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絵本のハインリヒ

「あれ? ここは?」


 クロックは目を覚ますと宿屋の天井が目の前に入ってきた。


「目は覚めた?」


 クロックは体を横にすると、シオンがベットの横に椅子を持ってきて座っていた。


「あ、うん」


「それでどこまで覚えていますの?」


 シオンが、申し訳なさそうに聞く


「ごめん、全然」


 クロックはシオンの様子を見て何があったのだろうと思いながらも正直に答える。


「そうですの……。あなた、私を庇ってコカトリスの視線の先に入って……。だから先に私たちと一緒に村に帰ってきましたの」


 マーリンはコカトリスの処理を受け持ったため後から帰って来たとシオンはクロックに伝える。


「ああそうだった。コカトリスが出てきたんだった。それで、その微妙な表情は怒ってる?」


「いえ、心配していただけですわ」


 クロックは申し訳なさそうな顔をしながらシオンに聞く。それをシオンは軽く流す。


「視線の先に入ったわりには体が動くんだけど」


「本当に覚えていないのね。と言っても、私もあの人から聞いただけなのだけど、アリスさんが回復魔法を掛けてくれたそうよ」


 クロックはシオンが気絶していたことや、自分がシオンを庇うところまでは覚えがあるのだが、それ以降の記憶が無い。シオンも、事の騒動が全部終わった後にアリスに魔法を掛けてもらい回復させてもらった。その後、二人から成り行きを聞いたのだった。


「そうだった。ところでアリスさんは?」


「アリスさんは、料理の手伝いをしていますわ」


 そう言ってシオンは椅子から立つ。そして部屋の窓を開け、外を見る。

 そこには大鍋のところで、配膳の手伝いをしているアリスがいた。


「あれ、そんなに早く帰ってきたの?」


 クロックが部屋の時計を見るとまだ十八時がきていないくらいだった。


「あの人が魔法をかけてくれて通常より無理をして帰ってきましたの」


「そうなんだ。ありがとう」


「わたしこそお礼を言わして貰いたいですわ」


 シオンは小声でそう言った。


「何か言った?」


 クロックは聞こえていたが、からかう目的でわざと聞こえなかったフリをした。


「……なんでもないわ。それでは外に食べに行きましょう」


 クロックのニヤケ面で意図が分かったのか、シオンはそれを無視して夕食に誘う。


「部屋には持ってきてくれないの?」


「外でバーベキューをしていますわ。まだどこか体調がすぐれないの?」


 シオンは少し心配そうな顔でクロックを覗き込む。


「いや、大丈夫だよ」


 クロックはそう言い、ベッドから立つ。そしてシオンと広場の方へ向かった。




「おや、もう大丈夫なのかい?」


 階段を下りると、女将と鉢合わせた。


「おかげさまで、ご心配かけました」


「いやいや。コカトリスが三体いたんだろ、死なずに済んで良かったじゃないかい」


 女将が大声で笑いながら、クロックの背中を叩く。


「あれ、全部あの人話したんですか?」


 コカトリスが三体とそれを操る術師が出たのだ。確かに正確な情報を伝えることが大切にはなってくるが、村に混乱が広がるのではないかとクロックは心配した。


「村の主要人物だけにね。他の奴らには、一体だけコカトリスが出たってことになってるから。黙っといておくれよ」


「ええ、分かってしますわ。クロック? 一応村の人にはコカトリスが三体でたと言うことは内緒にしておくようにね」


 シオンはクロックに目配せで合図をする。それをクロックは受け取る。


 村の人には術師の件は伏せているのだとクロックは読み取った。


「まぁ、この話はこれくらいで――」


 女将はクロックとシオンに皿を渡す。


「こっちは少し冷めちまったから、外で焼き立てのを食べて、精をつけてきな」


 女将の近くの机には小さな鍋があり、その中にはスープが入っていた。今朝食べたスープではなさそうなので、おそらく猪の肉の鍋なのだろうとクロックは思った。


「いや、そっちもいただきます」


 せっかく自分のために持ってきてくれたものだ。こっちでいただこうと、クロックは思った。


「気にしなくてもいいよ。とりあえず大なべに戻してくるから」


 それを女将は手で制す。


「そうですか」


 クロックは、無理にもらうこともないかと思い、その手を引っ込める。


「それより、早く広場に行って食べておいで。それから、村人と話して、褒められておいで。それも冒険者の仕事の内だよ」


 女将はクロックたちが村に来てから見た中で、一番の笑顔で二人を送り出す。


「分かりましたわ。行きますわよ」


 シオンはクロックの手を取って広場に出た。


「やぁ、大丈夫そうだね」


 広場に出るとすぐにマーリンが寄ってきた。


「ええ、おかげさまで」


 マーリンを見かけたら、今回のお礼を言おうと思っていたクロックであったが、マーリンのニヤケ面を見てその気が少し失せていた。シオンの方は端からお礼を言うつもりは無かったのか何も言わない。


「それじゃ。おーいクロックとシオンが出てきたぞ」


 マーリンがそう叫ぶと村人たちがこちらに駆け寄ってくる。


「よーし、中央まで運ぶぞ」「シオンちゃんも、ほら、こっちよ」


「え、ちょっと、え」


 クロックは訳が分からないまま、男たちによって広場の中央へ、やや乱暴に連れて行かれる。シオンは女性陣に連れられて行く。


「おーし、今回、この村の危機を救った新人冒険者さんたちだ、拍手」


 クロックとシオンは、広場の真ん中に木箱で作られた、特設の舞台の上へ連れてこられていた。そして村の若者の言葉と同時に、拍手が帰って来る。その中には、騎士隊の人たちも混ざっていた。


「え、あ、どうも」「どういたしまして」


 クロックは困惑しながら、シオンは慣れた様子で返事をする。


「まぁ……。堅苦しくなりすぎるのもあれなので、どうぞ」


 若者は二人にワインを渡す。


「どうぞってこれ」


「年齢的には二人とも飲めるでしょ?」


「ええ、大丈夫ですわ」


 シオンはそう言って、一口分口に含む。


「どうですか?」


「おいしいですわ」


「それは良かった。ではクロックさんもどうぞ」


「苦手でもとりあえず、一口は飲んでおけ。それここの名産品だからなぁー」


 最前列から右に外れたところからマーリンの声が聞こえてきた。そう言われると一口も飲まずに断るのは失礼なような気がした。なにも一口も飲めないわけではないのだからだ。


 とりあえずクロックは口をつける


「おいしいです。ジュースみたいにスゥッってはいってきました」


「よし、それではお酒も入ったところで、今回のコカトリス退治の話をお聞きしましょう」


「あれ? あの人が説明し終えたんじゃ」


 少し、顔が熱くなっていくのを感じながらクロックはマーリンを指差す。


「ボクも今の君たちみたいな状況で説明はしたよ。けど違う見方もあるじゃない。君、何か二人が話しやすいように質問してあげて」


 マーリンがにこやかに村人に促す。さっきの笑顔とは違い、すこしさわやかさがあったことにクロックは、それはそれでムカつくと思った。


「はい。それでは、クロックさんは、シオンさんの事をどう思っていますか」


「それと、コカトリスに何の関係が?」


 クロックは顔がまた熱くなったような感じがしてきた。


「え、またまた。シオンさんをコカトリスのくちばしから護ろうとして魔力を使い切って倒したんでしょ?」


 村人が首をかしげながらクロックに聞く。


「え、いや、え」


「もう、しょうがないですね。シオンさんは、護られた時、どう思いました?」


 クロックは、慌ててシオンの方を向く。シオンの顔はほのかに紅潮していた。それは酒の影響か、質問の内容の為かは、クロックには分からなかった。


「絵本のハインリヒ様を重ねましたわ」


 そう言って、シオンはグラスに残っていたワインを一気に飲み干す。


「ハインリヒ様頂きましたー。女性からこんなこと言われて、返事を返さないのは男じゃないですよー」


 クロックはシオンの顔を見る。ワインを一気に飲んだためか、それとも別の理由か一段と顔が赤くなっている。その顔とは対照的にクロックの顔は冷めてきていた。


「絵本のハインリヒ……」


「そうですよー。近世の英雄、神眼回路のハインリヒですよ」


 クロックは若者の言葉を無視し、どう返事をするべきか考えてしまった。ただのハインリヒと答えられていたら、この場のノリも考えてシオンを姫様扱いする。しかし、彼女は“絵本の”と、わざわざ付け加えた。それは亡くなった兄と慕っていた男性の事を自分に重ねていると言われたのも同然だからだ。だからどう返事を返せばよいのか返答を詰まらせていると――。


「ハインリヒ様、私と一緒に踊っていただけますか?」


 そんなクロックを見かねてか、そう言ってシオンはクロックに手を差し出す。


「はい。我が、姫様」


 シオンの慈悲を受け取り絵本のセリフのまま、クロックはシオンに返事を返す。


「よーし、音楽をかけろ。歌えぇー」


 村人もクロックに呆れたのか、それともシオンの告白が演技と思ったのか盛り上がる方向にシフトするようだ。


「ごめん。僕、踊り詳しくない」


「わたくしがリードしますから、適当にまねしてください。社交界ではないので、ノリと勢いでどうにかなりますわ」


 クロックとシオンは、村人たちの音頭に合わせて踊るため、一度舞台から降りて準備をする。


「ごめんなさいね」


 シオンが小さな声で謝る。クロックは、どう返事をした良いか困った。とりあえずで笑っておくのは違う気がしたので、自分の本音を答えることにする。


「ごめん。女性からこういうこと言われるのは、初めてで……。というより、そういうことを意識するのも初めてなんだ」


 今まで、姉関係以外で人と関わり合いになることが少なかったクロックであったのでこの言葉は本当だった。


「ふふふ、思ったとおりですわ」


 シオンは、お酒が入っていなければ見せないであろう、にっこり顔をクロックに見せる。クロックはその顔を見て、自分の鼓動が少し早くなったのを感じた。


「返事は、いつでもよろしくてよ」


「わかったよ」


 クロックは、申し訳なさそうに答える。


「そんな顔しなくてもいいわ」


 シオンはクロックの額にデコピンする。


「準備できたぞ」


 そんなやり取りをしているうちに準備が整ったようだ。村人がまた大声を出し始める。


「それと言い忘れていたけれど、私もこんな気持ちは初めてだから」


「え」


「では、いきましょうか」


 そのままシオンはクロックに背を向けて、舞台に駆けて行った。クロックはそれを見ながら、先ほどの返事は後でいいと言われたので、今は甘えさせてもらおうと思い、それを聞こえなかったことにした。


 打楽器の音が村中に響き渡る。それを皮切りにフルートやリュートなどの楽器の音が鳴り始める。


「収穫祭?」


「本当に、絵本のままにしてくれたみたいね」


 この音楽は収穫祭の終わりに、みんなで踊りながら祭りを閉める時に使われるものだ。それとシオンが言ったように、ハインリヒと姫様が絵本の中で最後に踊っていた音楽なのだ。


「これなら踊れるよ」


クロックはほっと一安心した。都市の方でも、春と秋の収穫祭の時にこの音楽が流れる。クロックは姉と一緒に祭りに参加した時は、いつも一緒に踊っていた。


「なら、リードしてくださいます?」


“なら、今日はクロックにリードしてもらおうかな”


 シオンの言葉を聞くと同時に、姉の言葉を思い出す。それはクロックにとって衝撃だった。


「あれ、どうして……」


 自分の心はもう壊れたものだと思っていた。姉の事を思い出せず嘆き、自身の首に剃刀を突きつける毎朝。アリスに会い、姉の面影を感じられたこと。そしてそこから、姉を彼女に重ねたこと。ただ、今はシオンの言葉で姉の事がフラッシュバックしてきた。


「どうしましたの?」


 シオンは慌てた様子でクロックの顔を覗き込む。そこでクロックは自身の事に気づいた。


「いや、なんでもない」


 クロックはそう言って、自身の顔を服の袖で拭い、シオンの手を取って踊りだした。


「“僕にリードは任せて”」


 クロックの顔は目が赤くなっていたが、無邪気な子供のように笑っていた。

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