ゲンテザイル攻囲
ナインバッフ・グライス軍は三万をゲンテザイル、一万をポルセアルの攻囲に回している。
ポルセアル攻囲軍は、ヌヴァロークノ軍主力を刺激するための陽動だ。
ウィンらによるミラロール攻略から注意を逸らすこと。あわよくばヌヴァロークノ軍主力を引きずり出して、ゲンテザイルにいる主力で殲滅するためである。
ケルヴァーロはゲンテザイル攻囲軍の指揮を執っていた。
まずは城壁だけを標的とした、街自体への損害が少ない戦法で降伏させようとしている。
「やつら、降伏するかな」
「まあ、しないでしょうな」
サンツァーツにあっさり否定され、ケルヴァーロは苦笑した。
「お前は愛想が足りん」
「私がニコニコしても街は落ちません」
「投射機を却下したことを根に持っているのか」
「別に。しかし、実に手緩い。ゲンテザイルは既に敵国の街。容赦は無用です」
「敵国人だが、女も居る」
「自軍の兵よりも敵国人に配慮されるなら、それもよろしいでしょう」
サンツァーツに痛いところを突かれて、ケルヴァーロは言葉をのみ込んだ。以前、そんな話を嫡男のファウフェレスにしたことを思い出す。
――優先すべきは自分の家臣と領民だ。
ケルヴァーロは周囲を見渡した。兵たちが、寒風に耐えながら作業している。軍役によって駆り出されてきた領民もいる。今は農閑期だからいいが、滞陣が長引けば帰りたがるだろう。
「分かった。投射機の準備を開始しろ。さっさと落としてポルセアルに向かうぞ」
投射機は、岩などを投擲する攻城兵器である。
サンツァーツは、油を詰めた樽に火を付けて市内に投射すべきであると進言していた。
数日後に五基の投射機が完成した。石を使った試射で重りを調整すると、油入りの樽の投擲を開始した。
投射機がうなりを上げて樽を撃ち込むたびに火災が発生し、城壁の向こうから悲鳴が聞こえた。
ケルヴァーロは、その様子を無言で眺めた。
◆
ケルヴァーロは人が死ぬのが嫌いだ。断末魔の悲鳴や苦痛を想像して、気分が悪くなる。
「幼少期から人の死を見続けたからだ」と自己分析している。
ケルヴァーロの父は苛烈な人物だった。領内で起こる犯罪を決して許さず、厳罰に処した。
斬首した。
火刑に処した。
罪人の刑が執行されるときは、幼いケルヴァーロを連れて刑場に出向いた。そして、罪人が息絶える様を目を逸らさずに見つめた。
「死にたくない!」と絶叫し、最後まで抵抗する者。
恐怖の余り発狂する者。
静かに死を受け入れる者。
吹き出した血の色。
肉体が焼ける異臭。
ケルヴァーロは父と共にそれを見て、感じた。
人の死が、身体に染み込んできた。
父は残忍でもなければ暴君でもなかった。
処刑を見守る父は無表情を貫いていたが、その目には不快感があった。
決して楽しんではいなかった。
父は、自分が死を与えた者の最後を見届けることが自分の責務だと考えていたのだろう。悲しんだり目を逸らしたりしなかったのは、自分にはそうする資格がないと思っていたのだろう。
そして、領内では盗みや強盗といった犯罪は極めて少なくなった。ナインバッフ公国は、領民が安心して暮らせる国になった。
それは、そうでないことよりも正しいことだとケルヴァーロも思う。
父は、自分のやり方を踏襲しろとは言わなかった。ただ、「成すべきときに成すべきことを成せ」と言い残して死んだ。
◆
「公爵は天幕でお休みになっては?」
サンツァーツが言った。
「火攻めを進言したのは私です。私が見届けます」
「命じたのは俺だ」
新たな樽が投射され、城壁の向こう側で黒煙が立ち上った。
その黒煙を背景に、白いものが城壁の上に掲げられた。サンツァーツは目をこらしてその白いものの正体を見極めると、静かに報告した。
「白旗です」
「よし、攻撃やめ!」
顔色が優れなかったケルヴァーロの口元が、わずかに緩んだ。




