第二次ミラロール攻防戦 その二
「ヌヴァロークノ軍、驚いてるみたいだね」
ウィンはわははと笑った。
「笑っている場合か」
フォロブロンがたしなめる。
「そろそろ頃合いではないか?」
「そうだね。じゃ、後は任せるよ」
レンテレテスが、くすりと笑った。
「ではアレス副伯、参りましょう」
フォロブロンが頷くと、後方で待機している本隊に向かってヨーレントが走り去った。
「ラフェルス伯、私もアレス副伯らと行かせてください」
ヴァル・ザルヴァーエル・カルターレンが参戦を希望した。ケルヴァーロの家臣で、ヌヴァロークノ軍との戦訓を提供するためにラフェルス・カーリルン軍に出向中の身だ。
ケルヴァーロの死を知ってからは、思い詰めた顔でウィンに従っていた。
「死に場所にするつもりなら駄目だよ」
「ナインバッフ公はそうしたことを好まれないお方でした」
「それなら行ってらっしゃい」
ウィンたちが居るのは、ミラロールの南側にある岩陰である。ヌヴァロークノ軍がオルドナ伯を奇襲した際に潜んでいた場所だ。
兵たちはさらに後方に下げて、ウィンら首脳部とその護衛だけがここで戦況を窺っている。
しばらくすると、皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍が保有する騎兵二五〇〇騎がウィンたちの背後まで前進してきた。
「では行ってくる」
フォロブロン、レンテレテス、ザルヴァーエルらは騎兵に合流すると、岩陰から一気に駆け出した。
続いて、ラゲルス、オルロンデムらに率いられた歩兵一万一〇〇〇が現れた。
「行ってくるぜ、旦那」
「うん、よろしく」
「アークラスム、ラフェルス伯をしっかりお守りするのだぞ」
「オルロンデムに指図される覚えはねえよ」
アークラスムが不機嫌そうに答える。彼は、ウィンの護衛として五〇〇人の歩兵と共に残留するのが不満なのだ。
ラゲルスとオルロンデムは顔を見合わせて苦笑すると、前進を開始した。フォロブロンらが指揮する騎兵が敵の背後を撹乱している間に追い付かなければならない。
「まあまあ、ふてくされないでよ、アークラスム。この五〇〇人が予備兵力として必要になるかもしれないんだし」
「必要にならないかもしれんじゃないですか」
「それなら結構じゃないか」
ウィンはわははと笑った。が、急に顔を引き締めた。
「さあ、総仕上げだ」
◆
ヌヴァロークノ軍は梯子をかけて崖を上ろうとするが、崖の各所の足場に配置された弓兵に阻まれる。
「油だ! どんどん油もってこい!」
ベルウェンの指揮で、煮えたぎった油が盛大に降りそそぐ。
フローデレベンドは憤怒の形相でミラロールを睨み付けた。ここまで手も足も出ないとは、予想していなかった。
もはやミラロール攻略の失敗は明らかである。攻略の糸口がつかめない以上、撤退するしかない。
「陛下、無念ですがここまでのようです」
クーデル三世は無言で頷いた。
王の同意を得てフローデレベンドが撤退命令を出そうとしたとき、地響きを感じた。
「誰か! 背後に物見を出せ!」
フローデレベンドが叫んだときには、既にフォロブロン指揮下の騎兵がヌヴァロークノ軍の背後に迫っていた。
歩兵に背後から強襲するのは実に容易だった。
敵陣に突撃し、短槍で敵兵を討ち取りながら進む。ただし敵陣深くに切り込まず、最後尾の敵歩兵を攻め立てつつ敵陣の西側から東側へと抜けていった。
ヌヴァロークノ軍の南東部に抜けたフォロブロンは、騎兵の損耗状況を確認した。ほぼ無傷だ。
「もう一度行くぞ」
フォロブロンは、東側から西側に薄く敵陣最後尾を剥ぐように突撃した。
騎兵の強襲を防ぎつつ北へと後退したヌヴァロークノ軍は、歩兵の一団を目にすることになった。
皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍の歩兵は、東西に広く展開してミラロールの南側を塞いでいる。
騎兵に撹乱されたヌヴァロークノ軍は浮き足立っており、皇帝軍の歩兵を迎撃する態勢が取れない。
ヌヴァロークノ軍の前衛は、ミラロールから降り注ぐ油と矢によって多大な犠牲を出し続けている。
皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍の歩兵は、じわじわと北上を続けてヌヴァロークノ軍に圧力をかけた。
彼我の距離が五〇メル程度に接近すると、皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍の歩兵は長槍を前に突き出して走り出した。
ヌヴァロークノ軍は恐慌状態に陥った。だが、彼らの逃げ道は北側にしかない。南側から逃げてくる味方に押されて、ヌヴァロークノ軍はミラロールの崖に向かって圧縮されていった。
彼らの足元は、まき散らされた油でぬかるんでいる。
ベルウェンは、そんな彼らを憐憫を帯びた目で眺めてため息をつき、そして右手を掲げた。
「火矢用意!」
ミラロールに籠城している歩兵が火矢を構えた。
「放て」
ベルウェンが右手を振り下ろすと、火矢が一斉に放たれた。それらはヌヴァロークノ兵や油でぬかるんだ地面に刺さった。
そして、炎が上がった。
南側からは皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍の歩兵が進撃を続け、長槍でヌヴァロークノ兵を串刺しにした。ヌヴァロークノ兵に刺さって長槍が使えなくなると、長槍を捨てて剣を抜いた。
ヌヴァロークノ兵は、背中から一方的に切り倒されていった。味方に押された北側の兵は、炎の中に押し込まれていった。
「嫌な戦いだねえ……」
「嫌じゃない戦いなんてありますかね?」
「アデンみたいなこと言うね、アークラスム」
「嫌なこと言いますね、伯爵」
このような残虐な方法を使いたくはなかった。だが、ヌヴァロークノ軍に文句を言われる筋合いもない。
ヌヴァロークノ軍は招かれた客ではないのだから。
◆
フォロブロン、レンテレテス、ラゲルス、オルロンデムら指揮官たちは「王を探せ!」と叫びながら戦場を駆け回った。この吐き気がする虐殺を終えるためには、ヌヴァロークノ王を捕らえるなり首を取るなりするしかない。
この戦いでヌヴァロークノ王国との戦争を終結させるためには、徹底的で決定的な勝利が必要なのだ。
「陛下だけでもお逃げください」
フローデレベンドはどこを見ているのか分からない斜視でクーデル三世を見つめた。
「まさか、我が王に限ってここで死ぬなどという惰弱なことをお考えではありますまいな?」
「フローデレベンド伯爵……」
「誇り高き我が王よ。屈辱に耐えて落ち延びられよ。どこかに居るバンナーボブゾン伯爵の兵と合流するのです。ポレンヌーゾン公爵もご健在です。陛下がいる限り、ヌヴァロークノ王国は戦えるのです」
「だが……」
「我が王よ。私が忠誠を誓ったヌヴァロークノ王は即断即決、果断の人であられる。成すべきことをなされよ。死にゆく私に、偉大な王の姿をお見せください」
クーデル三世は歯を食いしばって一瞬だけ目を閉じると、フローデレベンドの手を握って命じた。
「フローデレベンド伯爵に命じる。余が戦場を離脱するまで余の盾となれ! 汝に『王の盾』の称号を与える。行け!」
フローデレベンドは満足そうにほほ笑むと、周囲の兵に命じた。
「我は『王の盾』である! 我に従う者にも『王の盾』の称号を分け与える。王を守護する名誉を欲する者は我に続け!」
ヌヴァロークノ軍の中央部から、にわかに雄叫びが湧き上がった。彼らは何やらわめきながら、南に向かって突き進み始めた。
敵の剣を自分の身体で受け止め、切り刻まれながら前に進んだ。剣を振り回し、目に映る者全てに狂ったように襲いかかり、血路を開いた。
その中を、クーデル三世は進んだ。傲然と背筋を伸ばし、式典の行進であるかのように誇り高く進んだ。
ヌヴァロークノ兵の死をものともしない前進に、皇帝軍らは恐怖を覚えて後ずさった。




