルウェンがウィンの椅子を火の近くに移動させる。「子供の面倒を見ているみたいだ」と思った。子を持ったことはないが。


「三月だというのに、北国とは過酷なものだな」


 レンテレテスも嘆息する。


「まままったく、て敵のおもうつぼだねね」

「敵? ヌヴァロークノ軍のことか」


 フォロブロンは、温めたぶどう酒を満たした錫製の杯を両手で包んで暖を取っている。


「ヌヌヴァロークノノ、ととは別かな。ヌヌヴァロークノ軍のこ行動ととしては矛盾ししてる。だだから混乱したけど、そのまま解釈すれば変じゃないかもしれない」


 ウィンも温かいぶどう酒を受け取り、手を温めながら喉に流し込んだら震えが収まってきた。


「矛盾って何です?」


 アークラスムが身を乗り出してきた。


「我々はヌヴァロークノ軍に先回りされて足止めされた。見事な作戦だったけど、突破できないほどじゃない。多少の足止めにはなったが、あれじゃ捨て駒だ。だから混乱した」


 ふむ、と言ってフォロブロンが足を組んだ。


「ヌヴァロークノ軍にはそもそも、我々を足止めする理由がない」

「言われてみれば、多少時間稼ぎしたところで意味ないですな。何がしたいんだ」


 アークラスムが頭を抱えた。


「ヌヴァロークノ軍にとって必要なのは我々の粉砕。この平原で挟撃されたら致命的だった」

「だがクーデル王は出陣せず、待ち伏せ舞台は捨て駒のようになっている……か」

「クーデル王と家臣の間に隙ができたってことはないんですかね?」


 アークラスムの疑問。フォロブロンが、面白い、という顔をする。


「可能性はあるが、それでもこの局面なら家臣を見捨てたりはしないだろう。ま、いずれにせよ、『あれは捨て駒だ』と考えれば矛盾はない。敵の目的は時間稼ぎ。そして敵は目的を達した、とラフェルス伯(ウィン)は言いたいのだろう?」

「自軍の精鋭を捨て駒にしてまで、ヌヴァロークノ軍は何がしたいんです?」


 アークラスムは納得いかないという顔で食い下がった。


「ヌヴァロークノ軍は捨て駒にするつもりなんかないんじゃないかな。でも『敵』はそうじゃない」

「つまりヌヴァロークノ軍を利用してるヤツがいるってことか」


 ベルウェンがマズいものでも飲み込んだような顔をした。


「そう、これは『敵』の意思だ。方法は分からないが、ヌヴァロークノ軍を利用している。トローフェイルから出撃して挟撃するところまで計画に入っていたのかもしれない。あるいは、挟撃作戦を前提とすることで、待ち伏せ部隊は捨て駒ではないとクーデル王に信じさせたか」


 まだ納得していないアークラスムとは対照的に、レンテレテスは得心がいったという顔になった。


「二、三日足止めできれば上出来という捨て駒作戦だったが、予想外の地吹雪でさらに足止めできた、と。なるほど『敵』にとっては好都合。して、その『敵』とは? 既に見当が付いているのでしょう」

「我々を足止めして得をするのは一人しかいない。ニークリット公(ソルドマイエ二世)だ」


 フォロブロンが不快そうな顔で答えた。しかし、「だが……」と続ける。


「ニークリット公も我々の殲滅を望んでいるはずだ」

「そうなんだよ。どうもね、謎の意思が介在しているようだね」

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