居眠り卿
デルドリオンは人口四〇〇〇人程度の街である。この街に三〇〇〇の兵を入れるのは無理があるので、ウィンは城壁の外側に宿営地を設営することにした。
宿営地の周囲には堀と土塁を巡らす。この作業はフォロブロンとベルウェンが統括した。慰安も兼ねて交代で兵を街に宿泊させたり物資を周囲の街から集めたりする手配は、ムトグラフが担当した。
ウィンは彼らに手配を丸投げすると、いそいそと昼寝の準備にとりかかった。
「デルドン見物はしないのですか?」
「アデンは見たいのかい?」
「奴隷身分に物見遊山をする権利などありません。景色を愛でる趣味もありません」
アデンの返答は相変わらず愛想がない。もっとも、ウィンも景色にはあまり興味がない。即物的で、情緒を解さない。
――“デルドンの朝日”って一体何だ? 朝日などどこで見ても同じだろう。
「取りあえず、我々がデルドリオンに陣取ったことで事態の急変は防げるだろう」
「日和見を決め込んでいる領主たちは、両陣営への参陣を控えるでしょう。これで勃発的な軍事衝突の可能性は減りましたね」
現時点の情勢で固定して交渉の時間をかせぐ、というのがウィンの狙いである。
「ところで、ロンセーク伯とサインフェック副伯のどちらから話を始めますか」
「ロンセーク伯の言い分は想像が付く。となると気になるのはサインフェック副伯の言い分だね。真意がまるで分からない」
「サインフェック副伯はロンセーク伯がナルファスト公を殺害したと主張しているようですが」
「それが本当なら、ロンセーク伯にはもう少しうまい殺し方があったはずだ。そもそもそんな御仁には見えなかったな」
「人は嘘も吐けば演技もしますよ。ウィン様にそれを見抜く眼力があるとは思えませんが」
「相変わらず手厳しいね。まあ今考えても仕方がない」
「全く考えておかないわけにはいかないでしょう」
「話をこじらせているのはサインフェック副伯だ。彼の主張を聞くまでは、判断のしようがないじゃないか。もう寝るから、話は以上!」
フォロブロンとベルウェンが天幕に戻ると、板材の上でウィンが熟睡していた。
「あんな板の上で寝たら、起きたときに体中が痛むだろうに」
「大将は意外に平気らしいですがね。さすが『居眠り卿』だ」
ベルウェンはウィンの仕事を何度か見ており、どうやらそれなりに評価しているらしい。フォロブロンにとってはこれがウィンとの最初の仕事であり、ウィンの手腕については未知数だ。
「ベルウェン殿は監察使と何度か組んでいるのだろう? 実際のところ、どうなのだ」
ベルウェンは少し左眉を上げると、ふふんと笑った。
「今回を入れて三回ですな。面白い男だ」
「面白い?」
「優秀……なのかね、アレは。まあ、イカれてる、あるいは面白いとしか言いようがない」
「確かに、噂に違わぬ奇人ではあったが……」
「今のところまだおとなしいですぜ。前は海賊騒ぎを起こしやがった」
「海賊!? まさかファッテン伯領の騒ぎか」
「アレですよ。メチャクチャに引っかき回した挙げ句、何だか丸く収まっちまいましたがね。ひでぇ目に遭った」
一年前、帝都でも話題になった事件に関係……というか首謀者なのか? とにかくあの事件に絡んでいたとは。あれを丸く収めただって?
「これは俺の勘ですがね、大将は優秀だから監察使にされたってわけじゃねえって感じですな」
「優秀じゃないのか」
「いや、だから面白いんですよ、そこは。要はね、何やら上の方に思惑があって監察使をやらせてる、気がする」
珍しくベルウェンの歯切れが悪い。だがベルウェンが言わんとしていることは分からなくもない。年齢、身分、職位、全てがチグハグなことには理由があるはずなのだ。その違和感を除外すると、「面白い」と表現するしかないのだろう。
何かと欲得ずくのベルウェンがウィンに関しては甘いように見えるのも、その辺りにあるのだろう。そう冷静に分析している自分もウィンを受け入れつつあることに、フォロブロンはまだ気付いていない。




