第18話 突如決まったカード
ゴブリンバットのリンと、全身トゲの塊のクリボールの二人の模擬戦。
圧倒的に生身の肉体で戦うリンが不利と思われたその勝負は、あろう事か逆にリンの圧勝という形で決まったのであった。
その後、リンが先祖代々受け継いだゴブリンの秘薬を使ってすぐさまクリボールの意識を回復させ、そして彼女らは改めて村雨親子の方へと向いていたのであった。
「と、こういう訳なんですよ。ボクはこんな感じでリンさんに呆気なく倒されてしまうので、とてもアイ様のお目に掛かれるような魔物じゃないと思うのですよね……」
そうクリボールはその丸い身体を今にも縮めて小さくなってしまいそうな振る舞いでアイに言っていた。
そんな彼の振る舞いを見ながらであったが、アイは迷う事なくある確信に至っていたのであった。
その彼女の考えは、すぐさまその口によって出力される事となった。
「いや、クリボールよ。確かにお主に備わったものを見させてもらったぞ。だから、そう縮こまる事はない」
「えっ……?」
そう言われたのが当然クリボールには意外だったのであろう。彼は一体どういう事かとアイへと食い付くように言うのであった。
「それってどういう事ですか? 現にボクはリンさんにさっきの通りこてんぱんに倒されてしまったのですよ?」
そう正論を言って絡んでくるクリボールにも全く動じる事なく、アイは対処していった。
「それはの、クリボール。こう言うのも変な話じゃろうが、お主とリンでは『相性が悪かった』という事なのじゃよ」
「ほえっ!?」
その言葉は予想していなかったクリボールであるのだった。
寧ろ、普通は逆を想像するであろう。生身の肉体で戦うリンが、全身トゲのクリボールには相性が悪いのだろう、と。
だが、この村雨アイという存在は、多少の常識には囚われない寛容な考えの持ち主であるのだった。
「いいや、リンのその肉体の鍛えられっぷりは中々見られるものではないからの? クリボール、その身自体がトゲであるお主には少々分が悪いというものなのじゃよ?」
「それってどういう事ですか?」
アイの言わんとしている事がイマイチ見えてこないクリボールはそう聞き返してしまうのであった。
そんな彼に、アイは諭すように言う。
「お主の身体のトゲは、お主に元々備わっているものであろう? それは普通のケースならば武器になるじゃろうが、その身を極限にまで技として鍛え上げたリンには不利だったという事なのじゃよ?」
そのアイの弁を分かりやすく言うとこうなのだ。
クリボールに備わったトゲは、謂わば獰猛な肉食動物に例えられるだろう。それに対して、リンの磨き上げられた格闘センスは、その動物を狩る為に進化していった猟銃に例えられるという事なのだ。
要は、自然と人工物の比べ合いとなっていたというのがアイの主張なのであった。
「成る程です……」
その理論を聞かされて、クリボールは納得する所であるのだった。
確かに、リンが日頃からその身の鍛錬を欠かさない事はクリボールも良く知る所であるのだった。
対して、クリボールは今まで自分はトゲトゲの身体なので、それでリンに対して優位に立つ事が出来ないのをただただ首を傾げる事しかしていなかったのだ。
「つまり、努力の力を軽視していたのと、ボクの先入観から来ていたという事ですね」
その結論に至って、クリボールは内省する所であるのだった。
それは、如何に自分が常識に囚われて鍛錬を軽く見ていたかという事なのである。なので、これは今後自分の反省材料にしなければならないだろう。
だが、そんなクリボールに対して、アイは優しく言う。
「じゃが、クリボールよ。お主とて鍛錬はすべからく行って来たのはわしには分かった所じゃ。ただ、リンのそれがより凄まじかっただけの事じゃよ」
「アイ様……」
そう言われてクリボールは感銘を受けるのであった。そして、リンの事を改めて『努力の天才』である事の実感をするに至ったのだ。
その想いを胸にクリボールは今後より鍛錬に励もうと心に誓いながらこの場を後にしようと踵を返そうとした所をアイに引き留められる事となったのであった。
「クリボールや、勘違いしちゃいかんぞ。わしのスカウトはまだ終わっておらんぞ」
「もう止めて下さい。ボクの立場的な意味でのライフはとっくにゼロなんですから」
そうどこかおかしいやり取りをしながら、クリボールは今度こそこの場を後にしようと踏み切るのであった。
──今の話を聞けば、ボクは明らかに鍛錬不足だったという事が分かるのだから。だから、今度アイ様に会う時の為にそれに恥じないように今からより精進するだけなのだ、と。
それは正論であろう。だが、この村雨アイとてそう物分かりの良い者では無かったのであった。
「いや、わしは今お主をスカウトしたいのじゃよ。これからより鍛錬を行うのなら、スカウトされた後でもよかろう?」
「アイ様……」
そんな情熱的なアイの振る舞いにクリボールは心打たれる所であった。
しかし、彼は知らなかった。そう振る舞うアイは彼の事を考えての他に、いち早くスカウトする魔物を増やして皇国の為に働いてもらい、皇国の貧乏を速やかに解消したいという野心もあった事を。
だが、そんな事は知らないクリボールはただただアイの情熱的な対応に心動かされる事となるのであった。
「分かりましたアイ様。ボク、あなたの心意気に応えてみせます!」
「それは良い心掛けじゃ♪」
そう風向きの変わったクリボールの姿勢を評価しながら、アイは内心冷や汗をかいていたのであった。──どうやら、わしの本心はバレていないようじゃな、と。
そのように両者それぞれの思惑があろうとも、話は一つに纏まりつつあるのであったが、ここでクリボールは一つの疑問が頭に浮かぶのであった。
「ところで、これからボクもアイ様の繰り出す神霊機と戦えばいいのですよね?」
それが彼の確認したい事であったのだ。聞く所によると、アイはザファイブにて今までもそのようにして魔物のスカウトをこなして来たとの事であるのだから。
その事に不安と、自分がどこまでやれるのか、そして見事に打ち勝つ事が出来るのかという一抹の期待も胸の内で膨らむクリボールであるのだった。
そう心の中で意欲の炎を滾らせる彼であったが、どうやら話の流れは少しばかり違う方向へと向かっていたようだ。
「いや、クリボール。お主には少々違う事をやってもらおうと思うのじゃが、いいか? まあ無理強いはしないがの?」
「と、言いますと?」
一体どういう事なのであろうか、そうクリボールはその疑問を返すのであった。
そして、それにアイはあっさりとした態度でこう答えるのだった。
「それはの、もう一度お主はリンと勝負をしてもらい、それで判断しようとわしは思うという事じゃ」
「えっ……!?」
そのアイの言を聞いたクリボールの時は一瞬止まり、そして再び流れ出した。
「無理無理無理! だってアイ様もさっき見たでしょう!?」
クリボールの言う通りであろう。そのリンとの勝負の内容は一方的にリンの圧倒という形で幕を閉じた、その光景が繰り広げられたばかりだというのに。
無論、アイとてその事は重々承知であったのだ。勿論、ただ普通にリンと勝負をさせて先程の焼き増しにしようなどという魂胆はまるっきりないのである。
そのからくりを、今しがたアイは口にするのであった。
「安心するのだクリボールよ。勿論わしとて、『そのまま』もう一度リンと勝負しろとは言ってはおらんからのう?」
「……と、言いますと?」
その言い回しからはクリボールはアイの言わんとしている事を読む事が出来ずに、首を傾げる。ちなみにそれは比喩表現であり、実際は球体に手足が生えた彼は身体を斜めに構える事でその感情を表現していたのであった。
ともあれ、彼が疑問を抱いているという事に変わりない事が分かるアイは、ここでその種明かしをする。
「何、簡単な事じゃよ。わしの神霊機の力を、お主に貸す、それだけの事じゃ♪」
「ええっ!?」
アイはさらりと言った事であるが、当然クリボールには突拍子もない提案であったのであり、言わずもがな彼はその声を荒げてながら返してしまった。
そして、彼はその言葉が自分の聞き違いかと再確認するに至るのであった。
「アイ様、今のはボクの空耳ですよね? あなたから神の力を借りるというのは?」
「いんや、お主の耳は正常じゃよ♪ ところでお主の耳はどこじゃ?」
「あ、それは深く考えないで下さい」
そのアイの疑問にはクリボールは答えられそうもなかったのである。何故なら、彼とてその質問の答えが自身でも分からないからであった。
「まあ、それはよい」
そして、アイの方もその事には深く追求する姿勢は無かったのであった。でなければ、人間とは大きく様相が異なり、それも千差万別である多くの魔物達とこれから関わっていく事など出来ないだろう。
話を戻せば、今しがたクリボールに対して彼にアイが神の力を貸すという提案が認識されたという事なのである。
今度こそその認識をちゃんと行ったクリボールは、アイに最終確認を取るのであった。
「でも、ボクのような魔物が神の力なんてお借りする事になってしまっていいのですか?」
当然来る疑問であろう。一見すれば魔物という『魔』の存在と、『神』という神聖な存在の力を一つにしてしまうなどというのは、後者に対する冒涜であると普通の認識からは感じられるだろう。
だが、この村雨アイにはそういう考えはないのである。
「何、気にする事はないぞ。お主らは魔物と呼ばれる存在じゃが、決して昔の伝承にあるような邪悪な存在ではない事は周知の事実じゃからの?」
「アイ様……」
その言葉にクリボールは感銘を受ける所であるのだった。
確かにアイの言う通り、このパロディアスに現在生息する魔物は決して悪の眷属のような存在ではないのだ。
しかし、アイのように魔物の事をこうもさっぱりとした評価をする者もそうそういないのである。その事にクリボールは感銘を受ける所であるのであった。
そのような流れになった事で、彼の心は決まる事となる。
「ありがとうございますアイ様、どうかボクに神の力を貸して下さい」
「よく言ったのう♪」
そんなクリボールの心意気に、アイもいい気分となるのであった。
そのようにしてどうやら話は進んで行ったようである。そして、最終確認としてリンにも了承を得ようとアイは言うのであった。
「と、言う訳じゃから、それでいいかのリン?」
そのアイの問いに、リンはあっさりと了承の意を示したのである。
「勿論、アイ様の提案という点で逆らう意味合いがありませんからね。それに、何だか面白そうですし」
「そう言ってもらえるとありがたいのう♪」
このようにしてリンが好奇心旺盛な少女で助かったとアイは思う所であるのだった。
こうして話を決めたアイは、いよいよ二人に戦ってもらうように事を進めていくのであった。
◇ ◇ ◇
そして、この茨の森では二度目となるリンとクリボールの向き合いとなるのであった。
だが、今から感じられる雰囲気というものはアイの提案の事がある故に、先程とは大きく違う何かを感じさせる所であるのだった。
そして、その仕掛けをクリボールへと仕込む為に、アイは懐から例の如く神霊機を取り出すのであった。
「では、再勝負の前に準備をしておこうぞ。そして呼び寄せる神は『だいだらぼっち』じゃ」
「それって、メット君の時に呼んだ神様と同じって事ですか?」
そう一度耳に挟んだ固有名詞を再び聞くに至って、リンは少々驚きの感情を抱くに至ったのである。
その問いに、アイは迷う事なく肯定するのであった。
「その通りじゃよリン。正真正銘の、あの時力を貸してもらった神じゃよ」
それを聞いてリンは少々緊張感に苛まれるのであった。何故なら、その神の力によりアイが繰り出したダンジョンワームの底力というものを、リンはギャラリーという立場でありながらもその身で余す事なく堪能したからである。
そのような力が、今度は自分に向けられるのだ。これが彼女とて緊張しない訳にはいかない要因であるのだった。
そして、このクリボール自体の事も侮ってはいけないだろう。
確かに今の素の状態ではリンが圧倒的優位に立っているのだが、それが神の力が絡んでくればどうなる事かは分からないというものであろう。
その事も含めて、リンの心をワクワクで奮い立たせるものがあるのであった。
なので、リンは本心からこう言った。
「面白そうですね、アイ様♪」
「うむ、こちらとしてもお主が楽しんでやってくれるというのはありがたい所じゃよ♪」
アイの方としても、そう乗り気でやってくれるリンに対して好都合と感じる所なのであった。
なので、後はクリボールに『施し』を与えるだけであったのだ。
アイは話をしている間に既にだいだらぼっちの力を取り込んだ神霊機を、そのままクリボールへと放り投げたのであった。
「ほれ、受け取れ♪」
「ほえっ!?」
この展開は彼は予想だにしていなかったようだ。まさかそのような貴重な物が自分の所へと投げられてくるのであったのだから。
なので、当然彼はそれに傷などつけたら大変だと思い、自らの手で掴もうと試みるのであった。
無論、『手』である。知っての通り彼のボディーは全身トゲなので、そこに当たったら言うまでもなく致命的な傷が付いてしまう事は目に見えていたのだから。
そして、あたふたしながらその機械を受け止めようと彼が手を伸ばした所であった。
その神霊機は突如として眩い光を放つと、そのままクリボールの体内へと取り込まれていったのである。
「これは……?」
突如として起こった現象に首を傾げてしまうクリボール。やはり、これも比喩表現なのであるが、この際どうでもいいだろう。
そう疑問を持った彼に対して、アイは答えるのであった。
「それはのう、だいだらぼっちの力を持った神霊機が、直接お主の中に入っていったという事じゃよ?」
「は、入ったって……!?」
そう慌てふためくクリボールの反応も当然だろうと、アイは彼に安心させるべく付け加えるのであった。
「安心せい。別にこれは異物混入などをした訳ではないのじゃよ。今お主に渡した神霊機は、お主の肉体ではなく魂と同化したという事じゃ」
「それはそれで何か……」
また何か大それた話になっているなとクリボールは思う所であった。そこはかとなくアイにいい玩具にされている気がしないでもなかったのである。
しかし、彼がそう思うのも一瞬であったようだ。彼には感じられたのである。このだいだらぼっちの力を籠めた神霊機から止めどない勇気と底力がもたらされるという事が。
「何か、心地良いです……」
「そうじゃろう、それが神様の力という事じゃよ♪」
そう言ってアイが浮かべた笑みは、正に菩薩のそれを彷彿とさせるものであったのだった。
そして、この後すぐに神の力を借りたクリボールとリンの戦いは始まる事となるのだ。




