第23話 変な虫の鳴く頃に
ものの見事にアイとだいだらぼっちの快挙により、風属性の遣いの法勢達は瞬く間に駆逐されるに至ったのであった。
やはりその様は一方的な殺戮に見えてしまいかねないものであるのだが、例によってこれは星が用意した試練であるが為に、この撃退は気兼ねなく行って構わないものであるのだった。
そのようにして安全な敵襲をクリアした一行は、この風の洞窟の残りの道のりを練り歩いて行くのであった。
幸か不幸か、この洞窟での敵襲は一切行われずに滞りなく先を行く足は順調に動いていったのである。
この辺りも、星の意思が考慮してくれているのであろう。過剰に法勢をけしかけてしまっては、その旅に支障をきたしかねないというものであるのだから。
こうして一同は、とうとうこの風の洞窟を抜けるに至るのであった。
そして、彼等を待っていた光景はこれだった。
「ほぇ~……」
その光景を見ながらミナトが思わず感嘆の声を漏らしてしまったのは無理もない事であろう。
何せ、彼等を出迎えてくれたこの場所は、見事なまでの頭一つ抜けた位置に存在する高い所であったのだから。
これこそ、台地の醍醐味というべきものであろう。山よりも登りやすく、それでいてより空に近い光景を堪能出来る代物だからである。
つまり、今彼等を包み込むように存在しているのは、高い所から見下ろせる下の世界であるのだった。
「父さん、あれがさっき通ってきた茨の森ですね」
このようにして、地に足の着いたミナトですらはしゃいでしまう程の絶景が、今ここには繰り広げられているという揺ぎ無い裏付けであるのだ。
そんな外見相応の素直な反応を見せるミナトに対して、血の繋がりはないものの、その親である事には違いないアイは微笑ましいものを感じながら対応するのであった。
「そうじゃのう、こういう景色を見られるというのはそう頻繁にあるものじゃないからの? ミナトや、存分に目に焼き付けておくとよいぞ」
「はい、父さん♪」
そう父に言われたミナトは、これまた素直な態度でこの澄み渡る絵を余す事なくその目と体を使って堪能していったのだ。
ちなみに、この今の一行には幸い高所恐怖症の者は存在しなかったのである。
その事もあって、そして元より補助的なレベルであるがこうもりの翼による飛行能力も持つリンも、ミナトと同じく心弾むかのような気持ちになっていたのだ。
「アイ様、ここは素敵ですね。僕もそう頻繁にはここには来ないですから。なので、ありがとうございました」
「いや、わしは何もしとらんから、別に礼を言われる事はないというものじゃぞ」
そうアイは断っておくのであった。これは特にリンに対して何かをしたという訳ではないのであるから。
しかし、それでもリンはこういう機会を手に入れられたのはアイの存在無しには有り得なかったので、彼女には感謝する所であるのだった。
このようにして、一同が見惚れる程の絶景を背景に皆和やかな雰囲気に包まれている所で、突如として空気が変わるのであった。
ここで、何か物凄く唐突にそれはやってきたのであった。この高所にある台地へと、物ともせずに何者かが迫って来たのである。
その存在は、何とこの台地の坂道を、まるで坂道である事が目の錯覚であるかのように平然として登ってきたのであった。
そして、その登り方は、『転がる』という手段の下であるのだった。
『転がる』。それは一同には見覚えがありすぎたのである。
「父さん、『転がってくる』という事は……」
「まさかのう……わしはあやつとは話を着けた筈じゃというのに……」
あの時はあの魔物と自分は正に持ちつ持たれつの関係を築き上げる事に成功したと思われていたのであるが。
もしかしたら、問題なく見えた自分の対処に、何か不備があったのかも知れないと、アイはもしそうなら、と身構える姿勢を見せながらその者の到着を待つ事にしたのであった。
結論から言うと、村雨親子のその心配は杞憂に終わる事となるのであった。
そして、その転がりながら迫って来る魔物は、今度は人間型では不可能だった、岩の壁を登るという芸当まで見せ始めたのであった。
それを見ながら、一同はやるせない心持ちとなるのであった。──人間型って、確かに色々器用に出来るけど、限界も多いものであるな、と。
そんな本当に微妙な空気に包まれる一同。ここに先程までの絶景を前にした際の爽快感は既に過去の物となっていたのであった。合掌。
ともあれ、一同はそのフルコースにハチミツならぬタバスコをぶちまける所業をしてのけた不届き者の到着を待つ事にしたのであった。いや、待たねばならないだろう。
一同がそのようにして、招かれざる客という表現以外に適切な表現のないだろう者の到着を待っていると、その者はいよいよ辿り着くに至ったのだ。
そして、やはり転がりながら到達したその者は、ラストスパートとばかりに、一気に地面を引きずるように一同の前へと突っ込んで来たのだった。
そのコントのような登場を果たしながら、その者は開口一番にこう言った。
「せ セクシーコマンドー部へ入れ きさまらー!」
「「「…………」」」
当然、その突拍子も無い発言には一同は無言となるしかなかったのであった。
そして、その無言も終わると、やるせない気持ちのままにミナトが口を開いた。
「……意味不明です。しかも台詞が混じっていますよ……」
そうツッコミを入れるのがミナトのなけなしの抵抗……的な何かであった。具体的には氷の剣を持つ男と、怪しい格闘技に魅入られてしまった変態の二人の台詞でなのだった。
そして、この時点で一同はこの重要な確信へと至るのであった。
──良かった、クリボールじゃない何かだった、と。
これで辛うじて寝覚めが良くなるというものであろう。もしあの真面目なクリボールがこうもトチ狂った性格へと何かの拍子に変貌してしまったとなれば、とてもではないが今後枕を高くして眠れるものではないのだから。
だが、こうなるとこの者が何者かを確認する必要があるだろう。なので、ミナトはその者の姿を目に焼き付けるべく、覗き込んだのであった。
そして、ミナトがそれをして真っ先に感じたのはこうなのだった。
「だんご虫……ですか?」
そう、その姿は海に住む蟹や海老の仲間である甲殻類であり、かつ危険が迫るとその身を丸めて硬い殻で守りに入る事から、団子に例えられて名付けられた存在であったのだ。
だが、当然ながら普通のだんご虫は大体一センチにも満たない小さな虫なのである。
対してこの目の前の存在は、優に運動会の玉転がし程のサイズは存在するのであった。その事が示す事実は一つであろう。
「父さん……この方は『魔物』ですね?」
そのミナトの質問に対して、アイも首肯しながら言うのであった。
「そうじゃろう、でなければ……何か、色々なものに対して失礼になってしまいそうじゃ……」
さすがのアイも、このようにして目の前の存在には頭を抱えてしまうような心持ちになるしかなかったのである。
そんなやるせない雰囲気に包まれる二人に助け舟を出すかのように、リンは言う。
「誰かと思ったら、『コロシテデモムシ』君じゃないの?」
「そう、そのとうり! さすがリンちゃん♪」
律儀に紹介してくれたリンに対して、その存在たる『コロシテデモムシ』は調子に乗ってのたまうのであった。
そして、アイとミナトの二人は心の中である一つの結論を以心伝心していたのであった。
──『そのとうり』は間違いで『その通り』である事は……絶対にこっちから突っ込んではなるものか、と。
だが、このコロシテデモムシは曲りなりにも魔物なのである。故に当初の目的たる存在に変わりないと腹を括ったアイは、ここで彼に自分の目的を明かすのであった。
しかし、既にその虫の心は既に決まっていたのであった。
「いやあ、俺はハナッからそのつもりで来たんですよ。アイ様にスカウトされるってのは夢が膨らむじゃないですか♪」
このように軽い口調であるが、一応彼はアイへの敬意の念はちゃんと持っているようであった。
その事から、この者は色々おかしい存在であるが、一応信用出来る者であるとアイは思い直して話を続ける。
「それなら話が早いのう。お主もわしの神霊機との勝負に勝った暁には、お主を我が皇国へと雇う事にしようという訳じゃ♪」
「これで、話は決まりですね。それじゃあ、さっそく俺の念願の剣博物館を建てる夢の為に、いざ、決戦の舞台へ……」
「いや、ここで戦えばいいじゃろう。台地の頂上なんじゃし」
「それもそうですね」
そう言って彼はしてやられたり、と虫の腕で頭を掻いて茶目っ気を出して見せるのであった。
しかし、アイは決戦の舞台とは別に少しばかり決めておかなければならない事があるのであった。その事を彼女は口にする。
「しかし、お主のその名前は長すぎるのう。じゃから、これから『コロムシ』と呼んでいいじゃろうか?」
「な なにをする きさま!」
そう言われた瞬間、彼は叫んだのであった。それを聞きながらアイは言う。
「お気に召さなかったのかの?」
「何か、その呼び方だと操縦したら必ず死ぬバカでかいロボットの中で案内役を取ってたド腹黒なマスコットみたいでね……」
「これまた別次元な話を……」
そう言いつつも相手が気に入らないのなら仕方ないかとアイは思案しかけるが。
「でも、確かに俺の名前は長ったらしいですからね。ここはアイ様の言いやすいように呼んでもらってもいいですよ♪」
「それは助かるのう♪」
これにはアイはすっきりしたものを感じるのであった。確かにこの者はふざけてはいるが、こうして深く考えないが故にコミュニケーションを滞りなく行えていい感じであるなと。
こうして相手から了承も得た事なので、アイは早速とばかりに切り出すのであった。
「では始めようかの? コロムシや」
「望む所です♪」
このように相手の魔物の呼び方も決まった所で、いよいよ互いの未来の為の勝負の火蓋が落とされるのだった。




