クロック?
シオンは、その場に前のめりに倒れこむ。その様子を術師は血を吐きながらとらえる。
「もう一匹……」
クロックはもう一匹コカトリスが現れたのに気が付いた。ただ、コカトリス自体がシオンにビビったのか、炎のダメージが大きかったのか、自身の羽で目を覆い倒れて震え声で鳴いている。それに術師が血を吐いているのを見て、まだ少しだけ余裕があると思った。
だからクロックは、自身が相手しているコカトリスを泉の近くにおびき寄せていた。
「グゲー」
そのコカトリスは視線を使ってクロックを石化させようとしている。
「よし、石化した」
コカトリスの視線によって、おそらく泉の水面部分だけが石化した。クロックはその上に足を置き、体重を掛けるが沈んだり壊れたりする様子はない。
クロックは石化した水面の上から、コカトリスにスリングショットで攻撃する。
「グググゲェー」
遠距離からちょこまかと、それでいて的確に自分を攻撃してくる相手に、しびれを切らしたコカトリスがクロックをめがけ突進する。
「もうすこし」
クロックはコカトリスの視線を誘導しながら避け、水面を中心部の方まで石化させる。そうしているとコカトリスも石化した水面まで足を運んできた。
そして、クロックはボーラを回しながら、自身の手と足に魔法を掛ける。それはクロックが苦手としている強化魔法だ。
「グゲゲェー」
コカトリスが石化した水面に7歩、足を進めクロックの目の前まで来た。そこでクロックは動いた。
「フンッ」
クロックは自身の足場に向かってボーラを叩きつける。クロックが予測していた通り、石化していたのは水面だけで、簡単に割れてしまう。
「グゲ?」
コカトリスは、意味が解らない行動だったのか一瞬反応が遅れた。そのため、逃げ出す行動も遅れた。その間、クロックは強化された脚力で割れる地面を踏み込んでいた。
「くっ」
やはり、線の細いクロックでは強化魔法は身に余る。踏み込んだ右足が痛む。ただ、内出血だけで済んでいるだろうとクロックは考えた。今は自身の真下にいるコイツの相手だと、空中からスリングショットを3発コカトリスの頭に打ち込む。そしてそのまま、岸に体をダイブさせる。
「グゲぇゲ!」
コカトリスは、何があったかわからないまま泉の中に落ち込んでしまう。そこからは、クロックの一方的な狩場だ。溺れそうになっているコカトリスに顔めがけてスリングショットを撃ちこむ。眼も潰しやすくなり、簡単に潰せた。そのため最後は一方的な戦いだった。
「駄目だ。腕もだ」
強化魔法を使った反動で右腕もひどい筋肉痛になっていた。ただ左腕はなんとか使えそうだ。なので、使うことができる、左足を軸にして立ち、左腕でボーラを回す。
「マーリンさんは? えっ!」
意外なことにまだマーリンがコカトリスを相手にしていた。いや、コカトリスは一体、近くに倒れている。あれはおそらく最後に出した一体なのだろう。自身のことで周りが見えていなかったクロックはこれに今気づき、慌ててシオンと術師のいたほうへ目を向ける。
「虎の子まで出したのだ。お前の首をいただいてから逃げさしてもらう」
術師は気を失ったシオンに向けて詠唱を始める。虎の子のコカトリスは大きさが小さいながら他の二匹より魔力が高いようだ。そのコカトリスを術師はマーリンに向けていた。そして、血を吐きながらも詠唱を続ける。その手には残った杖の柄とそれに結ばれた何かの旗を掲げていた。
「わが先祖の悲願の為、我が身の一部など簡単に……」
そう言って、術師は自身の左腕を杖の時と同じ要領で、右手に炎を纏わせ切断する。そして切断された左腕は、その旗に吸い込まれていった。
「力はこれだけですか」
術師は、顔を血に濡らしながら悲観する。何か力を旗から与えられたようだが、少ししか貰えなかったようだ。しかし最初からそれは分かっていたようだ。
「やはり、私程度ではこの小娘だけでもですね」
術師は、右手の炎を右腕全体へと広げる。その炎は、赤色からドス黒い黒色の炎へと変貌した。
「クソ、間に合え」
クロックは、頭の中で試行錯誤する。今の自分にできることは何か?
スリングショットは右腕が強張ってしまっているので命中がつかない。今振り回しているボーラをマーリンが相手にしているコカトリスに投げ、その隙にマーリンにシオンを助けてもらうか。それとも、術師に投げつけ、自身の左足に強化魔法を使って、間に入り身代わりになるかだ。
ただ、身代わりになっても意味がないかもしれない。少しの時間稼ぎになっても、それは後をマーリンに任せると言うことだ。だから、クロックはそのどちらも選択しない。いや、正確に言うと――。
「間に合った」
クロックは、ボーラをコカトリスに投げると同時に、左足に強化魔法を使い二人の間に入り込んだ。
「グゲー」
コカトリスの悲鳴が聞こえる。足の痛みで、もう顔を向けることもできないが、隙は作れただろう。あとは、残った左手に魔法を込められればだが――。
「邪魔をするな」
クロックは、これは駄目だと思った。自身が間に入っても相手の腕がシオンにまで通ってしまう。けなげにも妖精は、自分まで護ってくれようとしているが、これは耐えきれないだろうとクロックは思った。そして、自身が待ち望んでいた死を間近にして、自身の行いを後悔した。シオンとの約束を反故にしてしまったこと。アリスを裏切ってしまうこと。
そして姉フィートの最期の言葉に――。
―私が代わりに―
クロックの首に術師の男の腕がさしかかる寸での所で、また不思議な声が聞こえだす。
ただ、先ほどとは違い不快な感じはない。この際、この声に自分を明け渡してみても良いかとクロックは思った。
「頼みます」
ここでクロックは気を失った。ただ――。
「子孫はこの程度ですか?」
「なっ? 嗚呼ァ――」
黒炎に纏われた術師の右腕をクロック(?)は簡単につかむ。そして、そのまま術師のその右腕をねじ切った。
「ずいぶん苦戦されていますね? 命は守るのではなかったのですか」
クロック(?)は先程まで力の入っていなかった両足で地に立つ。そして右眼に魔法陣を展開させてマーリンを見る。
「いや、そうでもないよ」
そう言うとマーリンはコカトリスに手のひらを向ける。そしてそこから何か光を出す。するとコカトリスが瞬時に石化してしまった。
「ほらね。それにしても本当に雰囲気が変わるんだね」
「命は守るのではなかったのですか?」
クロック(?)はマーリンの問いを無視し、助けなかったことについて問い詰める。
「基本的には、この子たちがどこまでできるかっていうのを確かめたかったからね。最後のもマズイと思っていたから攻撃準備だけはしていたよ。君が出てくるのが早すぎたんじゃない?」
「そうですか。なら、いいですよ」
マーリンは悪びれもせず、笑いながらそう言う。ただクロック(?)はその言葉に嘘は無いと思ったのか納得し、右眼の魔法陣を消す。
「クロックさん」
そんな話をしているとアリスが茂みから出てきた。
「すみません。今のこの子の身体ではこれが限界みたいです」
そう言ってクロック(?)はアリスに身体を預ける。それと同時に。
「あれ、ここは?」
本来のクロックが戻ってきたようだ。それを見てアリスは安心したのかクロックの頭をなでる。
「あなたは何も知らなくて大丈夫ですよ」
「え、何のこと?――。シオンは?」
クロックは慌ててあたりを見渡す。そして、気絶している彼女を見つけホッとする。
「良かった。アリスさんが助けてくれたんですか?」
クロックは先程までの事を何も知らないかのごとく聞く。
「ごめんなさい。私は嘘をついていました」
アリスはそう言って、右手を、この期に及んで、逃げ出そうとしていた術師に突き出す。
「女神アリアに代わり、その力の一部を行使する」
いつもの調子と違い口調も厳しくなったこともそうだが、クロックはアリスがアリアの名を使ったことに驚いた。それも、クロックに自白魔法を使った神官の口上と違い、聞いた感じではアリス自身もあの神官よりアリアに近い存在だと思った。
“汝、罪深き者ならば、この雷裁には耐えられず”
その呪文と同時に、術師の身体の周りが激しく光る。
「やっぱり、彼には無理でしたね」
アリスは残念そうに彼だったモノを見つめる。術師は悲鳴も上げられずに、黒こげになり誰か分からないほどになっていた。
「あれ、攻撃的な魔法は使えないんじゃ?」
「あとで、きちんと説明しますので、今は休んでいてください。“スリープ”」
アリスの優しげな言葉とともにクロックはそのまま眠りについた。
「君が伝承に伝わる……」
マーリンはいつものニヤケ顔ではなく真剣な顔つきになっている。
「ええ、そうです」
アリスもいつものにこやか顔ではなく真剣な顔で肯定していた。




