グデナーメルトの惨劇
ニークリット公国軍の投射機は早朝からうなり声を上げた。
ソルドマイエ二世が投射機の近くにやって来たのは昼前だった。
「音が変わったな」
セルツァマイエには、ソルドマイエ二世が何を言っているのか分からない。
「はあ……」
「分からぬか? 城壁に石がぶつかったときの音が少し高くなった」
「音、ですか」
ソルドマイエ二世は無言になった。
――まただ。
ソルドマイエ二世は「なぜお前には分からないのだ?」と、不思議そうな顔をしている。セルツァマイエのことを貶んでいるわけではない。彼は本当に疑問に思っているのだ。
「公爵は私と同じ世界の存在なのか」とセルツァマイエは思う。
公爵と自分は本当に同じ物を見ているのか。
同じ音を聞いているのか。
あの森の緑は、公爵にも緑に見えているのだろうか。
「緑」という色は、概念は、公爵のそれと同じなのだろうか。
「気持ちが悪いんだよ」と思ったそのとき、新たな石が城壁にたたきつけられる音が響いた。
「あっ……」
今の音は明らかに違った。
ソルドマイエ二世はセルツァマイエの顔をのぞき込んで、無邪気に笑った。
「今のは分かったか? 分かっただろう?」
「分かりました」
「そうだろう。もうすぐだ。もうすぐ城壁が崩れる。突入の準備を始めろ」
そのときは突然やって来た。城壁の基部が砕け、その上部が轟音を上げて崩れ落ちた。
「破損部の左上の城壁を狙え」
ソルドマイエ二世が「右足の後に左足を出せ」とでも言うように指示を出した。
だが、この二日間で兵たちもコツをつかんだようだ。二射目には破損部の左上に当てた。片側が崩れた城壁はもろく、破損部の左側が内側に向かって大きく崩れた。
「もうよかろう。傭兵を突入させろ」
「『古来のしきたり』、本当によろしいのですね?」
「既に決めたことだ。構わん」
セルツァマイエは小さくため息を漏らすと、「傭兵に突入命令を出せ」と伝令に伝えた。
「サテルメーン卿、俺も攻め込んで構わないかな?」
「エルレゾンド卿……」
浮かない表情のセルツァマイエとは対照的に、浮かれた顔の男が現れた。ニークリット公国の領主の一人、ヴァル・エルレゾンド・ペルナオエである。
「貴公も古来のしきたりに参加したいのか」
「せっかくの祭りだ。参加しない手はあるまい」
セルツァマイエは、感情が表情に出ないように顔の筋肉を制御することに集中した。そうしなければ侮蔑の念が露わになってしまっただろう。
エルレゾンドはセルツァマイエの感情など意に介す様子もなく、高笑いしながら去っていった。
「ゲスが……。好きにするがいい」
セルツァマイエはグデナーメルトに背を向けた。正視に堪えない。だが、止める努力もしなかった。その自覚があるだけに、後味が悪かった。
城壁の一部を破壊したといっても、投射した無数の石や城壁の残骸に阻まれて容易には突入できない。グデナーメルトの守備兵も集まりつつある。
だが、守備兵はわずか五〇〇人。
突入のために待機していた傭兵は四〇〇〇人。
ピスナー山から石を運んでいた五〇〇〇人の傭兵も集まってきた。
エルレゾンド麾下の五〇〇人も突入に参加していた。石や瓦礫をどかす者、弓矢で作業を援護する者に分かれて突入口を広げ、徐々に守備兵を押していった。
程なく、ニークリット公国軍は突入に成功した。
◆
ソルドマイエ二世は、古来のしきたり、つまり「三日間の略奪」を許可した。
遠い昔、貴族や騎士が「戦士階級」だった頃のこと。王が戦いの報酬として戦士に与えたのが「三日間の略奪」だった。
金目の物を奪い、女を犯し、殺し、捕らえて奴隷として使役したり売り払ったりした。王にとっては懐が痛まず、戦士は欲望を解放することができた。
しかしいいことずくめとはいかない。略奪によって街は荒廃し、利用価値が著しく低下する。土地に根付き、土地を支配する体制が固まるにつれて、「三日間の略奪」は禁じられるようになった。
街はなるべく無傷で手に入れて活用する方が多くの富を生むからである。
欲望をたぎらせた傭兵どもがあの街の中で何をするのか。
セルツァマイエは、考えただけで気分が悪くなった。
ソルドマイエ二世は涼しい顔をしてグデナーメルトを眺めている。
傭兵隊長のヘゲデイン・ブロレードは、狡猾な男だった。卑怯で卑劣で残忍だった。品性の下劣さが内面からにじみ出ている。ベルウェンとは全く異なる種類の傭兵隊長だった。
こんな男だったが、なぜか人望があった。
金が好き。女が好き。暴力が好き。殺戮が好き。
そんな人間にとって、ベルウェンは眩し過ぎた。まっとうな社会からはじき出されたクズのような人間たちは、ベルウェンの下でも居場所を見つけることができなかった。そんな彼らにとって、ヘゲデインの周りは居心地が良かったのである。
ヘゲデインは何も否定しない。人間の汚さを自ら体現していた。女がいれば犯し、小金持ちから金をだまし取った。老人を殴り殺して金目の物を奪った。ありとあらゆる手段で悪事を働いてきた。
それでも、手下は大事にした。底辺で貶まれながら生きてきたため、何かの拍子にできた手下に慕われたことが卑しい自尊心を刺激したのである。さらに人望を得るため、手下には鷹揚で気前よく振る舞った。こうして、傭兵にでもなるしかなかったはみ出し者たちのうち、ベルウェンの下からもはじき出された連中がヘゲデインのところに集まってきた。
本来なら小悪党として捕らえられて斬首されてしかるべき男が、傭兵隊長などという身分に祭り上げられて、ちょっとした勢力を誇るまでになってしまったのである。
グデナーメルトに攻め込んだヘゲデインは、自分の幸運に酔いしれていた。この街では、「何をしてもいい」のだ。
第三者には、ヘゲデインはやりたい放題やっていたように見える。だが当人に言わせれば、これまでは遠慮していたし、それなりにコソコソとしていた。
しかし、ここでは遠慮は無用なのだ。
取りあえず女だ。嫌がる女を無理やり犯すのが特によい。
今までのように、路地裏の暗がりに引きずり込む必要はない。明るい場所で、苦痛に歪む女の顔をじっくり拝むことができるのだ。せっかくだから、白昼堂々、街の往来で犯してやろう。衆人環視の前で辱めてやったらどんな顔をするだろうか。
ヘゲデインの手下は、こんな男を祭り上げるような連中である。思考も嗜好も大差がない。街中に散らばって、思い思いに無抵抗の者を殺し、奪い、犯した。
そして地獄が現出した。




