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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
魔手

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娼館襲撃事件

 フェットは、その日もフェット団のたまり場で無為の時間を過ごしていた。


 左腕には、ニネヴァという少女が絡み付いている。以前、フェットが気紛れに犯したら、それ以来女房ヅラで付きまとうようになって今に至る。

 貧民街では強姦など珍しくもない。だが「フェットの女」と認識されれば他の男は手出しをしてこない。ニネヴァにしてみれば、フェットの相手をするだけの方が安心だし楽だった。


 煩わしい、とフェットは思っている。


 他の連中は、酒を飲んだり博打を打ったりしながら騒いでいる。こいつらもまた煩わしい。

 何もかも煩わしい。

 フェットは目に映るもの全てに苛立ったが、それならばなぜこのたまり場に来るのか。ダゼゾボと暮らしていた小屋に籠もっていれば苛立つこともないというのに。

 不可解な行動を取る自分が何よりも煩わしかった。


 ある日、ベドナという少女がおずおずと近づいてきた。フェットは少し考えてから、「二、三回犯した娘か」と思い出した。ニネヴァはベドナを睨み付けた。「フェットの女」の地位を奪われると思っているのだ。


 ベドナは、「娼館に売られた姉アドナを救ってほしい」とフェットに懇願した。アドナは器量がそこそこ良かったため、貧民街の大人たちにさらわれて娼館に売られてしまったのだという。


 だからどうした、としか感じない。


 貧民街だろうと娼館だろうと、女はヤラれるだけの存在に過ぎないのだから、どこに居ても同じだ。


「一体何が問題なんだ?」


フェットには、全く理解できない。


 すると、ニネヴァが横から「フェット、助けてやりなよ」と口を挟んできた。それどころか「ベドナがかわいそうだ」などと口走っている。ベドナを嫌っているニネヴァが彼女の味方をするとは珍しいこともあるものだ。


 もう一人、ゲベンという少年もアドナを取り戻してほしいと言い出した。彼は以前からアドナに懸想していた。だから以前、アドナを犯した後、


「ほらゲベン、お前もヤッていいぞ」


 と言ってやったのだが、ゲベンは結局何もしなかった。そのため、ゲベンは彼女への関心をなくしたのだろうとフェットは思っていた。


 三人がフェットに救出を迫っているのを見て、他の少年少女も集まってきた。彼らは大した思慮もなく、その場のノリにのまれて「フェット、やろうぜ!」と言って勝手に盛り上がっていった。

 そのうちに、フェットも「娼館の連中に一泡ふかせてやるのも面白い」と思い始めた。


「やるか」


 フェットは立ち上がった。


 ――どうせやりたいこともないのだ。せめて誰かが嫌がることをしてやろう。


 アドナが売られた娼館は、ゲベンが知っていた。娼館街をうろついて、彼女が窓辺に座っているのを見つけたのだという。一体何日通ったのやら、大した執念だとフェットは感心した。


 作戦など特にない。裏口から忍び込み、目に付く男を片っ端からフェットが殺す。その後ろにゲベンたちが続き、アドナを見つけて連れ出す。フェットが殿(しんがり)に回って退却する。

 フェットがダゼゾボと一緒にやった暗殺仕事の動きを応用しただけだ。失敗したら、他のガキどもを捨てて逃げるだけのことである。自分だけなら逃げ切れると気楽に考えていた。


 そして、目的の娼館の裏に到着した。


 裏口には鍵がかかっていたが、ボンキーという少年が奇妙な道具を使って解錠した。盗人だった父親から受け継いだ道具だという。

 ここからはフェットが先導した。用心棒らしき男がいたが、背後から迫って左手で男の口を押さえると首に小刀を突きさし、音もなく片付ける。

 脱出時のことを考えて、まず徹底的に店の者を「掃除」することにした。

 十人ほど片付けてから、本格的にアドナを探す。運良く、最初の「客室」で客に乗られている最中のアドナを発見した。客は行為に夢中でフェットたちが入ってきたことに気付いていない。

 フェットは背後から近づいて、男の首をへし折った。


「アドナ、逃げよう!」


 ゲベンが彼女の手を引っ張ると、彼女はその手を振りほどいた。


「逃げるって、どこに行くのさ」

「俺たちの街に戻ろう」


 するとアドナは憎悪に満ちた目でゲベンを見ると、「絶対に嫌だ」と拒絶した。貧民街になど戻りたくないと言う。

 フェットは面倒なことが嫌いだった。そして、わざわざ助けに来てやったのに拒絶されたことが不快だった。


「ガタガタうるせえよ」


 アドナの腹を蹴り上げて気絶させると、寝台の周りに散らばっていた服をアドナに適当に引っかけてゲベンに背負わせた。

 だが、店の裏口に向かう途中で娼婦の一人に見つかった。フェットたちと転がっている死体を見て、彼女は絶叫した。その声に驚いた客や娼婦も部屋から出てきて、大混乱になった。

 フェットはゲベンたちを先に逃がすと、追ってくる大人たちを片付けながら彼らの後を追った。



「何だか騒がしいね」


 騒ぎに気付いたウリセファが窓から外を眺めると、向かいの店から少年たちが転がり出てくるところが見えた。少年の一人は女を背負っている。


「ふん、足抜けかい」


 ――こんな騒ぎを起こすとは、下手を打ったね。


 彼女は笑った。

 すぐに捕まって終わりだ。

 と思ったら、最後に出てきた少年がしなやかな動きで大人たちの攻撃をかわした。首筋を切りつけたのか、大人たちは次々に首から血を吹き出して倒れる。


「へえ、やるじゃないか」


 一人で数人の大人を殺して逃げる少年に興味を持ったが、ここからでは遠くてよく見えなかった。それが自分の実の弟(リルフェット)であるなどとは、想像すらしなかった。


 少年たちを追う大人たちが視界から消えると娼館街は日常に戻り、ウリセファは興味を失った。



 ある娼館から出てきた一人の男の前を、少年たちが駆け抜けた。そして、最後尾の少年が目の前を通過したとき、男の記憶が刺激された。


「あの少年……まさか」

ご笑覧いただき、ありがとうございます。

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次回から、オルドナ戦争が本格化。北部のウィン、南部のケルヴァーロの戦い、その結末とは?

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