密談
「で、ソルモン卿の返事は」
「足を負傷されたとのことで、完治したら参上する、と」
「どいつもこいつも、病気だ怪我だ不作だ親が死んだと、理由を付けて領地から動こうとしない」
参陣を渋る返事を聞かされたプテロイルの怒号が聞こえる。
監察使がナルファストに駐屯して以来、檄文に応じる領主は激減した。レーネットが握っている兵力は減る一方である。
レーネットは日に日に口数が少なくなっていった。
本来のレーネットは、国境地帯に出没したアルテヴァーク人を撃退したり山賊を討伐したりと、戦場を駆け回る武人だ。調略などというものには向いていない。こうして城に籠もって檄文を送り続ける戦いは性に合わない。
レーネットは、椅子の背もたれに体重を預けて腕を組み、口を閉ざしていた。時折、人さし指で上腕の筋肉をとんとんとたたくので、眠っているわけではないことは辛うじて分かる。
「調略に何かご不満でも?」
「不満などあるわけがない。特に今回はナルファスト公国内の問題だ。ナルファスト人同士が戦うことは回避したい。だが、向いていない」
ネルドリエンの問いかけに答えて自嘲すると、目を開けてプテロイルを眺めた。彼はまだ怒鳴り散らしている。
調略というものは、単に領地の加増や役職の約束といった利益で釣るだけではない。親兄弟、親族、婚姻関係を突いて情に訴えたりもする。ある領主がスハロート側についたら、その隣の領主をレーネット側に引き込んで牽制する。さらに、周囲をレーネット側で囲い込めればスハロート側に付いた領主を寝返らせる可能性も高まる。
ワルフォガル城の一室に、領地の配置を記した地図や各家の系図が所狭しと広げられている。これらを見ながら「この領主に誘いをかけよう」「この領主にはあの領主に声を掛けてもらおう」などといったことを繰り返している。
血は流れていないが、これは戦いだ。
調略戦の空気にうんだレーネットは、夜風を求めて露台に出た。
モルステット山脈から吹き下ろす涼風が、彼の心の澱を心地よく吹き飛ばす。
ふと庭を見下ろすと、二つの人影が話し込んでいるのが見えた。人目を避けているのか。暗がりに身を潜めるように立っている。単なる立ち話には見えない。無論、声は聞こえない。
レーネットは視線を星に向けた。
そこに、地上の醜さはない。
見慣れた星々が、人間たちを無言で見下ろしている。
愚かな人間たちを、無言で見つめている。
――いや、星から見れば、人間も地を這う蟻と大差はないか。
空にまたたく無数の「星」というものが何であるか、レーネットは知らない。大きいのか小さいのか、空に浮かんでいるのか、「空」というものに張り付いているのか。
ただ、方向を読むために星の見方はたたき込まれている。時間とともに動くこと。季節によって見える星が異なること。ほとんどの星の配置は変わらないが、月とごく少数の星は位置を変えることは知っている。
その、決して手が届かない小さな光は、神々であるとも、人の魂であるとも聞く。無数の星々を眺めていると、自分がひどく卑小なものに感じられて、レーネットは軽い眩暈を覚えた。
星々に酔って無意識に視線を下げると、先ほど話し込んでいた一方が城門の方に走り去る姿が見えた。尋常ではない様子に眉をひそめていると、もう一人がゆっくりと城に向かって歩いてきた。
月明かりが男の顔を一瞬だけ照らした。
フォルゴッソだ。
フォルゴッソは、人目を確認してから城内に入った。
――そんなにも人目をはばかる必要とは何か? もう一人と何を話していたのか?
だが、領主たちが参陣を渋り地盤固めもおぼつかない状態で、スハロート派との人脈が太いフォルゴッソを安易に刺激するわけにはいかない。不審とはいえ、証拠もない。知人と話をしていただけだと言われたら、それ以上問い詰める根拠もない。
だが湧き上がる不信感は抑えようがなかった。
――最も信頼していた弟すら、敵になってしまったではないか。
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