クロック動く
「この子を汚すわけにはいかない」
クロックはシオンが飛び出した時から、連れ戻さなければならないと思っていた。しかし謎の声が邪魔をして体が動かない。
「わたしが代わりに」
何の代わりなのか。そもそも汚すわけにはとはどういうことか。シオンを助けるのが自分を汚すことなのか。それとも違う宿の子を助けた時みたいに、自分から死のうと――。
クロックは瞬間的に胸元のクイーンを握り、引っ張って首のチェーンを壊す。チェーンだけならまたあとで直せば済む話だ。そのままそれをカバンに入れ、そのままその場に下す。
「死ぬ気は無い」
そうクロックは大声で叫ぶ。
今回はあの時とは違う。自分が犠牲になってではなく、シオンを助けて自分も死なないようにする。そう、あの時とは違うのだ。怒られるのを覚悟で自分のために何かをしてくれる。そんな人を助けたい。そんな人たちのもとにきちんと戻りたい。これはその意思表示なのだ。
「それもそうだが……」
まだ、自身の心の中で何かがごちゃごちゃ言ってくる。ただ、体はきちんと言うことを聞くようになった。
「うるさい」
邪魔な声を振り払うように大きな声でそう言う。そして右手でボーラのロープの一本の先を握り、残りの二つを回転させながら、クロックはシオンのもとへ駆けだした。
「お父様、お母様、ごめんなさい」
「こっちを見ろ―」
クロックはシオンとコカトリスの間に割って入る。そして、回転させていたボーラをコカトリスのくちばしに振り下ろす。
「グギャーーーー」
コカトリスは、視線だけでは中々石化しないシオンにイラついていたのか、それとも翼をボロボロにされた恨みをシオンに、代わりにぶつけようとしていたのかくちばしで攻撃しようとしていた。そのためくちばしが彼女に触れるギリギリのところでクロックはボーラを振り下ろすことができた。
シオンの方はまだ体の方は石化していない。ただ、装備はほとんど石化してしまっていた。
コカトリスの方はくちばしにひびが入っており、まだうるさくわめいている。
「クロック? 何で?」
「何ではこっちのセリフだ。何諦めてるんだよ。足の装備が石化しただけで、身体はまだ大丈夫だろ。シオンが僕に言ったことは嘘だったの?」
「え、ごめんなさい」
クロックは回転力を失っていたボーラをもう一度回し始める。その様子を見てシオンも思うことがあったのか小さな声で謝った。
「マーリンさん。こっちのコカトリスは僕たちでやっつけます。術師ともう一匹はそっちでお願いします」
「わかった。けど防具とかは?」
「炭焼き小屋」
クロックは大声で二人に聞こえるように言う。マーリンはフッと笑い、シオンもクロックの方を見てうなずく。二人ともクロックの言葉の意味を理解したようだ。ただその大声は相手にも聞こえている。
「コカトリス、そのままその男を押さえつけておけよ」
術師は、これ以上戦力を増やされるのはまずいと思い、マーリンから目線を切り、シオンを見ながら炭焼き小屋の方へ走る。
「魔法は使うな、エルフの防具が燃える」
「はは、新人君、バカだな。貫き燃えよ。炎槍」
術師は、炭焼き小屋に炎の魔法を放つ。放たれた魔法詠唱が短い割に威力がある炎槍だ。ところどころ石化した炭焼き小屋を焼切る威力はある。
それを見てシオンは足を止め、うつむく。
「残念だったね。大声でそんなこと言えば誰だってそうするよ。それに相手から視線をそらすのはいただけないね」
「シオンッ」
クロックは大声で叫ぶ。それを見て述師はこの二人は潰せたと思っただろう。
しかし――。
「誰? 私のお家を燃やしているのは?」
燃えている炭焼き小屋から声が聞こえてくる。術師は思わず振り返ってしまう。それと同時だった。
シオンは顔を上げず術師を指差す。術師からは見えていなかったがクロックからは先程から小声で何か言っているのが見えていた。
「本当みたいね。あなたの魔法の波長じゃないみたいだしこの炎」
シオンはクロックの炭焼き小屋と言った思惑に気付いていた。普通炭焼き小屋には炎の精霊が住み着いている。その精霊と契約を結べということなのだろうと。だから術師を魔法で牽制しつつ走ろうと思っていた。しかしクロックが魔法を使うなと言った意味は分かっていなかった。そのうえ、エルフの防具とは何だろうと思っていた。
もし、草むらの中からクロックが指示を出してきても無視しただろうとシオン自身思っている。しかし、今は状況が違う。自身の身を顧みないのは先程と変わらないが、今度は生きて帰るつもりなのだろう。その証拠にあれだけ大切にしていたクイーンを胸に着けていないことにシオンは気づいていた。
だから、クロックの指示に従った。意図は分からなくても自身が自分より上だと認めていたあのクロックが戻ってきたと思ったからだ。そしてその判断は正しかった。
「なら、あなたの力を貸して。あなたの家を壊そうとするようなそいつを倒すために」
シオンは契約呪文を唱え終え、精霊に語りかける。その間もクロックとマーリンはそれぞれの敵を抑えつけている。
「ええ、喜んで貸すわ。あなたの契約の呪文も心地よかったもの」
そう言って精霊は姿を現す。シオンの顔より少し大きいくらいの女の子のような姿だ。
先ほどまでうつむいていたのは、術師から契約呪文を唱えているのを悟られないためだ。
「クソ、炎槍」
「無駄よ」
術師の攻撃を精霊は気にも留めない。自身の身体にそのまま食らうが何も変わらない。
「ありがとう。だけどごめんなさい。私にはあなたの力を一回くらいしか使えないと思うの」
小さな精霊といえど、かなりの魔力を秘めている。いくら炎の魔法の素養があるシオンでも、駆け出しの冒険者だ。それに万全の状態ではないため一回と判断したのだろう。
「ええ、それで十分よ。だけどあいつも炎の素養があるから倒しきれないわよ。気絶位なら持っていけるかもだけど」
「それだけできるなら十分だわ」
シオンは、詠唱を開始する。術師の動きを少しでも止めれれば御の字だ。その証拠にマーリンはコカトリスをそのまま倒してしまいそうだ。それにクロックの方も優勢を維持している。どうやらくちばしが割れて使い物にならないらしく、目線の方を気にしていれば大丈夫なようだ。
今この場面で自分ができることはアリスの存在をこのまま相手に気付かれないようにし、自身の身も守ることだ。このまま魔法を放って自身が気絶しても妖精が護ってくれる。そのままマーリンがコカトリスを倒せば、クロックの方に回りそのまま二人で倒しきれる。そして術師も倒せるだろう。
妖精も術師に一発食らわせるだけで納得してくれるようなので助かった。それならこのまま魔法をぶっ放して気絶しておこうと思った。
「くそが。こうなったら最後の一体もだ」
そう言って術師は目の前に門を広げる。その顔は眼や鼻から血を流し、今にも死んでしまいそうな表情を浮かべていた。
そして他の二体と比べると少し小さいがもう一体コカトリスを繰り出した。それはシオンにとって予想外だった。
「火力を上げるわ」
もう術の最終段階まで来ていたためこのまま詠唱を破棄すると体に悪影響が出る。どうせ悪影響が出るならこのまま詠唱を続け火力をあげ血を吐いてでも魔法を放った方が良い。そう判断してシオンは魔法を放つ。
―舞い踊れ、炎の剣と共に―
「ぐげー」「グガッ」
先ほどのとは比べるほどにならない量の剣がシオンの目の前に現れる。そしてそれをシオンは術師たちに全部放つ。
シオンが放った魔法は術師達に命中した。そして、そのままシオンは気を失った。




