第二次ミラロール攻防戦 その一
ウィンの妻、カーリルン公ヴァル・ステルヴルア・アルリフィーアがニレロティスから「ミラロール攻略成功」の報告を受けた翌日、ミラロールの南側にヌヴァロークノ軍本隊が出現した。
こうして、「第二次ミラロール攻防戦」の幕が切って落とされた。
クーデル三世とフローデレベンドは、ミラロールの様子を観察した。
「三つの門は閉ざされております」
「切り通しの出口で迎え撃つ策は採らなかったか」
「あれは……空堀が新たに掘られているようです。深さは〇・五メル程度。一体、何がしたいのか」
「人影は見えませんな」
ただ、戦いに際して人が発するわずかな臭いが潮風に乗って漂ってくる。
敵は、居る。
クーデル三世の近習の一人であるデハイデ・ケリネンゾンが進み出て、クーデル三世に兜を差し出した。
クーデル三世は兜をかぶると、おもむろに振り返った。彼の背後には三万三〇〇〇のヌヴァロークノ軍本隊が続いている。
「勇者たちよ! お前たちは数々の苦難と強敵を退けてここに居る。武勲を重ねてここに居る。今一度、余に力を貸せ! ミラロールを解放して我が同胞たちを迎え入れるのだ。ミラロールに籠もる皇帝軍を追い払い、オルドナ伯領の支配権を確立するのだ」
兵たちは短槍の石突(穂先の反対側)を地に打ちつけて同意を示した。
「勇者たちよ! 新たな勳をその手につかめ!」
クーデル三世が左腰から大剣を抜いて天に突き上げると、三万三〇〇〇の兵たちが雄叫びを上げてそれに応えた。
短槍や短剣を頭上に掲げて王を称えた。
戦闘開始の前の緊張感で固くなった体は、大声を出すことで適度にほぐれ、ほどよい興奮で全身が熱くなった。
三万三〇〇〇の兵たちが吐き出す呼気が霧のように立ち込めた。
戦闘態勢は整った。
ヌヴァロークノ軍は、隊列を整えてゆっくり前進した。この街を攻めるに当たって奇策は通用しない。
急造された空堀を越えて門に取り付き、門を破壊し、あるいは崖によじ登り、市内への侵入を図る。ミラロールへの入り口はこの南面しかないのだから、小細工のしようがない。
空堀まで一〇〇メルの距離まで接近したとき、切り通しの門の上に一人の男が現れた。ヌヴァロークノ軍は知る由もないが、ベルウェンだった。
「ヌヴァロークノのクソども! さっさとかかってこいや!」
ベルウェンは大音声で挑発した。
クーデル三世やフローデレベンドは帝国語が分かるが、兵たちは帝国語など分からない。
分からないが、挑発されたことは十分に伝わった。
怒った兵たちは走り出して一気に攻め込んだ。
フローデレベンドは、見え見えの挑発に乗る兵たちに舌打ちしたものの、いずれにせよ強襲しか手がないのだからこの勢いを生かした方がよいと思い直した。
――戦いには、精巧な戦術を勢いが凌駕する瞬間がある。
フローデレベンドの判断は、三つ数える間に覆った。
空堀の南側には、直径三〇セル、深さ二〇セル程度の穴が無数に穿たれていた。
落とし穴と言うほど大したものではない。
だが、これにはまった兵が次々に転倒した。
転倒した際に頭を地面に打ちつける者、足首を痛める者が続出した。ヌヴァロークノ軍は、戦闘が始まる前に多数の負傷者を出してしまった。
門の上に立っている男が、腹を抱えてゲラゲラと笑っている。それがヌヴァロークノ軍をさらに逆上させた。
空堀に到達したヌヴァロークノ兵は、深さ〇・五メルという中途半端な堀を越えるために次々に飛び込んだ。
これも罠だった。
堀の底に落とし穴が掘られていた。落とし穴の底には先を尖らせた杭が埋められており、落ちた兵はその杭で串刺しになった。
オルロンデムがこの作業の指揮を執った。彼は、カーリルン公領統一戦争のザロントム攻囲時も、ニレロティス麾下で陣地構築に貢献していた。オルロンデム家は、城壁の構築などで代々功があって貴族に取り立てられた家系なのである。
フローデレベンドは、下唇を噛んで戦況を見守っていた。何か仕掛けてくるとは思っていたが、このような姑息な手段を使ってくるとは。
横を見ると、クーデル三世は表情を消して黙って戦場を見つめている。
フローデレベンドの視線に気付いたクーデル三世は、フローデレベンドに向かって悲しげに笑いかけた。
「戦いは始まったばかりだ。浮き足立つな」
「はっ」
「空堀なら、じきに埋まる……」
「陛下……」
クーデル三世の悲痛な顔を見て、フローデレベンドは戦慄した。
ヌヴァロークノ兵は空堀に飛び込み続けた。
串刺しになった仲間の上に落ちて、さらに串刺しになる者が続出した。しかし、ヌヴァロークノ兵の死体で埋まると杭の脅威はなくなった。
空堀は、埋まった。
空堀を渡り切る者が現れ始めた。
彼らは切り通しをふさぐ門に取り付こうとした。
それを見たベルウェンは、後方に合図を出して弓兵を前進させた。崖の上に急造した足場や門の上に整列した弓兵は、ヌヴァロークノ兵に矢を放つ。
苛烈な攻撃を受けながらも門に取り付いたヌヴァロークノ兵は、短槍や剣を突き立てて木製の門を破壊しようとした。
ベルウェンは、彼らの邪魔はしなかった。空堀の中にいる兵に攻撃を集中した。
クーデル三世は、初めて表情を曇らせた。
「なぜ門を守ろうとしない」
フローデレベンドも帝国の弓兵の動きに注目した。接近してくるヌヴァロークノ兵への攻撃に専念して、真下で門をこじ開けようとしている者に全く注意を向けていない。
弓兵が攻撃を始めた時期も遅過ぎる。普通なら、ミラロールに近づけたくないと思うはずだ。
「矢を温存するため……か?」
フローデレベンドは違和感の正体がつかめず、苛立った。
ついに、門の一つが破壊された。
ヌヴァロークノ兵は残った木材の間に短槍を押し込み、梃子の要領でバリバリと引き剥がした。
そして彼らが見たものは、切り通しの中に積まれた丸太だった。切り通しの奥行き方向と並行に、丸太がぎっしりと積み上げられている。
門を破ったヌヴァロークノ兵の眼前には、切り通しいっぱいに積まれた丸太の丸い断面がそびえ立っている。丸太の山の上部には物見台状の足場が構築されていて、弓兵が配置されている。
丸太の上に上ることはできない。
本陣を前進させたクーデル三世たちも、切り通しをふさぐ丸太に驚愕した。
これでは切り通しを抜けることはできない。




