膠着
トローフェイルに入ったクーデル三世は、住民の歓呼を受けて堂々とオルドナ伯の城館に入った。当面はここが臨時の王宮ということになる。
ここには、老若男女一万のヌヴァロークノ人平民と、バンナーボブゾンが率いていた八〇〇〇のヌヴァロークノ軍しかいない。占領した他の街にもある程度の兵力はあるが、ケルヴァーロによってゲンテザイルが落とされたため安易に動かせない。一時は数万を数えたヌヴァロークノ軍は、いまや新規の軍事行動を企図する状態ではなくなってしまった。
本国と切り離されて兵力の増強も不可能。そこで、バンナーボブゾンの進言を容れてヌヴァロークノ人平民の男を徴用することにした。
「民を飢えさせぬために戦争を起こし、民を戦に駆り出すことになるとはな」
兵の前では無表情を貫いた。だが、軍装を解いて部屋に一人になると、無力感にさいなまれて床に崩れ落ちた。自分を逃がすために犠牲になった兵の顔が次々に浮かび上がり、嗚咽が漏れた。
帝国侵攻の準備が完了するころ、皇帝の崩御を知った。葬儀のために諸侯が帝都に集まった瞬間を突くことができる。
僥倖だと思った。
だが、その絶好の機会を生かせなかった。
全て自身の無能ゆえだ。
多くの兵が死に、民が奴隷として売られてしまった。
自分にもっと力があったなら……。
クーデル三世は床に拳を何度もたたきつけた。額を床にたたきつけた。
「クーデルよ、いまさら何を迷っている。兵と民をすり潰してでも、ヌヴァロークノの民が、子供たちが、安心して暮らせる地を得ると覚悟を決めたではないか」
額から血を流しつつ、顔を上げた。
血走った目で壁を睨む。
フローデレベンドが冷えた目でクーデル三世を見下ろしていた。
「フローデレベンド……余に、余に力を貸せ」
だが、フローデレベンドは何も言わず、ふわりと姿を消した。
◆
トローフェイルとにらみ合う形になったウィンたちも、のんびりしていたわけではない。まずはミラロール近郊に散乱した死体をどうにかしなければならない。放っておいたら疫病が発生する恐れがある。
燃やしてしまうのが一番だが、貴重な資源である木材は使えない。埋めるしかない。そこで、捕虜にしたヌヴァロークノ兵に穴を掘らせることにした。
甲冑や武器を拾いに来た戦場跡漁りの商人には、死体の処分を条件に武具の持ち去りを許可した。
それでも処分し切れない死体は海に投げ込んだ。
「そのうちデカイ魚が捕れるだろうね」
ウィンはわははと笑った。
「さすがに不謹慎ですぜ、旦那」
ラゲルスは嫌そうな顔をした。
ファッテン伯領からは、陸路と海路で食料などの物資が届き始めた。ウィンのおかげでファッテン伯になることができたヴァル・テルテトール・ズドロテス(前伯爵の弟)が協力的なことも寄与した。
「どうも俺の知ってる戦争とは勝手が違うな」
ベルウェンは酒精の度数が高い蒸留酒を喉に流し込んだ。
「カーリルン公領での戦いは、相手が降伏して終わり、だったんだがな」
アークラスムが、面白くなさそうな顔で小魚の揚げ物を口に放り込む。
「帝国の傭兵や領民は、原則として咎められることはないからね。勝ち目がないとみればあっさり降伏する」
だが、ヌヴァロークノ軍は降伏しない。無罪放免とはいかないことを知っているから抵抗を続ける。
「降伏されても、結局困ってるじゃないですか。ヌヴァロークノ人がヌヴァローク軍と戦うとは思えないから、自軍に編入することもできない」
「まあね。帝国人なら解散させれば済むんだけど」
ウィンはこの戦争の異常さに辟易している。
ヌヴァロークノ人は帝国に移住する覚悟で押し寄せてきた。普通の戦争であれば本国を空にするわけにはいかないので遠征軍の数はおのずと制約される。だがヌヴァロークノ王国は国を捨てるつもりなのだ。そのため、あり得ない数の兵を動員してきた。
ヌヴァロークノ王国の国力では、本来なら対外戦争に使えるのは二万が限界のはず。ナインバッフ・グライスだけで十分に対処できる兵力に過ぎない。数万を超える兵力に攻め込まれるなど、誰も予想できなかった。
「それも国王が親征してくるしねぇ」
「結局、クーデル王を倒す以外に戦争を終わらせる方法はないのかもしれないな」
フォロブロンは、そう言ってぶどう酒をかたむけた。
「さて、トローフェイルに籠もったクーデル王をどうやって引きずり出せばよいのやら」
ウィンがわははと笑うと、周りに居た一同が「ふう」とため息をもらした。




