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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
帝国監察使

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フォルゴッソ

 ウィン一行の宿営地が襲撃を受けた二日後、レーネットに仕えているフォルゴッソが訪ねてきた。


 午睡を邪魔されたウィンは顔をしかめた。


「え、もう来たの? せっかちだなあ」

「フォルゴッソ卿としては十分待ったと思っているでしょうな。追い返しますか?」


 フォロブロンの問いに、ウィンはやれやれという顔で面会すると答えた。レーネットを外して確認したいこともある。


 フォルゴッソが天幕に入ってきた。非常に痩せた禿頭の老人だ。

 フォルゴッソの肉付きが全くない手足を眺めて「火を付けたらよく燃えそうだな」などと思いながら、ウィンはフォロブロン、ベルウェン、ムトグラフの三幕僚を紹介した。フォルゴッソは、帝国爵位を持つフォロブロンにはあからさまにへりくだり、平民のベルウェンには見下すようなそぶりを見せた。


 一方、ヘルル貴族に過ぎないが監察使の地位にあるウィンに対しては、どのような態度を取るべきか戸惑っているようだ。ここに来る前にある程度は腹を決めていたはずだが、ウィンよりも身分が高いフォロブロンの存在によって改めて混乱したらしい。

 フォルゴッソの様子を見て、フォロブロンは同情した。ベルウェンは明らかに面白がっているが、失笑寸前で何とか踏みとどまっている。ムトグラフは無表情で黙っている。

 しばらく逡巡した後、どうやら「皇帝の代理人たる帝国監察使殿」で整理が付いたらしい。フォルゴッソは威儀を正して来訪の目的を話し始めた。


「言うまでもないことですが、ロンセーク伯(レーネット)がナルファスト公を継ぐことは既定事項。つつがなく襲爵できますよう、監察使殿のご助力を賜りたい」


 そう言って、取り出した革袋をウィンの前に置いた。革袋から金属がぶつかり合う音がした。フォロブロンが不快そうに眉をひそめて革袋の中を確認すると、帝国金貨がぎっしり詰まっていた。


「フォルゴッソ卿、貴公は監察使を買収しようと……」


 と言いかけたフォロブロンの声にウィンの声が重なった。


「くれると言うなら受け取るけど、ロンセーク伯が得をすることはないよ」

「受け取るのか? セレイス卿」


 皇帝直属の監察使ともなると、行く先々で歓待を受ける。さまざまな付け届けも舞い込む。ナルファスト公国への道中も、行く先々で諸侯や領主から金品が持ち込まれた。監察使というのは役得が多いとは聞いていたが、現実はフォロブロンの予想を超えていた。

 ただ、ウィンはもらった金品を兵たちに気前よく分けてしまうので、本人の懐には大して残っていないように見える。


 にしても、フォルゴッソが持ってきた金貨は桁が違う。受け取って、それで終わりというわけにはいかないのではないか。


「受け取らないと殺されるんだよね」


 監察使になった当初、ウィンは賄賂の受け取りを固辞した。すると、後ろ暗いところのある人間は疑心暗鬼に駆られる。ウィンのお目こぼしを得ようとして、増額を申し出る。脅す、すかす、なだめる、果ては泣き落としなどの手管を使って賄賂を受け取らせようとする。

 それでも受け取らないとなると、もはやウィンを亡き者にするしかないと思い詰める者も出てくる。思い詰めるだけならいいが、実際に襲撃されたこともある。

 それなら受け取った方がマシ、というのがウィンの言い分なのである。


「受け取ったら受け取ったで、みんな怒るんだよね。『大金積んだのになぜ逮捕されるんだ』とか。だから『要らない』って言ったのに」

「監察使というのも楽ではないのですねぇ」


 ムトグラフがしみじみと感心してウィンをねぎらった。


 「それにしても」と、フォロブロンは言わずにいられなかった。

「受け取ったからには手心を加えよう、という発想はなかったのか。あからさまに便宜を図ったりはしないとしても、賄賂をもらえば後ろめたさや好意も生まれるだろう」

「受け取ってほしいってのは相手の事情でしょ。そんなのに付き合ってたら仕事にならないよ。私は命じられた仕事をするだけ。そもそも私が派遣される時点でほぼクロなんだよ。私が手心を加えても、他の監察使が派遣されるだけさ」


 筋は通っている。フォロブロンは少し感心した。


 放置されたフォルゴッソは、泣き出しそうな顔でこのやりとりを眺めていた。交渉の糸口が全くつかめない。


 フォルゴッソの存在を思い出したウィンは、「というわけで、この金貨を受け取ってもロンセーク伯に得なことは何もないよ」と改めて受け取りを拒否した。

 だが、一度差し出したものを引っ込める訳にはいかない。フォルゴッソは、表情の選択に困って何とも形容し難い顔になった。


「と、とにかく、それはロンセーク伯のお気持ちということで、そのままお納めください」

「じゃあ、軍資金の足しにさせてもらうとしようか。ムトグラフ卿、帳面に載せといて」


 ウィンは金貨が詰まった革袋をムトグラフにぽいと放り投げた。これで金貨の話は終わりとばかりに、金貨には一瞥もくれずフォルゴッソに向き合った。


「フォルゴッソ卿に聞きたいこともいろいろあるしね」

「何でしょうか。何なりとお尋ねください」

「ロンセーク伯はナルファスト公(オフギース)を殺したの?」


 あまりにも芸のない質問に、全員がのけ反った。もう少し聞きようがあるのではないか。フォルゴッソは絶句したものの、何とか立て直して答えた。


「めっそうもない。ナルファスト公の突然のご逝去をロンセーク伯は心から悲しんでいらっしゃる。とても仲の良い親子で、ナルファスト公はロンセーク伯の理想の目標であられた。そんな父を手に掛けるなど、ロンセーク伯にできることではありませぬ」

「じゃ、サインフェック副伯(スハロート)が殺したんだ」

「あり得ぬことです。サインフェック副伯もナルファスト公を慕っていらっしゃった。ナルファスト公ご一家は本当に仲が良ろしく、ほほ笑ましい限りでした。サインフェック副伯が殺したとは思えませぬし、そもそもナルファスト公は誰かに殺されたわけではなく病死なのです」

「病死なの? 証拠は?」

「医師の見立てでは不審な点はないと。私が見たところ、外傷もありませんでした」

「毒殺なら外傷がなくても成立するけど」

「医師の見立てでは不審な点はないと申し上げました」

「ふむ、その医師が怪しい。拷問しよう」


 ウィンは真顔で酷いことを言い出した。フォロブロンとムトグラフはぎょっとしたが、天幕の隅で黙って聞いていたベルウェンは耐え切れなくなってとうとう失笑した。


「拷問……ですか。それでお気持ちが済むなら……」


 フォルゴッソはあっさり受け入れた。ナルファスト公の遺体を調べた医師は身分が低いのだろう。貴族というものは、身分が低い者の安否にさほど関心を示さない。


 ウィンは少し眉を曇らせてから、名案を思い付いたという顔になった。


「ふむ、フォルゴッソ卿が何か記憶違いをしているという線も考えられる。ここはひとつ、貴公も軽く拷問を受けてみるというのはどうだろう。指を二、三本も折れば、忘れていたことを思い出すかもしれない。貴公の記憶を呼び起こすためなら喜んで協力しようじゃないか」


 やる気が感じられない目で淡々と提案するウィンに、フォルゴッソは「馬鹿な!」と叫ぶのを辛うじて抑えた。皇帝の代理人に対する暴言は致命的になりかねない。


「私の記憶は確かでございます。監察使殿のお手間を取らせるには及びませぬ」

「そう? じゃ信じるとしよう」


 そう言って、ウィンはわははと笑った。

 フォルゴッソが医師をあっさり差し出したことが気に入らなかったのだろう、とフォロブロンは悟った。


「サインフェック副伯は、ロンセーク伯がナルファスト公を殺して簒奪を図ったと主張していらっしゃるとか。フォルゴッソ卿は先ほどサインフェック副伯をかばわれましたが、セレイス卿を味方に付けたいならサインフェック副伯の陰謀だと主張された方が効率的なのでは?」


 ここでアデンが口を挟んだ。フォルゴッソは突然現れたアデンに驚愕し、目を丸くしている。ウィンはというと覇気のない目でほほ笑むばかりで何も言わない。混乱というよりも恐慌状態に陥ったフォルゴッソは、助けを求めるようにフォロブロンとムトグラフに目を泳がせた。


 仕方なく、フォロブロンが助け舟を出すことにした。


「それはセレイス卿に仕えるアデンという奴隷だ。誰彼構わず口を挟んでくる困ったヤツだが、『そういうもの』だと思って気にしないことが肝要。アデンの存在に引っ掛かっていると話が進まぬ。貴殿を取って食ったりはしないから安心召されよ」

「さ、左様で」


 フォルゴッソは手拭きで額の汗を押さえた。思い描いていた展開にどうしても持ち込むことができない。道化者の若造と侮っていたが、生易しい相手ではない。


 アデンは続けた。


「フォルゴッソ卿はサインフェック副伯の後見役。そのあなたがロンセーク伯のおそばでロンセーク伯の公位継承を支援しているというのは奇妙に見受けられますが」

「アデン……殿のご指摘はごもっとも。おかしな役回りであることは自覚しております。しかし、最も重要なことは公国の安寧。ナルファスト公がご健在であれば公の手のひらの上で両派が切磋琢磨するのも結構ですが、公が奇禍に遭われた今となっては争い合っている場合ではござらぬ。予定通りロンセーク伯が公位を継承し、サインフェック副伯にはご恭順いただき、兄弟が再び相和して公国を治めるを最良と心得ます」


 実にまっとうな話だ。

 だが、これが実現しないのはなぜなのか、と一同は首を捻った。


「後見役であるフォルゴッソ卿がサインフェック副伯の下に自ら赴いて説得してはいかがか」


 今度はウィンが提案した。


「それも考えましたが、サインフェック副伯の陣営ではナルファスト公殺害の下手人は私ということにされており、私が赴いても話をする前に殺されかねません。ロンセーク伯陣営にはサインフェック副伯派に敵愾心を抱く者も多く、サインフェック副伯のお立場を代弁できる私がいなくなれば急進派が暴走するやもしれません」

「サインフェック副伯がここまで態度を硬化させた原因に心当たりは? 元々兄弟仲は良かったのであろう。ここまで話がこじれているのは得心しかねる」


 フォロブロンが難しい顔で尋ねる。

 さらに「兄弟が腹を割って話し合えば済むことではないのか」と言いかけて、苦虫をかみつぶしたような顔で口をつぐんだ。


「ロンセーク伯にお仕えしていたデズロントが原因であると思われます。ナルファスト公がお亡くなりになった直後にこの者が出奔し、サインフェック副伯陣営に駆け込んであることないこと吹き込んでいるようなのです」

「つまりフォルゴッソ卿は、サインフェック副伯に非はなく、デズロント卿が元凶であると主張するわけだね。なら話は簡単だ。監察使権限でデズロント卿に召喚命令を出す。場合によってはフォルゴッソ卿と直接話し合っていただく。よろしいね?」


 ウィンが提案するとフォルゴッソは明らかに狼狽し、吹き出す汗をせわしなく拭い続けた。


「お加減が悪いようだが、医者でも呼ぼうか。それとも指を二、三本……」

「いや、お気遣いは結構。では私めはこれにて」


 逃げるように退出したフォルゴッソを見送りつつ、この会見の主導権をウィンが握り続けていたことにフォロブロンは気付いた。フォルゴッソなどよりはるかに高位の諸侯とも渡り合ってきたのは伊達ではないということか。

 それにしても、フォルゴッソの様子は変だった。変人監察使に混乱させられただけとは思えなかった。


「ロンセーク伯の心情を思えば、サインフェック副伯とは和解したい。だが監察使が出張るまでの事態になった責任者は必要。デズロント卿一人に罪を着せて解決、というのは悪くない筋書きだな。両派の和解を主張するフォルゴッソ卿としてもこの方向に持っていきたいというのが自然なはずだが……」

「我々がデズロントと接触するのは嫌みたいだね。いやはや奇妙奇天烈」


 ウィンはわははと笑い、そのまま横になるとたちまち寝入ってしまった。


 「お前が一番奇天烈だ」とフォロブロンは思った。


 そのとき、「ウィンはいるかい?」とアディージャがやって来た。アディージャの視線を受けて、ベルウェンが「俺に聞くなよ」という顔をしながら顎でウィンの方を指し示す。そこには床に転がってすやすや眠っているウィンがいた。


「また寝てるのかい!」


 アディージャはウィンの頭を蹴飛ばした。


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