ブロンテリル村
ウリセファ一行は、ブロンテリル村に無事到着した。1日に20~30キメルほどしか進めず、3日を要した。
馬車は路面の凹凸の影響を直接受けるため、石畳が整備された市街や街道以外では非常に乗り心地が悪い。これに公妃が耐え切れず、休憩を挟みながらの移動になったのだ。
ウリセファもつらかったので、母が休憩を所望したことに非常に助けられた。実際には、ウリセファの顔色が悪いことに気付いた公妃が休憩を要求していただけだったが。
市街や主要街道では気付かなかったが、馬車がこれほど乗り心地の悪い乗り物だとは知らなかった。振動が激し過ぎる。車輪の振動を吸収するような仕組みがあったらいいのではないか。継承問題が片付いたら、研究してみるのも悪くない。
リルフェットはブロンテリル村が気に入ったようだ。ワルフォガルからほとんど出たことがないので、田園風景が新鮮に映ったのだろう。
母はウリセファに礼を言うと、割り当てられた部屋に下がった。精神面は強いが体力はあまりないので無理もない。やはり馬車旅はこたえたようだ。
村の人々はウリセファ一行を大いに歓迎してくれた。ウリセファのことを姫様姫様と言ってありがたがっている。身を隠すために来たのだとウリセファが説明すると、村人は絶対に公妃様と副伯様を隠してみせると請け負った。なけなしの野菜や卵を持ち寄り、素朴な料理を振る舞ってくれた。リルフェットがその料理を恐る恐る口にし、「おいしい!」と言うと大いに喜んだ。
この日、母は部屋から出てこなかった。村人たちにナルファスト公の死を伝えると彼らは大いに嘆き、公妃の気持ちを慮って我が事のように泣いた。
初めてやって来た領主にこんなにも尽くしてくれる村人に、ウリセファは驚いた。ファイセスをはじめとする騎士たちや村人の献身を受ける資格が自分にはあるのだろうか。彼ら彼女らに、自分は何一つしてやったことなどないというのに。
自分にできることで彼らに報いなければならない。
その前に、まずは母とリルフェットが村での生活に馴染むのを見届ける必要がある。2人の生活が落ち着かなければ村を安心して離れることができない。
続いて情報を集めることにした。といっても自分には大したことはできない。騎士たちに、近くの街に行ってもらうことにした。「自分にできること」などと言いつつ、結局人を頼ることしかできない自分が歯がゆかった。
騎士たちが集めてきた話を総合すると、スハロートの居場所は依然として不明。レーネットにも大きな動きはなさそうだ。また、どの街でも、監察使が軍勢を率いてナルファストに乗り込んできたという話題で持ち切りだったという。監察使が何をするつもりなのかは不明だが、ナルファストの情勢を大きく左右することは間違いない。
スハロート探しを優先することも考えたが、ウリセファはまず監察使に会いに行くことにした。帝国が何を考えているのか、知っておきたかった。
一人で出立の準備をしていると、ファイセスに目的を聞かれた。デルドリオンにいる監察使に会いに行くというと、ファイセスも同行するという。ウリセファは一人で行くと主張したが、ファイセスはそれを受け入れなかった。
「公女様が母君と弟君をお守りしたいと思うのと同様、皆も公女様をお守りしたいと望んでいます。我々にはそうする権利があります」と言って、公妃とリルフェットの護衛として村に3人残し、ウリセファには2人が同行すると主張した。ファイセスは騎士のソド・ワインリス・レッセソンと村の少女エネレアを連れてきた。
「男だけでは細かいところに気が回りません。おそばに女性がいた方が何かと便利でしょう」と言って、エネレアを侍女としてそばに置くことを提案した。
「ファイセス卿は細かいことに気が回る方ですね。ではエネレア、これからよろしくお願いします」とウリセファに声をかけられ、エネレアは喜びのあまり失神しそうになった。ナルファスト公女に親しく声をかけられるなど、辺境の村の娘にとっては想像を絶する出来事だった。
「はい! 死ぬ気でがんばります! 死んでも構いません!」と涙を目にためて叫ぶ。
「死なれては困ります。死なない程度にしてね」とウリセファは笑った。とてもとても久しぶりに心から笑った。




