殺戮
「まずい」
後方の高台で戦場を見下ろしていたレンテレテスが舌打ちした。そして、貴族らしからぬ振る舞いをしてしまったことに気付き、レンテレテスは自分に憤慨した。
ベルウェンも皇帝軍歩兵が崩れつつあることに気付いたが、援護できる状態ではない。
目の前のヌヴァロークノ軍を完全に突破するのが先だ。
だが、皇帝軍の崩れが波及してきたら全軍崩壊を止めようがない。
皇帝軍が持ちこたえてくれることを祈りながら、ベルウェンは剣による接近戦を麾下の百人隊長たちに命じた。
「ポロウェス卿を出そう」
ウィンは、やる気が感じられない声で言った。戦闘指揮とは思えない口調だったので、レンテレテスは聞き逃すところだった。
「ポロウェス卿を? しかし……」
「ベルウェンとラゲルスはうまくやれている。しばらくは持つさ。アレス副伯もあれじゃ動けない」
レンテレテスは、軽くうなずくと伝令を走らせた。
「間に合うといいんだけどねぇ」
と、ウィンはつぶやいた。
右翼では、ベルウェン隊とラゲルス隊が敵歩兵を押し込み続けている。既に陣形は崩れ、第一列も第二列もその後ろも入り乱れているが、全体としては押している。
だが、決め手に欠ける。
そこに、バルエイン麾下のラフェルス・カーリルン軍騎兵が突出し、敵左翼に横槍を入れた。
ヌヴァロークノ軍が一気に崩れる。
「へっ、やっとお出ましか」
ラゲルスは憎まれ口をたたきながら、周りの百人隊長たちに「仕上げだ! 気張れよ、お前ら!」と叫んで士気を引き締めた。
レンテレテスは、眉間の皺をさらに深くしていた。
「レンテレテス卿、あまり怒ると顔に皺が残るよ」
「しかし、あやつらの無様さときたら……」
レンテレテスが怒っているのは、オルロンデムとアークラスムの動きが鈍かったことだ。
「騎兵の本分は、歩兵の動きに合わせて効果的な頃合いを見計らうこと」
「バルエイン卿はさすがだねえ」
「オルロンデム隊とアークラスム隊もバルエイン卿と連携していれば、より効果的だったはず」
「あの二人、部隊指揮は初めてなんでしょ? 多目に見てあげなよ」
「二人の主君がそうおっしゃるのでしたら、『そこそこ』にとどめておきます」
「やっぱり怒るんだ」
オルロンデムとアークラスムはカーリルン公領統一戦争にも参加していたが、部隊指揮は任されていない。彼らには経験が足りなかった。
バルエイン隊の突撃、そして時宜をやや外したがオルロンデム隊とアークラスム隊も突撃して、ラフェルス・カーリルン軍が戦っているヌヴァロークノ軍歩兵はほぼ崩壊した。
だが皇帝軍が崩れればラフェルス・カーリルン軍もただでは済まない。
そのとき、ポロウェス麾下の騎兵が戦場を大きく回り込み、皇帝軍正面の敵歩兵に攻撃を仕掛けた。わずか七〇〇騎とはいえ、新手が出現したことでヌヴァロークノ軍は動揺した。
ウレスペイルは、その隙に歩兵の混乱を収拾することに成功した。敵歩兵が後方に下がったことで、精神的な余裕が生まれたらしい。
「槍を前に突き出せ!」
ウレスペイルは新たな命令を下した。太鼓の音で各部隊指揮官に命令が伝えられる。
各部隊指揮官は「槍を突き出せ」と命じた。
長槍による槍ぶすまが完成した。
ウレスペイルは、長槍で敵をたたくことは諦めた。練度が低いなら、単純な命令を実行させるまでのことだ。
「各隊、前進! 前進! ひたすら前進!」
騎兵の出現で動きが乱れたヌヴァロークノ軍に、ウレスペイル麾下の皇帝軍歩兵が壁のように接近した。長槍を前に突き出しているのでヌヴァロークノ軍は彼らに接近できず、壁に押されるように下がるしかなかった。
◆
「勝ちましたな」
レンテレテスがつぶやいた。
「ヌヴァロークノ軍の戦法を知らなかったら危なかったね」
「後は、完勝を飾れるか否か」
「アレス副伯とポロウェス卿ならやってくれるでしょ」
◆
「私に続け!」
フォロブロンは、温存していた皇帝軍騎兵に叫んだ。
皇帝軍騎兵は、最左翼の西側を大きく迂回してヌヴァロークノ軍の背後に出つつある。バルエイン隊、ポロウェス隊、オルロンデム隊、アークラスム隊も敵陣を突破して敵の背後に展開した。
ウィンは後方の丘の上でその様子を見て、とても嫌そうに顔をしかめた。
「後は、ヌヴァロークノ軍の出方次第ですな」
「早く降伏してほしいけど……」
「難しいかもしれませんね……」
降伏を拒否するなら殲滅するしかない。彼らをミラロールに入れるわけにはいかないのだから。
背後から騎兵に攻められ、前面からは歩兵に圧迫される。
ヌヴァロークノ軍は、もはや組織的な戦闘が不可能になった。
自暴自棄になった個々人が戦いを継続している。
傭兵たちは、敵陣に短剣で切り込んで着実に敵兵を減らしている。彼らも血に飽いているが、殺さなければ殺される。
ヌヴァロークノ軍は抵抗をやめない。
遠目にも、包囲網が狭まっていることが分かる。
つまり、ヌヴァロークノ軍は減少している。
しかし戦闘が終わる気配がない。
「ちゃんと降伏を呼び掛けてるのかい?」
ウィンは、珍しく苛立った声を出した。
「ポロウェス卿にしてもアレス副伯にしても、殺戮を好む為人ではありません。しかし……」
あの様子では、ヌヴァロークノ軍は指揮系統を失っているのだろう。戦闘中止を命じる者もおらず、無我夢中で抵抗を続けている状態だ。
――あれでこちらの降伏勧告が耳に届くのか。
レンテレテスも歯がゆい気持ちで眺めるしかなかった。
さらに時を経て、疲労と絶望感で戦意を失った一部のヌヴァロークノ兵が仲間に降伏を呼び掛けた。それをきっかけに、ヌヴァロークノ兵たちは武器を捨ててひざまずいた。
こうして、ようやく戦闘が終了した。
ヌヴァロークノ軍は三〇〇〇人以下に減っていた。




